転生するなら太宰治orスライム?「異世界転生もの」が流行るワケ | FRIDAYデジタル

転生するなら太宰治orスライム?「異世界転生もの」が流行るワケ

前島賢(ライトノベル&SFライター)がガイドする一大流行ジャンルの広くて深い(?)セカイ

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漫画版『転生したらスライムだった件』(原作:伏瀬 漫画:川上泰樹)第1巻(講談社シリウスKC)書影。原作ノベルスやスピンオフコミックスなどを合わせて、累計1,000万部を突破している

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ちゃんと数えたわけではないのだが、昨今のライトノベルで、おそらく最も頻出の単語は「転生」と「異世界」だろう。無職だったり引きこもりだったり冴えないサラリーマンだったりする主人公が不幸な偶然(おそらくトラック事故が最多)で命を落とし、ゲームそっくりのファンタジー世界に転生、その過程で授かったチート能力(≒世界/ゲームバランスをぶっ壊しかねない……「ズル」としかいいようがないほど強力な能力)でもって大活躍する……という「異世界転生もの」が一大人気ジャンルになっている。

そもそもの震源地は、「小説家になろう」をはじめとするネット上の小説投稿サイト群。ウェブで無料連載されて人気を呼んだ作品が、物理書籍化されてベストセラーになり、そこからコミック化、アニメ化といったメディアミックスを経て、さらなる人気を呼ぶ、というのが、近年のヒットの方程式のひとつとなっている。

「小説家になろう」に連載され、マイクロマガジン・GCノベルズから書籍化、講談社・シリウスKCでのコミカライズを経て、2018年にアニメ化した伏瀬『転生したらスライムだった件』もまさに、そんな道を歩んだ作品。

通り魔に刺されて死んだはずのサラリーマンが、定番通りなら人間に転生するはずが、何の因果か『ドラゴンクエスト』などで最弱モンスターとしておなじみのスライムになってしまう。ただしこのスライム、主人公の死に際の願い(「刺されて死ぬとか、ない」→物理攻撃耐性獲得、「痛いのはかなわん」→痛覚無効、「40歳目前の俺なんて、30歳童貞で魔法使いならもうすぐ賢者だったのに」→ユニークスキル「大賢者」獲得、等々々)がすべて叶えられたせいで、生半可な攻撃はまるで通用せず、逆にすべてを捕食し相手の能力を我が物とする、という「おまえのようなスライムがいるか」的な存在である。しかも、そこに前世はけっこう有能なサラリーマンだった主人公の苦労人気質が組み合わさることで、いつのまにか周囲の魔物たちの面倒を見ることになり、スライムのくせにどんどん偉くなっていく……というギャップが大変に面白い。

ところでウェブ小説は、個々の作品の面白さもさることながら、そのジャンル全体がもつ速度感やダイナミズムも読みどころだ。何か新しい作品が現れれば、すぐさまそのパロディやひっくり返しが現れ、さらにそれが次のスタンダードになって新たな派生作品が生まれていく。

たとえばトラックに轢かれて異世界転生するのが「定番」になれば、トラクターに轢かれたと思ってショック死して異世界転生したり、トラックそのものが異世界転生してモンスターを轢き殺し始めたりするのがウェブ小説の世界であり、転生して戦闘で大暴れだけが能ではないと、現代知識で街作りや国作りや巨大ロボ作りなどに頑張ってみたり、あるいは異世界で居酒屋やったり、はたまた異世界でも特に何の能力もない一般人のままだったりもすれば、自動販売機に転生したりもする(マジで)。

そんなわけだから、「人間ではなく魔物に転生してしまいました!」というネタも、今では「魔物転生もの」という立派なサブジャンルのひとつだ。

たとえば馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』は、中でもしばしば極北と呼ばれる作品。書籍化(カドカワBOOKS)、コミック化(角川コミックス・エース)を経て、すでにアニメ化も決定している作品だが、タイトル通り蜘蛛……それも巣作りと逃げ足の速さしか取り柄のない正真正銘の弱小モンスターに転生した女子高生が、広大な地下迷宮で、敵を倒してレベルアップしてスキルゲットしてもっと強い敵を倒してレベルアップして別のスキルゲットしてもっともっと強い敵を……とひたすら繰り返しながら、少しずつ、しかし着実に力を付け、やがては正真正銘のバケモノと化していく。

