3連覇ならず サントリー沢木敬介監督と日本ラグビーの未来

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現役時代は、秋田経法大附属高校(現・明桜高)、日本大学、サントリーでスタンドオフとして活躍

サントリーラグビー部の沢木敬介監督は12月15日、いつも通りに低いが、通りのよい声で「はい、皆さんお疲れさまでした」と言った。

いつも通りでないとしたら、少し目が赤かったことか。もっとも、その件に触れられても本人は「泣いてないです」と即答しそうだ。

ファンとの写真撮影には紳士的に応じながら、滅多に笑顔は作らない。口角を上げて試合を観ていた瞬間をテレビの中継映像に抜かれた際も、第三者に「笑っていましたね」と聞かれれば「俺、笑ってました?」と否定していた。

端正な顔立ちの43歳。喜怒哀楽のうち「怒」以外の感情の存在を、あまり認めたがらない。

この日は東京の秩父宮ラグビー場で、国内最高峰トップリーグの3連覇を目指していた。順位決定トーナメントの決勝で、神戸製鋼に5-55で敗戦。「はい、皆さん…」は、その後の公式会見での冒頭挨拶だ。

普段は勝っても「完全な負け試合」「チームに甘い部分がある」などと言い切るボスだが、この時ばかりは部下への感謝を口にした。

「これまでずっと1年間やってきた選手のハードワーク、スタッフの勤勉な仕事ぶりというのは、凄く、誇りに思っていますし、まぁこの負けで、また強くなると思います。はい。ありがとうございました」

遡って、現地時間2015年9月19日、イングランドはブライトンコミュニティスタジアム。ワールドカップの予選プール初戦で、過去に2度優勝の南アフリカ代表を当時ワールドカップ通算1勝の日本代表が破った。

後半28分に鮮やかな連係プレーでトライを生んだが、その動きは代表のコーチングコーディネーターだった沢木が考えたものだ。当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチの反対を押し切り、採用に持ち込んだ。世界的名将のジョーンズへ意見する希少な日本人指導者だったことで、かえってジョーンズから信頼された。

翌2016年、現役時代を過ごしたサントリーの指揮官となる。ワールドカップイヤーのトップリーグで16チーム中9位に沈んでいた古巣を甦らせ、昨季まで2連覇を果たした。

これまで、東京都府中市内の本拠地で示してきたのは、妥協を許さぬ姿勢だ。前年度で言えば、ひと仕事してから次の持ち場へ移るまでの時間を2秒以内に設定。理想の実現に不可欠なスピード、筋力などの数値目標も個別に定めた。

ただノルマを丸投げするだけではなく、課題をクリアするまでの過程もつぶさに見る。某日、クラブハウス1階で選手がエアロバイクを漕いでいるのを2階にいた沢木が見下ろしていた。

そして、「今季は、全チームがうちをターゲットにしてくる」と気を引き締めた。底力を引き上げるべく、トップリーグ開幕後の9月上旬には練習設計に工夫を施す。

例えば、選手をふた組に分けて取り組む攻防練習では、各組ができるプレーを限定する。さらにその組分けは、トレーニング開始直前に発表した。各組の選手は10秒程度でその場の仲間と打ち合わせ、満足のゆくプレーをしなければならない。こうして、実戦仕様の連係技術を磨いていた。さらに驚かされるのは、この練習方法が他の指導陣との事前打ち合わせなしにおこなわれたことだ。周りもよく対応できたものだ。

沢木は普段から、サッカーの指導者や心理学者の書籍、ビジネス書を読み漁る。次々と練習設定の引き出しを増やしているのは、そのためだという。

「やっぱ、混乱させると結束力が出るでんですよ。簡単な練習をやらせてミスがなくなっていい練習できました、なんて、ただのコーチの自己満足。そんなの、選手は絶対に成長しないですよ。僕は、必ずミスが出るようなトレーニング設計にする」

最高潮を迎える時期を12月に定めていたからか、9月14日に組まれたレギュラーシーズンの神戸製鋼戦を20―36で落としても、さして動じなかった。リーグ戦中に発見された課題を克服するメニューを、あらかじめ組んでいた年間強化計画に付け加えるだけだ。

