刑務官である妻を殺した”犯罪心理学のプロ”は「更生」可能なのか | FRIDAYデジタル

刑務官である妻を殺した”犯罪心理学のプロ”は「更生」可能なのか

第三回 懲役7年の実刑判決も控訴! 追い込まれたエリートが逃げ込んだ「狂気の世界」

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判決が下った6月22日、さいたま地裁前には傍聴券を求める列ができていた

2020年3月16日の18時2分に埼玉県庁前で妻を刺し殺した元文教大学准教授の浅野正は、6度の審議の後、6月22日に懲役7年の実刑判決を受けた。被告にとって54回目となる誕生日の3日前のことだ。

1995年から法務省で働き始めた浅野と妻は同期であった。2年目の研修で出会った2人は愛を育み、1998年に結婚。妻・法代はまさか、その22年後に2歳下の夫によって自身が殺害されるとは、思いもしなかった筈だ。

3人の娘に恵まれ、仲睦まじく暮らした時期は過ぎ去り、事件の1年ほど前から、夫婦はほとんど会話の無い生活が続く。浅野は弁護士に離婚を相談するようになり、次女が通いやすい川崎市登戸にマンションを借りて、別居を選択。
ほどなく次女との関係も悪化し、「妻と次女が結託して自分の財産を奪おうとしている。自分を自殺に追い込もうとしている。殺すか、殺されるかの真剣勝負が始まった」と感じて、犯行に及んだ。

事件時、浅野は鬱病を発症して通院しており、妄想性障害に罹患していた。検察側は「心神耗弱ではあったものの、直接、妻や次女を殺しにくるような切迫したものではなかった。身勝手で自己中心的な犯行」とし、懲役10年を求刑した。

一方、浅野の弁護士は「妄想が存在していたことは疑いようがありません。妄想が不可思議に発展したからこそ、事件に発展したのです。文教大学で“申し分のない先生”と評価されていた被告の人格と、行動の乖離が大きい。温厚な人が妻を殺害するに至ったのは、妄想が入り込んでいたからこそです。行動をコントロール出来ていたら、(凶器となる)包丁を買ったり、メモを作ったりは出来ない。浅野さんは、医療観察の下で治療を受けなければいけない。刑罰ではなく、治療が必要なのです」と無罪を主張した。

さいたま地方裁判所の小池健治裁判長は、5回目の審理で出廷した西川寧医師の鑑定結果を重視した。西川医師の所見は、「妄想性障害の影響により、浅野は視野狭窄に陥って犯行に及んだが、次女の殺害は一度躊躇(ためら)っており、論理的な判断は出来る。思考は一定程度残されていた。妄想の圧倒的な影響を受けていたとは認められない」とした。

主文を読み上げた後、小池裁判長は被告に向かって「浅野さん、判決はわかりましたかね?」と話し掛けた。浅野正が「はい」と応じると、裁判長は言った。

「あなたに、正常な判断が出来る部分があったというのが、当裁判所の判断です。今後、治療を受けることになると思います。かつて愛情を感じた人を殺害した行為について考えることが出来るようになった時、きっと苦しむことになると思いますが、刑に服して引き起こしたことを見つめ直して頂けたらと思います。今後のことは、よく弁護士先生と相談して下さい」

浅野正は6度に及んだ審議の際も、判決を言い渡された日も、いつも同じ服装をしていた。スポーツ刈りが伸びたような白髪交じりの頭髪に、顔の半分以上を覆い隠した白いマスク。薄い茶色の皴(しわ)の目立つジャケット、白と黒のチェックのシャツに、茶色のスラックス。妻を殺害した3月ならともかく、初夏を感じさせる季節には、場違いな出で立ちだった。

私は本件に関する裁判の全てを傍聴したが、浅野の目は虚(うつ)ろで、終始ぼんやりしており、病が深刻であることが窺えた。だが、その反面、5月24日に行われた4度目の審議における被告人質問の折には、驚くほどハッキリとした口調で、自身の来し方や殺害の経緯を語った。特に、法務省に勤めながら、南イリノイ大学院に留学した時期についての供述は、弾んだ声で応対した。

そのあまりの変貌ぶりが、印象に残った。そして「今でも次女を殺したいという気持ちが抑えられなくなってしまいます」という浅野の言葉に驚かされた。

送検される浅野被告

このほど私は、数々の民事事件、刑事事件をこなし、中央大学、山梨大学、龍谷大学、東京大大学院などで教壇に立った経験のある牧野二郎弁護士に意見を聞いた。牧野弁護士は「私は被告本人と直接会っていないので、報道の範囲で、あくまでも推論ですが」と前置きしたうえで、見解を述べた。

「犯罪者とか殺人犯というのは、野蛮な人間のようなイメージを持つでしょうが、浅野正氏に関してはそうじゃない気がしますね。物凄く勉強したんだろうし、エリート意識が強いんだろうけれども、悪意と執念と憎悪が混ぜ合わさった、狂気の世界を持ってしまっているように感じられます。

だからこそ、徹底した医療鑑定をして、どういう治療が一番望ましいのかを考えないと。単なる意思能力があったのか、無かったのかだけではなく、もっと深いところで、彼を刑務所に入れていいのかどうか、ということですよね。要するに、痛みを与えて分かる人ならいいけれど、痛みを与えると、もっと狂気が進んで、より危険な人物になって出てくる可能性も否めない。エリートである分、狂気に走った時に、通常の犯罪者よりもよほど危険な因子を持っている可能性があるんじゃないかと。本当に慎重な対応が求められます。

医療刑務所か何かで医療的な治療を施して人格がきちんとまともに戻るように、客観性を持たせるようにしないと、普通の刑務所に入れても治らないでしょう。その為にも医者の適切な客観的な判断が重要だと思いますね」

被告質問の際、浅野の弁護士が、県立岐阜高校から一橋大学社会学部に現役で合格したことに触れると、浅野は「偏差値がちょうどよかったし、色々なことが出来そうだったので、一橋を選んだ」と答えた。しかし、母親は「遠く、知り合いのいない東京ではなく、せめて私たち家族が通える名古屋くらいの大学に進学してほしかった」と話した。

浅野の母親は、息子の鬱病を案じ、短い期間ながら岐阜から上京して孫(浅野の次女)と共に登戸で3人の生活を送っている。そこに、親の愛情をたっぷり受けた被告の人格が浮かび上がってくる。牧野弁護士はこう語った。

「彼は地元の名士であって、エリート中のエリートだという意識が強いのではないでしょうか。優秀な自分を無視する妻に対して『何故、自分は認められないのか?』ということの裏返しじゃないかと。おそらく次女も、母親に同化して冷たい対応をするから憎しみに転じて、そんな自分がおかしいんだという、客観的にものを見る力がまったく無いように感じますね。エリート意識で人格が壊れて、反作用が妻、子に向かっているように見受けられます。その部分をきちんと解明しないと、彼をいくら懲らしめたって、憎悪を感じるだけですよ。仮釈放だったら5年で出てきます。エリートは頭がいいから、どうやって刑務官に迎合すれば早く出られるかが分かったりもしますよね」

規律正しく真面目に生活する模範囚となれば、4~5年で出所する。その時、浅野は次女への殺意をまだ持っているのか。あるいは、正気に戻っているのか。

さいたま地裁で下された判決後、浅野は控訴した。彼が、かつて愛情を感じた人を殺害した行為について考えることが出来るようになる日は訪れるのか。

(文中敬称略)

  • 取材・文林壮一

    1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

  • 撮影蓮尾真司

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