鮫島浩×望月衣塑子・徹底対談③ 参院選の争点と報道の未来
注目のジャーナリスト2人のスペシャル対談、第3回をお届けしたい。近著『朝日新聞政治部』(講談社)が4万部を超えるヒットとなっている鮫島浩氏(50)と、東京新聞社会部記者の望月衣塑子氏(46)。今回のテーマは、専門家ならではの分析で読み解く参議院選挙の争点だ。
鮫島 私は対談の第1回で、今回の参議院選はれいわ新選組が掲げている「消費税廃止」が争点であると指摘しました。
望月 はい。朝日新聞という大手メディアを離れ、フリーランスの政治ジャーナリストとして独立した鮫島さんですが、選挙期間中の中立報道を完全に無視した大胆な宣言でした。
鮫島 立憲民主党は消費税について「一時的に減税」というあいまいな態度です。そもそも消費税は社会保障の財源を確保するために必要だけれども、今は景気が悪いから時限的に減税しようということでしょうが、自民党に対抗するのに、この公約はあまりに弱いと思います。富の再配分を進めて格差を是正し公正な社会を実現するという強い信念があるなら、弱者に重くのしかかる消費税の廃止を打ち出すべきです。庶民の味方に徹しきれずエリート臭が漂う立憲民主党にとって、今回の参院選は相当厳しいものになるでしょう。
望月 それどころか、自民党が勝利することで、私は消費税増税があり得ると思います。岸田政権は、去年まで戦後最長の3205日間も財務大臣を務めた麻生太郎副総裁の傀儡と言われていますからね。事実上の財務省内閣でしょう。
憲法改正はカモフラージュ
鮫島 その通りです。参議院選で自民党が勝てば、その後3年間は岸田総理が衆議院解散をしない限り国政選挙はありません。つまり政権運営は安定します。このバラ色の3年間に政治リソースを使ってやる可能性があるテーマは2つ。ひとつは憲法改正で、もう一つが消費税です。しかし、私は「憲法改正ありうる論」には与していません。むしろ憲法改正をカモフラージュとして増税を目指しているのが、今の岸田政権だと思います。だからこそ、私はこの参議院選は「消費税」を争点にしなければならないと考えたのです。
望月 なるほど。しかし、本当に憲法改正はないのでしょうか。「参院選後の恵まれた3年間で憲法改正やるぞ!」と自民党内でも浮足立っている人をかなり見かけますが……。
鮫島 狡猾な麻生副総裁のこと。その戦略が私には透けて見えます。ロシアのウクライナ侵攻で世界的に地政学リスクが増している中、彼は改憲機運を煽っています。しかし、彼の本音は増税です。同時に財務省の官僚たちが「岸田は憲法改正やるよ」と吹聴していますが、さもありなん。彼らは憲法改正を煽ることで、増税から目をそらしたいだけなのです。
望月 確かに、先日行われた日本記者クラブでの党首討論でも、改憲勢力が国会で3分の2そろった場合の改憲発議の可能性を尋ねられた岸田総理は「大事なのは改正の中身であって、それに一致する勢力が3分の2必要。だから拙速にはできない」と、維新の稚拙な議論にクギを刺していました。あれはついつい本音が出てしまったということなのでしょうか。
鮫島 そう思います。岸田さんと麻生さんの発言を聞いていると、参議院選後に消費増税が行われる可能性は高まっていると判断すべきでしょうね。
望月 うわー、本当は新聞が書かなければいけないはずなのに。こうした分析は選挙戦のいまだからこそ報じる価値があるはずですが、既存メディアでは難しくなっています。これが政治報道を停滞させて、政治不信を助長しているという鮫島さんの主張には、深くうなずかざるを得ません。

鮫島 特に今は、二大政党政治が機能不全を起こしている政治の大転換期です。
望月 確かに二大政党、小選挙区制という二者択一はなじまないという感覚が有権者に広がっているような気がします。
鮫島 かつては私も二大政党制を支持していましたが、いまは完全に転向しました。自民党に対して、野党第一党の立憲民主党は政治理念の違いを明確に示せなくなっています。それが露見しているのが「消費税減税」であり、れいわ新選組のように「消費税廃止」とまで踏み込めない。似たり寄ったりのエリート主義の二大政党政治では、国民の不満を吸収できないのです。
望月 エリート主義と言えば、確かに立憲民主党の代表の泉健太さんは秘書などの下積みもあり、秘書の苦労も知っていますが、高校では生徒会長も務めている典型的な優等生です。学生時代は全日本学生弁論討論交流会の会長もやっていて、人望もあり、弁舌もさわやか。しかし、私のママ友たちに見せて意見を聞くとやっぱりれいわの山本太郎代表のほうが、説得力があると言うのです。
鮫島 エリートっぽいと有権者の心に響かない。もちろん自民にも立憲にも叩き上げの苦労人がいますが、彼らの悪いところは「オレができたんだからお前もできるだろ」と考えてしまうこと。人それぞれ生きてきた環境や置かれている立場は違うのに、一緒くたにして「やれ!」と威圧的になってしまう。菅義偉前首相にも似たようなところがある。菅さんは世襲議員ばかりの自民党で苦労して自力でのしあがってきただけに威圧的になったり、能力の低い人たちに冷酷になる。
多党制に逆戻りの事情
望月 だからエリート支配の二大政党政治は、国民の心をつかめなくなっているわけですね。
鮫島 そういうことです。時代はいま、れいわのようにエリートたちが築いてきた従来の常識を打ち破る大胆な公約を出せるポピュリズム政党が台頭し、再び多党制に逆戻りしようとしています。こうした時勢に政治報道を見つめなおしたとき、私は記者個人やメディアが自ら「推し」を鮮明にし、その理由を丁寧に説明しながら論争することで、政治が非常に分かりやすくなると考えたのです。
望月 そして鮫島さんはいまや「ユーチューバー」となった、というわけですね。
鮫島 はい。「SAMEJIMA TIMES」には記事を投稿するだけでなく、同時に動画解説も上げています。何より「共感性」が大事だと思います。読者や視聴者と時には一緒に喜んだり、怒ったりするわけです。ですから、私のライバルは朝日新聞でも読売新聞でもない。吉本興業から独立してユーチューバーとなった中田敦彦さんなのです。
望月 彼のYouTubeチャンネル「YouTube大学」の時事解説は分かりやすく、いまや登録者数は約480万人に迫ります。
鮫島 私はYouTubeに本格参入し3ヵ月。登録者は1万5000人を超えました。中田敦彦さんには遠く及びませんが、目標として背中を追いかけていきたいと思っています。吉本興業などお笑い業界の光と影もしっかりと指摘しているところに共感を覚えます。私も『朝日新聞政治部』で巨大マスコミの内実を赤裸々に示したからには、YouTubeでも既存メディアの問題点も含めて忖度なしの解説をしていきたい。
望月 それは新聞記者の私にも、身につまされる話です。いまや新聞社のライバルは、新聞社だけじゃないということでもあります。

