ラグビー界の石原慎太郎 現役代表に並ぶ実力のかげに「引退危機」 | FRIDAYデジタル

ラグビー界の石原慎太郎 現役代表に並ぶ実力のかげに「引退危機」

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5月22日、リーグワン準決勝で決勝進出に大きく前進するトライを決めた石原(中央、写真:時事通信)

東京サントリーサンゴリアス(以下、サンゴリアス)の石原慎太郎。都知事経験者の作家と同姓同名であることで知られる32歳は、「名前負けしないこと」が目標だと笑う。引退の危機を乗り越えてなお、オフシーズン返上でトレーニングに励む。

何かがあるたびに似た質問を受ける。石原慎太郎が笑う。

「名前負けしないことが目標です。僕もそれ(逝去が話題になる)くらいの人間になりたいですね」

今年1月に開幕した「ラグビーリーグワン」初年度。新型コロナウイルスの感染拡大がやまず、いくつもの試合が中止となっていた。同姓同名の作家が亡くなった2月1日は、ちょうどそのようなタイミングだった。

國學院久我山高校でラグビーをはじめた2006年から、当時の現役都知事とたまたま名前が一緒だったことで多角度的に注目されてきた。

今度の訃報についても、何人かの知り合いから連絡をもらった。関連の質問を受けても、ひとまずは穏やかに応じた。

名前負けしない。冗談の口調で放たれた決意は、石原のラグビーや人生との向き合い方に表れている。

都内で「石原慎太郎のお別れの会」が開かれた6月上旬、郊外にあるサンゴリアスのクラブハウスへ石原は通っていた。身体を苛め抜いていた。

シーズンはすでに終了済みだ。サンゴリアスは5月29日、国立競技場での決勝で埼玉パナソニックワイルドナイツに12―18で敗れたばかりだった。6月以降は、日本代表関連の合宿へ出向く選手以外はオフシーズンへ入る。

しかし石原は、負けて終戦したてのこの時期を鍛錬の絶好機と捉える。リベンジへの思いがくすぶらぬうち、「息抜き」を交えながらもジムワークに、ランニングに励む。

悔しさが燃料だ。

「この時期が大事。そう後輩たちに伝えたくてやっているわけではないですが、自分のためにやりながら、(周りにも)何かを感じてくれたらなと」

6月9日、都内で開かれた故・石原慎太郎氏のお別れの会。挨拶した安倍晋三元総理が1か月も経たずに銃弾に倒れるとは誰も予想しなかっただろう(写真:共同通信)

「終わりかなぁ、とも思いました」

季節は梅雨。悲運にさいなまれたのも、2018年のこの時期だったか。

異常を感じたのはその年の6月下旬以降。当時、選ばれていた代表の試合を終えると、ドクターチェックが必要だと感じた。告げられた。

「このままでは、ラグビーができなくなります」

首周りを故障していた。

折しも転機を迎えていた。仕事をしながらプレーする社員選手から、競技専業のプロ選手に切り替えて間もなかったのだ。

現役終了後の保証がない立場を選んだ直後なのに、「引退も考えましたし、終わりかなぁ、とも思いました」。受難の時期が始まった。

支えられた。雌伏期間は、選手の立場でありながらコーチミーティングに加わることができた。当時の沢木敬介監督(現横浜キヤノンイーグルス監督)の勧めによってだ。

グラウンドに立てない疎外感を軽減させられたうえ、何より、チームが幾重にわたる献身で成り立っていると再確認できた。視野を広げられた。

「練習、試合のプランニング、レビュー、プレビューと、コーチングスタッフがグラウンド外で準備していることは、怪我をする前から理解していたつもりでした。ただ、その時間が想像以上に長くて! それに、コーチングには自分の思っていることをどう伝えるかなど、答えがないものもあって…。学んだものは多いです」

早期復帰へも尽力した。

通常のリハビリと並行し、デトックス効果が期待される酵素風呂に入った。

「首の怪我だったので、(まず)身体全体をよくしたかったんです」

全身の巡りをよくすることで、最終的に首周りの違和感を解消できればと考えた。

スマートフォンで「酵素風呂」と検索し、さまざまな専門店を巡る。場所によって異なる、成分や効能を吟味する。コーヒー通がカフェを巡るようなものか。

競技復帰ができた2019年以降もこの習慣を続け、いまでは若手時代よりもコンディションがよいという。

将来、自分で開業してみたいと思うほど、酵素風呂に魅了される。

「自分の身体にも合っていると思って、いまでも異常が起きる前には行くようにしています。大きい声では言えないですが、お酒を抜くのにもいいんです! 週末の試合に向けて、リフレッシュした状態で臨める。…怪我をしている間にお世話になった酵素風呂の(店舗の)方から(最近になって)ご連絡いただくこともあって、懐かしいな…と」

惜しくも頂点にたどり着けなかった今度のシーズンは、復帰後にもっとも出場時間を伸ばせた1年でもあった。

現日本代表の森川由起乙ら優れた後輩と左プロップの座を争いながら、実戦15戦中11度も先発。部内における100試合出場を達成したプレーオフの準決勝、さらには決勝でも、石原は背番号1をもらった。

機動力が光った。身長181センチ、体重105キロの身体で、相手の身軽なランナーを好タックルで仕留めることもあった。

プレシーズンから身体をいたわり、かつ追い込んだ、その成果だ。

「身体と精神に向き合う時間が作れた。(当時は)代表に行けない悔しさを抱きながら、代表よりきついトレーニングをしようと思って」

同姓同名の著名人を引き合いに出されれば、「名前負けしないように」と話す。ただ実際には、もっと地に足のついた「目標」を掲げる。

来季のリーグワンでも、サンゴリアスでプレーできる。その立場を全うする。

「来季はワールドカップイヤー(2023年のフランス大会直前)です。入れ替わり(選手の体調を考慮した出場メンバーの変更)があるかもしれません。そんななか僕は、コーチ陣が計算できるような選手でいたいですね」

日本大会時までと違い、日本代表入りへの意識はやや穏やかになった。それでも、近くにいる先輩、後輩、上司を助けられる人材でいたい。汗を流すのはそのためだ。

2017年、味の素スタジアムで行われた日本代表-アイルランド戦。もう一度、この舞台に戻れる実力はある(写真:アフロ)
  • 取材・文向風見也

    スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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