”プロ転向”を発表した羽生結弦に「スポンサーが感激した言葉」 | FRIDAYデジタル

”プロ転向”を発表した羽生結弦に「スポンサーが感激した言葉」

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
フィギュアスケート男子の羽生結弦が19日、記者会見を開いた。羽生結弦は今後は競技会に出場せず、プロスケーターに転向すると表明。クワッドアクセル(4回転半ジャンプ)への挑戦は続ける。(北京=新華社記者/華義)

プロフィギュアスケーター羽生結弦(27)が19日、誕生した。

前日に緊急告知された記者会見にはコロナ禍もあり1社2人という制限があったが、国内外の20台以上のテレビカメラが入った。午後5時に始まった会見は民放3局が生中継。大相撲中継を外せないNHKはサブチャンネルで放送をした。30分間の放送枠をとる過去に例のない異例の態勢をとった。

「引退ではない、さらに上手くなる」

羽生は冒頭に「こんなしがない自分なんで言葉遣いが悪かったり、噛んだりしても許してください」と挨拶。「なんでも聞いてください」と1時間続いた質疑応答では質問者へその都度体の向きを変え、丁寧に頭を下げた。これまでと変わらない〝神対応〟をあちこちに散りばめて「プロのアスリートとしてスケートを続けていくことを決意しました」と宣言した。

羽生が話している間、背後に映し出された大手航空会社ANAとの太い絆がこの会見で改めて浮き彫りになった。今後の契約について、両者ともまだ明言はしていないが、プロになる羽生にとって、これからも支援していくスポンサーは必要不可欠だろう。

2013年7月から結んだ専属契約は1年ごとに契約を更新して今年9年目になった。専属契約とは「結果が仮に出なくても、競技を終えた後、社員として迎え入れる受け皿を用意した」といった趣旨の内容も含まれているという。契約を結んだ当初の羽生は、翌14年に初出場となるソチ五輪で金メダルを目指せる実力があり、その潜在能力から期待値も高かった。だが、この時点ではまだ世界一の実績は残していなかった。

それだけに、当時18歳の羽生はこんなコメントを残した。

「専属契約ということで、普通のスポンサー契約ではない、というお話。いただいたサポートをしっかり受け止めていきたい。心から嬉しく思います」

20歳に満たない羽生のこのコメントに、当時のANA幹部はもちろん社員もとても感激をしたのだという。

福原愛、瀬戸大也…

羽生以外のアスリートの代表例として福原愛がいた。07年に福原愛とも専属契約をしたが、きっかけはその2年前のスポンサー契約。海外での試合の移動費を負担したり、会社のイメージアップのためのCM契約などが入っている。福原のスポンサー契約は背景に、福原が当時拠点としていた「中国路線の販路拡大」というANA側の大きな狙いがあった。

さらにANAは過去にも水泳の瀬戸大也と契約。瀬戸は羽生と同じ専属契約だった。

「20年に瀬戸さんが不祥事を起こし、契約を解除しました。コロナで業績が大幅に悪化し、多くのアスリートとの契約を見直しましたが、羽生さんの専属契約だけは続けて欲しいという思いは多くの社員が持っています」(ANA関係者)

この種の契約は大手広告代理店が仲を取り持つことが大半だが、羽生との専属契約はANAの方から羽生に直接ラブコールを送ったことがきっかけに交渉がはじまったという。

その『純粋に支援したい』というANAの思いは羽生にも届いたのだろうか。ANAの社業にも羽生は積極的に顔を出している。羽生は入社式には毎年VTR出演し新入社員に挨拶。そして14年、10年ぶりのリニューアルとなった客室乗務員らの新制服発表会には羽生本人が生登場して盛り上げた。

羽生の「プロ宣言」の会見が終わると、すぐに公式ツイッター「ANA旅のつぶやき」で45秒の動画メッセージが公開された。

「応援して欲しいです!率直に、応援して欲しいです!」

両者の純粋な思いの先に、前人未踏の4回転半成功がきっとあると信じている。

東日本大震災からちょうど1年後の2012年3月11日、荒川静香さんとともに地元・仙台のリンクで黙とうをささげる羽生結弦(写真:共同通信)
2012年12月、グランプリファイナルで初優勝を果たし、笑顔を見せた高橋大輔(右)と2位に入った羽生。2年後のソチ五輪で羽生は金メダル、高橋は6位に終わり、その年に引退を表明。ソチ五輪の高橋は今回の羽生と同じ27歳だった(写真:共同通信)
ソチ五輪で金メダルを獲得した直後の2014年4月、春の園遊会にて
ソチ五輪で羽生が獲得した金メダルをかけ、笑顔を見せる安倍首相(当時)。右は浅田真央(写真:共同通信)
2018年平昌五輪で金メダルを獲得した直後
北京五輪の練習にて。足の痛みだったのか、内なる重圧との戦いか。羽生の言葉からは、五輪に対して受けていた大きな重圧をひしひしと感じさせた(日本雑誌協会)
転倒しても、転倒しても、なお挑み続けてきた(写真:日本雑誌協会)
五輪3連覇がかかった2月の北京五輪で演技前、スケート靴のエッジカバーを額に当てる羽生。感謝の意味を込めたルーティーンだ(写真:日本雑誌協会)
北京五輪が行われた2月10日、フリーの演技終了後。神々しい表情が印象的だった(写真:日本雑誌協会)
フリーの演技が終わった直後。どんな思いが駆け巡ったのだろうか(写真:日本雑誌協会)
記者会見を終え、笑顔で手を振る羽生結弦。競技会に出なくなる「引退」のさみしさはなく、新しいスタートへの希望が満ち溢れた(写真:共同通信)

Photo Gallery12

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事