京都新聞“女帝”を告発した記者は「安倍総理会見でモノ申した男」 | FRIDAYデジタル

京都新聞“女帝”を告発した記者は「安倍総理会見でモノ申した男」

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京都新聞ホールディングスの元相談役らの告発状を京都地検に提出し、記者会見した京都新聞記者。左が日比野敏陽氏(写真:共同通信)

現職記者が経営者一族の刑事責任を追及ーー。今時、珍しく骨のある記者がいるものだ、と久しぶりに胸に突き刺さるニュースが流れた。

京都新聞の記者2人は6月末、同社を傘下に持つ京都新聞ホールディングス(HD)が34年間にわたり、元社主一族の白石浩子元相談役に支払った約19億円は違法と京都地検に刑事告発した。現在も大株主として居座る白石一族に怒りを募らせる記者は「報道機関として放っていくわけにはいかない。誰も告発しないのなら、個人でやるしかなかった」と身内から火の手をあげた。

「仕組まれた質問にしか答えられないのか」

記者のうちのひとり、日比野敏陽氏は新型コロナウイルスの感染拡大が急速化した2020年3月、東京編集部長時代には安倍晋三首相(当時)の会見で「かみついた」ことがある。全国紙、NHKなどいわゆる大手メディアが事前にすり合わせていた質問に対して安倍首相が返答を終え、ほかの質問には対応せずに官邸が会見を終わらせようとしたとき、「仕組まれた質問にしか答えられないのか」と声を荒らげたのが日比野氏だった。その後の首相会見の在り方を変えたきっかけを作った人物のひとりだったのだ。

15年以上前から日比野氏を知るジャーナリストの立岩陽一郎氏はこう明かす。

「正論は大事にされる方ですが、決して自分からでしゃばるような人ではない。今回の告発はルビコン川を渡ったな、という印象です」

声を荒らげたときも、明確な理由があった。会見に先立つ2020年2月29日、同じく新型コロナの緊急記者会見で、安倍首相にフリージャーナリストの江川紹子さんが「まだ質問があります」と問いかけたが、安倍首相は求めに応じず、会見を終わらせた。2日後の3月2日の参院予算委員会で立憲民主党の蓮舫議員がこの件について質問する事態に発展。その約2週間後の緊急会見で再び同様のことが行われようとしたため、日比野氏は声をあげたのだ。立岩氏が続ける。

「コロナで世の中が混乱していたときに行われた政権の一番大事な記者会見なのに、丁々発止の質疑もなく、総理大臣が用意された質問内容の答えを読む光景は誰が見ても、違和感を覚えます。その問題意識から来る日比野さんの怒りが自然に行動になってあらわれたのではないかと思います。

今回告発した行動についても、組織の論理からすれば『余計なことをしたヤツ』とみられるので、日比野さんの立場がよくなるわけではありません。それでも声をあげたのは、身内で起きていたおかしなことを『報道機関が見過ごしてはいけない』という怒りだと思います」

一連の流れを見ながら、50年前に起きたウォーターゲート事件の調査報道で、当時のニクソン米大統領を辞任に追い込んだ米紙ワシントン・ポストの社主、キャサリン・グラハム夫人が思い出される。

1972年6月17日、ワシントンD.C.のウォーターゲート・ビルに入居していた民主党全国委員会本部に侵入事件が起きた。ポスト紙のボブ・ウッドワード、カール・バースタイン両記者は単なる窃盗事件でなく、盗聴器などを仕掛けて違法に情報収集しようとしていたことを突き止める。実行犯はCIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)の関係者で、ニクソン再選委員会が深く関与しているという証言を引き出し、米国建国以来初めて現役の大統領を辞任に追い込んだ。

安倍首相の会見(当時)。2020年3月ごろまでは、いわゆる大手メディアが事前にすり合わせた質疑に答えるのみだったが、日比野氏らが声をあげた会見後、個人的に質問がある場合はメールでも質問を受け付けるようになった(写真:共同通信)

世界的スクープをものにした両記者は一躍、時代のヒーローとなりテレビにも出演した。得意の絶頂になるのも無理はないが、意外なところから強烈なパンチが飛んできた。

社主のグラハム夫人から届いた手紙には次のように書いてあったという。

「テレビに出てニヤニヤしながらとても偉そうにしていた。悪魔のような態度をするものではない」

大統領を辞任に追い込み、周囲から称賛され、屈指のジャーナリストになったと有頂天になっていた自らを恥じるしかなかった。ウッドワード氏は今年6月のウォーターゲート事件から半世紀に合わせた古巣の特集で振り返る。

「忘れられない忠告だった」。常に謙虚であれ、という戒めを肝に銘じながら、79歳になっても第一線で執筆活動を続ける。

「ウォーターゲート事件をスクープできたのは夫人のサポートがあったからだ」

ポスト紙は、夫人の父で金融業者のユージン・メイヤー(初代世界銀行総裁)が買収したものの、経営を任された夫が急死、一族経営を守るために後継者に就いた。

米国の主要新聞社で初の女性社主兼発行人になったとはいえ、「どうせ何もできず、会社を潰すのでは」と周囲の目は冷たく厳しかった。一地方紙に過ぎないポスト紙は経営的苦境に立たされていく。

ウォーターゲート事件の1年前には、ライバル紙のニューヨーク・タイムズにベトナム戦争の機密文書「ペンタゴン・ペーターズ」をスクープされ、追い討ちをかけられてしまう。

危機的状況のなか、ポスト紙の記者たちも踏ん張り、機密文書のほぼ全文を入手、報道しようとするが、ニクソン政権を刺激すれば銀行の支援が得られないとする重役陣から圧力がかかる。決断を求められたグラハム夫人は迷いながらも紙面化にゴーサインを出す。

単なるセレブではなく、新聞人としての矜持を貫いた背中を見ていた若手記者は地べたを這いずり回りながら、ウォーターゲート事件の真相に迫っていった。

ウッドワード氏は「苦しいながらもポスト紙にはどこか余裕があった」と語る。社内の風通しがよく、自由闊達に取材できた、ということだろう。

白石家とグラハム家は日米、時代背景が異なるものの、経営者一族の新聞づくりへの取り組み方があまりにも違い過ぎる。

京都新聞は地方紙の雄として存在感を示している。労組とウォーターゲート事件の報道姿勢を重ね合わせると、記者と経営者のあり方を考えるきっかけになるのではないか。今回の告発が再生への道につながるか、それこそ、一地方紙の問題ではない。

ウォーターゲート事件から50年という節目の年に、京都新聞記者が旧経営陣追及に立ち上がった。土俵際に追い詰められている新聞界にとって、けして他人事ではない。

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銃撃直後の安倍元首相(画像は一部加工しています)

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