「ロシア軍の爆撃で息子は殺された」在日ウクライナ人女性の慟哭 | FRIDAYデジタル

「ロシア軍の爆撃で息子は殺された」在日ウクライナ人女性の慟哭

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都内の寺院で、息子の遺影に手を合わせるオレーナさん
焼香をするオレーナさん。やり方は住職から教えてもらった

静まり返った本堂に、野太い読経の声が響き始めた。

礼服姿のウクライナ人女性、オレーナ・カジミールさん(45)が数珠をはめた手を合わせ、じっと一点を見つめている。視線の先には額縁に入った遺影が2枚。1枚は、黒いダウンジャケットを羽織った若者の全身写真、もう1枚はニット帽を被った軍服姿である。肩にはライフル銃をかけ、少しはにかんでいる。

遺影の後ろに立つ白木の位牌には、こう記されていた。

「妙法蓮華経 俗名 Oleksii Kazimir之霊」

死亡したのは2022年4月4日。

オレーナさんの長男、オレクシーさん(20)は、首都キーウ近郊でロシア軍の砲撃を受け、帰らぬ人となった。

その供養が6月下旬、都内の寺院で行われていた。

オレーナさんは現在の心境をこう吐露する。

「ロシア軍は長男だけでなく、私をも殺した。長男の人生と将来は不当に奪われました。ロシア軍が長男にやったことは絶対に忘れない。次男にもそのことは言い聞かせており、次男からさらに子供の代にまで、長男の死は語り継がれるでしょう」

オレーナさんにとって、オレクシーさんはウクライナ人の前夫(50)との間の子供である。離婚後、キーウで出会った日本人男性との結婚を機に来日し、次男が生まれた。日本に住んで15年が経つが、キーウで大学生活を送るオレクシーさんとの連絡は欠かさなかった。

「長男は仲間からリーダーと思われるような人望がありました。家族思いで、困っている人がいたら必ず助ける、責任感の強い子です」

自慢の息子は大学卒業を控え、その後は大学院への進学も考えていた。そんな矢先に、ロシア軍の侵攻を受け、遠く離れた母国は一瞬にして戦火に包まれた。

「僕はキーウにいて大丈夫だよ」

オレーナさんのもとに届いた返信に胸を撫で下ろすも、情勢は日を追うごとに緊迫化し、3月上旬に突如、連絡が途絶えた。心配になってウクライナにいる父親にコンタクトを取った。

「こっちもオレクシーとはつながらない」

かつてウクライナ軍で看護師として働いた経験から、オレクシーさんの写真を軍関係者に送り、またウクライナの病院に電話を掛けたが、消息は一向に掴めなかった。

息子は果たして、生きているのだろうか――。

不安に押しつぶされそうな日々の中で、オレーナさんが出会ったのが、都内の自宅マンション近くにある寺院だった。

「コンビニに買い物に行く途中で、寺から聞こえてきた太鼓の音に魅了されたんです。門をくぐってみると、水の流れる音にも癒されました。翌日も行ってみると、たくさんの子供たちが談笑しながら勉強している姿を見て少し元気づけられ、スイーツやお菓子を持っていくようになりました。それが寺院との出会いです」

寺院の住職(46)も、オレーナさんと片言の英語でコミュニケーションを重ねるうちに、事情が分かってきた。

「どうやら長男が亡くなったかもしれないと。そこで都内の役所に連絡をしましたが、在日ウクライナ人への支援はできないと言われ、在日ウクライナ大使館は電話がつながらない。それでオレーナさんの次男の同級生の保護者たちに相談しました。オレーナさんはとにかくウクライナに行きたいと。その時は次男の世話をお願いしたいと言っていました」

その後も何度か寺院を訪れるオレーナさんの表情はやつれていた。

そして、オレーナさんの不安は的中する。自宅のマンションで泣き崩れた。

ウクライナから連絡をくれた知人によると、オレクシーさんは、キーウ近郊のブチャの近くで、ロシア軍の砲撃を受けた。民間人で組織される地域防衛隊に所属し、民間人を守るため、友人たちと一緒に車でブチャへ向かったところで標的にされたとみられる。現場にはその車が放置され、そばには真っ黒焦げになった遺体が3体、並んでいた。この模様は英BBCでも報道されていた。オレーナさんが回想する。

「長男は、地域防衛隊に所属していたなんて一言も言ってなかった。戦死したと聞き、立てなくなって友人に病院に連れて行ってもらいました。3日間入院し、点滴を受けて退院しましたが、その後も眠れない日々が続き、10キロ以上体重が落ちました。ロシア人の友人からもたくさん電話が掛かってきて、謝られました」

筆者である私は、この頃のオレーナさんに接触している。

キーウに滞在中だった私は4月下旬、オレーナさんの前夫(50)からオレクシーさんの戦死についてインタビューし、『焼死体を確認して…行方不明の息子を探すウクライナ軍幹部の慟哭』(https://friday.kodansha.co.jp/article/241824)と題する記事を発表した。その際、東京にいるオレクシーさんにキーウから電話をしていた。応答した彼女の声はまるで正気を失ったように暗く、話の内容も支離滅裂で要領を得なかった。

ところが私が日本に帰国した後の6月上旬、あらためて電話を掛けてみると、まるで別人かと思うほどの冷静さを取り戻し、事の経緯を丁寧に説明してくれたのだ。時期を同じくして、前述の寺院の住職もその変貌ぶりに驚いたという。

「ある時、寺院の隣の自宅に行ったら、オレーナさんがうちの家族と談笑しながら夕食を食べていたんです。その笑顔にびっくりしました。そして息子さんが亡くなったことを伝えられ、家族みんなでお経を上げることにしました。宗教は異なりますが、位牌を作り、お塔婆を立てました。当初に比べれば随分と元気になりましたよ」

言葉は分からないが、家族でお経を上げてくれた住職の気持ちに、オレーナさんは涙が溢れた。

「住職の娘が太鼓を叩いてくれるんです。その音が心地よくて。この寺院は、苦境に立たされた私をサポートしてくれました。まるで家族のような存在です。いつまでも落ち込んでいると、周囲にもマイナスの感情を与えてしまう。だから気持ちを切り替えるようにしたのです」

最近では住職の家族に、ボルシチの作り方を披露したという。

オレクシーさんは地域防衛隊に所属していた
ウクライナで行われたオレクシーさんの葬儀
  • 取材・文・写真ノンフィクションライター・水谷竹秀

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