鮫島 YouTubeの他にもスポーツ中継やゲーム、また個々のSNSもあります。友達や彼女とLINEをしている時間を割いて、記事を読んでもらわなくてはならないわけです。ですから、メディアが多様化する中では、やはり独自色が必要です。「SAMEJIMA TIMES」では嘘くさい客観報道、他人事の傍観報道から脱却して「れいわ推し」なのです。
これは朝日新聞で政治記者をしていた私にとってもタブー破り。ジャーナリストのくせに特定政党に肩入れしていいのかという批判もたくさん届いていますが、マスコミの政治報道への不信が極限まで高まっている今、新しい政治ジャーナリズムのかたちを探ることは喫緊の課題ですよ。
望月 政治報道が大きく変わりますね。
鮫島 はい、いまだ国政選挙で投票率が50%を切っているというのは、やはり政治不信、政治報道不信がその要因だと思います。だって、いまの傍観報道はまったく面白くないでしょ。私はYouTubeをやって気がついた。報道にも、エンターテインメントが必要なんだと。そして望月さんが続けてこられた菅さんと官邸クラブとの対決も、やはりエンタメだったのです。
望月 なるほど、確かにそうかもしれません。
鮫島 望月さんは豊かな表現力で、菅さんに厳しい質問を浴びせていった。あれに共感する人が多かったから、望月さんは一躍有名人になったのです。
「逆の意味で持ってるなぁ」
望月 いやぁ、確かに子どもの頃はミュージカルのアニー役をやらせてもらったことがありました。それに小3の時に誰もが脅えていたガキ大将に向かって行って、ボコボコにされるなんてこともありましたからね。きっと許せないことに歯向かっていく性格なんでしょうね。
鮫島 なるほど。ケンカ上等の精神と演劇の表現力が、菅さんへの質問を支えていたのでしょう。ユーチューバーとして、そのエンタメ力は羨ましい。
望月 いやいや、そんなつもりはありませんでしたが、視聴者から見れば私の対極にいたのが菅さんだったのでしょうね。あれほど表現力がない人はそうはいませんから、逆にラスボス感が半端なかったのかもしれません(笑)。菅さんは20年12月、コロナ禍で感染が急拡大しているのにGoToを継続し、批判が噴出していた最中、ニコニコ動画に出演し、「ガースーです」と、つまらないギャグを言い、スタジオにいた秘書官たちが凍りついたと聞きました。しかも、その瞬間コロナの新規感染者数の速報が流れてタイミングも最悪だった。逆の意味で「持ってるなぁ」と。
鮫島 菅さんはきっと、望月さんの表現力に嫉妬していたのではないかな。それは政治部記者も同じ。社会部でありながら官邸クラブに乗り込んできて「政治をやっつけろ」とやった望月さんに「おいしいところを持って行かれた」と地団駄を踏んだのは、政治部記者だったのです。
望月 そういう意味で、日本人はディベートや演劇などで表現力を高める教育が必要なのかもしれません。アメリカの小学校では学芸のレベルが高すぎて、驚かされます。やはり記者にも何を伝えたいのかを明確にして、それを表現する力が必要ですよね。
鮫島 望月さんは、伝えたいことをしっかり持っています。
望月 私はどんな政権になろうとも、制度のはざまで取りこぼされるマイノリティに寄り添っていきたいと思っています。特に今は、コロナ禍で取り残される外国人労働者、技能実習生たちの存在が気になります。
鮫島 私にも、取りこぼされる人たちの代弁者となりたいという思いがある。永田町を支配している上級国民に対して、れいわ新選組がどう戦っていくか、またそこからどんな野党再編が起こるのかを解説していきたい。
私も望月さんもリベラルな信条を持ち合わせていますが、他の記者やジャーナリストもそれぞれの信条で、政治を報じていけばいいのです。こうして政治不信が払しょくされ、政治報道が政治を盛り上げるのだと信じています。

さめじま・ひろし 71年生まれ。京都大学法学部卒業後に朝日新聞へ入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、与謝野馨などを担当。21年に退社し「SAMEJIMA TIMES」を創刊し連日無料で公開。「YouTube」でも政治解説動画を積極発信している。
もちづき・いそこ 75年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後に東京・中日新聞へ入社。経済部、社会部などで活躍。官房長官会見での鋭い質問は話題となった。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』(ともに角川新書)など。
撮影:濱﨑慎治