留学時代、結婚式…本誌秘蔵写真で振り返る「安倍元総理の軌跡」 | FRIDAYデジタル

留学時代、結婚式…本誌秘蔵写真で振り返る「安倍元総理の軌跡」

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成蹊大学卒業後、ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学に留学。政治学を学んだ。‘79年4月に帰国してからは、神戸製鋼所に入社。3年間にわたり、ニューヨーク事務所、加古川製鉄所、東京本社で勤務した

安倍晋三元総理が凶弾に倒れた。

7月8日11時半ごろ、参議院選挙の応援演説に駆け付けた奈良県の近鉄「大和西大寺」駅近くのロータリーで、県内在住の無職・山上徹也容疑者に背後から銃撃された。懸命の治療が続いたものの、同日夕方、搬送先の病院で死亡が確認された。喉のあたりを2ヵ所撃たれ、心臓も大きく損傷。死因は失血死とされている。

安倍元総理の遺体を乗せた車両は、9日午後3時前に渋谷区にある自宅に到着。参議院選挙を挟んで11日に通夜を、12日に葬儀を行う予定だという。

前代未聞の凶行により命を落とした安倍元総理。憲政史上最長の3188日間にわたり総理大臣を務めた故人の足跡を、改めて振り返りたい。

父は元外相の安倍晋太郎氏、祖父は元総理の岸信介氏という名門一家に生まれた安倍元総理。成蹊小学校に入学したあとは、大学までずっと成蹊だった。中学校時代の同級生の一人は、過去の本誌の取材にこう答えている。

「安倍くんは“フツーの人”。優等生ではないが、劣等生でもない。勉強も運動もできないというわけではない……。でもいつもなんとなくみんなの真ん中にいる。そんな感じでしたね」

一方で高校時代の学友は、「政治家一家の跡取り」としての顔も記憶していた。

「安倍くんの音頭で、彼の地元の山口に旅行したことがあります。その時、地元の漁業組合長がわざわざ民宿まで挨拶に来たのですが、臆することなく『父がいつもお世話になっております』ときちんと対応していた」

‛87年には昭恵夫人(当時25歳)と結婚。`91年に衆議院総選挙で初当選を果たし、‛06年には戦後最年少の52歳で総理大臣となった。

本誌は学生時代の写真以外にも、SPに囲まれての朝のランニングや、ゴルフを楽しむ姿、母親の洋子さんの誕生日を祝う様子などを目撃している。

安倍元総理が歩んだ67年間を、秘蔵写真とともに振り返る。

スポーツが好きで、小学校では5年生でバスケットボール部に、6年生では剣道部に入部した。中学校に入ってからも剣道は続けたという
学生時代は特にリーダーシップがあるというわけでもなく、大人しい子供だったという。カメラを向けると“変顔“で応えるなど、無邪気な一面を見せることもあった
大学時代の友人たちとはしゃぐ安倍元総理。大学4年間はアーチェリー部に所属。毎日練習漬けの日々を送っていた。学業面では行政学のゼミに所属した。性格は超がつくほど真面目だったと言い、あまりモテるほうではなかったという
‘87年に新高輪プリンスホテルで開かれた昭恵夫人との結婚パーティの一幕。媒酌人は福田赳夫夫妻が務め、ゲストで荻野目洋子らが出席するなど豪華なものだったという
父の晋太郎氏(前列左)、母の洋子氏(前列右)と昭恵夫人と撮った家族写真。膵臓病に侵されながらも職務を全うした晋太郎氏の姿を側で見る中で、「政治家になりたい」という想いが芽生えたという
’13年2月には健康のための朝のジョギングに勤しむ姿を発見。代々木公園周辺を約40分走った。周辺には警護のためのSPが5人、並走していた
’17年2月、トランプ大統領との「ゴルフ会談」に臨むため、よみうりゴルフ倶楽部で練習に励んだ。当時の内閣広報官を務めていた長谷川榮一氏や、同じく秘書を務めていた大石吉彦氏が参加。記者の問いかけに「気持ちがいいですよ」と笑顔で答えた
ザ・キャピトルホテル東急で‘17年5月に開かれた中曽根康弘元総理(享年101)の誕生日会で、“ナベツネ“こと渡邉恒雄氏と話す安倍元総理。ともに憲法改正を掲げ、毎月一度は食事をするなど昵懇の間柄として知らていた
’18年6月、母親の洋子氏の誕生日会に訪れた際の一枚。洋子氏の「卒寿の祝い」ということで、安倍家の面々が勢揃いし、友人らも招いて80人規模の酒席となった。安倍元総理は昭恵夫人と高級コース料理を食べ、帰路についた
  • 写真原一平 堀田喬 小松寛之 仙波久幸 『安倍晋太郎 輝かしき政治生涯』より

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