神戸製鋼との今季初戦では、グラウンド両端エリアでの攻撃中に接点上のボールを奪われ続けた。そのため首脳陣は、カップ戦に挑む11月に接点でのプレーを練習し直す。室内での肉体強化練習では、ボール保持者へ素早く、低い姿勢で援護に入るイメージをしみこませる。

冬になれば役者も揃った。9月に負傷もシーズン終盤に復帰のショーン・マクマーンは、優れた突破役。途中加入のクリス・アルコックは、攻守の下働きで光る職人だ。いずれも9月の神戸製鋼戦での課題を克服するのに、心強い存在だった。12月の順位決定トーナメントでは準々決勝を2点差、準決勝を3点差で制してきた。

決勝を4日後に控えた12月11日の練習中、沢木はいくら褒めても満足しない選手の姿に成長を見た。

そして決勝前日の12月14日。主力選手の調整を終えると、試合に出ないメンバーに課した厳しいトレーニングをチェックする。選手の格によってコーチングの差をつけようと考えたことは、ただの一度もない。ちなみに選手からは、「沢木さんは1対1のミーティングの時は優しいし、面白い」といった証言がいくつも聞こえてくる。

だから神戸製鋼との再戦へは、何の問題も残さずに臨んだはずだった。残った問題があったとしたら、50点差で負けたという結果だけだった。

1対1で当たり負けし続けた試合内容を受け、会見では「ピーキングに悔いはなかったか」との質問が飛ぶ。沢木はほんの少しだけ、語気を強めた。

「悔いはないです。まったく。はい。ただ、いいパフォーマンスができなかったという現実(がある)。そこだけです。それ(本来の力)を引き出せなかったのはコーチ陣の責任だと思います」

強烈な個性の持ち主だ。会見時の発言通り、いくつものアイデアはスタッフの献身によって実現させてきた。そのため沢木がいまのポジションを確保してきて、沢木のもとでチームが一枚岩となっていた最大の理由には、沢木が結果を出し続けてきたことを挙げる人もいる。

それゆえ来季の去就は、言葉の本当の意味で未定なのだろう。当の本人も、今季終盤に来季の構想を聞かれては「ないです。3連覇することに集中します」と即答していた。

名物指導者の未来はファンの関心事のひとつだが、サントリーの現役コーチの1人は「これはこのチームを出て行って欲しいという意味ではないですよ」と念を押し、沢木の新たな将来像について口にする。

「世界と勝負できるところがあるのなら、そこへ行くべきではないかと」

国際舞台での指導歴と近年の好結果から、ナショナルチームでの指揮官就任への待望論もある。沢木自身も2017年までは、立場に関わらず自国開催のワールドカップに携わりたい旨を表明していた。

もっとも2018年9月上旬頃にこの件に触れると、「いいんじゃないですか、やりたい人がやれば」。決勝戦後に「悔いはない」と言うのと似た口調だった。

「そういうのはタイミングがあってのこと。いまはサントリーを優勝させるのが僕の仕事なので、代表のことは考えたことがないです。別に」

この時の話し相手が「確かに、次の仕事を考えながら指導にあたっていると選手に知られたら、求心力に影響が出かねません」と応じれば、「そりゃそうですよ。選手だってバカじゃないですよ」と頷いた。

一切の忖度を許さず、嘘をつかず、目の前に与えられた職務を必死に全うする。それが沢木敬介という社会人だ。

現日本代表ではニュージーランド出身のジェイミー・ジョセフが指揮していて、現状では少なくとも2019年のワールドカップ日本大会までは続投するだろう。それ以降の代表首脳は日本協会が早めに定めるべきとされていて、来季の国内トップリーグは2020年1月に開幕する。

オリンピックイヤーの沢木はサントリーでリベンジを目指しているのか、はたまた全く異なる舞台で大声を張り上げているのか。その答えが出る時期さえも、明らかではない。

  • 取材・文向風見也

    (むかいふみや)スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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