言わばRPGにおけるレベリングとキャラクタービルドの面白さだけを取り出して煮詰めたような、実にストイックな作品だ。『転スラ』と読み比べて見ると、同じ「魔物に転生」というネタでも、料理の仕方ひとつで、ここまで変わるかと、驚くはず。

言ってみれば、

「なんでも最近は異世界転生が流行っているそうですよね。そこで皆さんは、『実は私、○○で死んじゃったんです』と私に話しかけてください。そしたら私が「それはお気の毒に」って答えますから、みなさんは「ところが異世界に転生して、今は○○してるんです」って答えてください……はい○○さん早かった」

という「ネタ」を何十万、何百万というユーザーがウェブでもって何年にもわたって競い続けている、超々大規模な「大喜利」が、「異世界転生もの」というジャンルなのだ(なお、噺家が異世界に行く作品も当然ながら存在する)。

そんな大喜利に、三島由紀夫賞・受賞作家が書き下ろしで挑んだのが、佐藤友哉『転生! 太宰治~転生して、すみません~』(星海社FICTIONS)である。

小説『転生! 太宰治 転生して、すみません』(著:佐藤友哉 イラスト:篠月しのぶ)(星海社FICTIONS)書影。第2弾として『転生! 太宰治 2 芥川賞が、ほしいのです』が2019年春に刊行予定

現代人が異世界に行くのではなく、玉川上水に入水したはずの、あの文豪・太宰治が現代へと転生してくる物語であり、しかもそれが太宰本人の文体を完全コピーした一人称で語られるのだ。

転生してわずか50ページで再び心中未遂をやらかす太宰。結局取れなかった芥川賞のパーティに突撃する太宰。ドルチェ&ガッバーナの装いに身を包む太宰。現代文化と捨て身で格闘しながら再生の糸口を模索する太宰は、その過程でもちろん「異世界転生もの」も読む。カプセルホテルで「異世界転生もの」を読みふけり、その素朴な語り口に感心し(ついでに因縁浅からぬ志賀直哉をdisりながら)、以下のように語るのである。

「私は転生本を読みつづけました。読み物として、純粋に、楽しいのです。どれもこれも、読ませやがる」
「転生することで、生前にえられなかった特殊能力(…中略…)を獲得し、その資本を元手にしてあまり幸福でなかったかつての人生をやり直すというのは、弱さから生み出された、正義です。」
「転生した彼らは、かつての自分の弱さと、今の自分の強さを正しく認識していました。ちっとも、えらぶっておらず、おれが、おれが、で明け暮れたりもせず、確実なことばかり書いている。私は、彼らの、味方です」

と、平成に転生した太宰も太鼓判を推す異世界転生もの。是非、皆さんもハマって頂きたい。

とにかくこのジャンルは数が多いが、そこは読者に優しいことに(&いささか書評家泣かせなことに)、いちいち説明するよりタイトルを見ればウリが一目瞭然というポイントがある。『転生したらスライムだった件』は、転生したらスライムだった話だし、『蜘蛛ですが、なにか?』は転生したら蜘蛛だし、『転生! 太宰治』なら太宰が転生する話だし、以下同文である。だもんで評者があれこれ説明するよりも、ネットか書店で、目に付いたタイトルを手に取って頂くのが一番だろう。是非、あなた好みの異世界転生ライフを見つけてほしい。

なお、リアル書店に赴く際は、くれぐれもトラックと通り魔に気をつけて。

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  • 前島賢

    (まえじまさとし)1982年8月8日生まれ、茨城県出身。2004年よりライター活動を開始し、ライトノベル、SFを中心に書評や論評などを発表している。著書に『セカイ系とな何か』(星海社文庫)。現在、朝日新聞で書評欄「エンタメ for around 20 」を担当中

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