騎手・今村聖奈 負けず嫌い大物ルーキーは寝てもレースの夢を見る
3月にデビュー、初の重賞騎乗で見事勝利 競馬界に現れた規格外の新人
「やってもうたなぁ~」
レース後、新人騎手・今村聖奈(18)が父親で調教助手の康成さんに電話をかけると、驚きと喜びの交じった言葉が返ってきた。
今村が「やってもうた」のは、7月3日に小倉競馬場(福岡県北九州市)で行われたGⅢ『第58回CBC賞』だ。ルーキーとして初めて重賞の舞台に立った今村は、1分5秒8のJRAレコード(芝1200m)で見事勝利。女性ジョッキーの重賞初騎乗Vは、これまで誰も成しえなかった快挙である。
「夢じゃないですよね?」
勝利者インタビューを終えた今村は、報道陣へこの言葉を3度も繰り返し喜びを爆発させた。
初めてのレースで落馬
歴史的レースから約2週間――。インタビューに応えた今村は、意外に冷静な反応を見せる(以下、コメントは今村)。
「勝てたのは嬉しいですが、いつまでも喜びに浸ってはいられません。これがゴールじゃない。次がありますからね」
今村の近くには、気がつけば馬がいた。もともと騎手だった父・康成さんに同行し、真っ黒に日焼けするまで調教の様子やレースを観戦。幼いころから、ポニー競馬などに参加していたのだ。
「私には、馬に憧れた瞬間とか騎手を目指したキッカケがないんです。馬と一緒にいるのが当たり前でしたから。家族のような存在です」
小学校6年生の時の、忘れられない記憶がある。生まれて初めて草競馬のレースに参加。落馬し激しく転倒したのだ。
「馬を、うまくコントロールできなかったんです。コーナーを曲がりきれず、コースを外れ落馬。痛いとか恐いという感覚は、まったくありませんでした。ゴールできなかったことが、悔しくて悔しくて……。すぐ父親に、『次もまた乗らせて』とお願いしました」
今村は「超」がつくほどの負けず嫌いだ。競馬学校では好成績を残したが、常に2位。教官に「どうして私が1位じゃないんですか!」と、食ってかかったこともあるという。
「同期の中で、いつも1位だったのは角田大河(つのだたいが)という騎手です。いつも冷静で、努力を惜しまない。彼がトップであることに納得する反面、『いつか絶対に追い抜いてやろう』と心に秘めていました」
競馬学校を卒業した今村がデビューしたのは、今年3月だ。初レースは勝てる自信があった。しかし、結果は8着。今村は「何で?」と自問自答する。
「その時、角田騎手にかけられた言葉に助けられました。『焦ってもムダやで。走るのは馬やし。気にせんとき』と。角田騎手は、どんな状況でも慌てません。彼の沈着な言動に接し、考えさせられました。一方、それまでの私はせっかちで余裕がありませんでした。騎手の焦りは馬に伝わり、緊張させ走りを鈍らせます。私は馬に余計なプレッシャーを与えないため、慌てちゃダメだと戒(いまし)めるようになりました。自分に言い聞かせたんですよ。『できない事はない。絶対に冷静になってやる』と」
余裕を持つようになってから、今村はリズムに乗る。5月に新潟で行われた大会前には、周囲にこう宣言した。
「新潟で大暴れしてきます。ブレイクします、私」
言葉通り5月14日には、初めて1日に2つのレースで1着になるなど、新潟だけで8勝。完全に波に乗った。
「焦らなくなると、騎乗する馬の性格に合わせレース運びを冷静にイメージできるようになりました。最初から飛ばすのか、後から追い抜くのかなどです。馬にもそれぞれ特徴があり、型にハメてはいけません。騎乗中も『よし、行くよ!』と馬とコミュニケーションをとっています。四六時中、考えるのは競馬のことばかり。寝ていても、夢にまでレースの場面が出てくるんです。現実の通りダメだったり、逆に夢ではうまくいったりね」
デビュー4ヵ月余りで、新人女性騎手の年間最多勝記録9を大きく更新する21勝をあげた今村(7月24日現在)。今後の目標を聞くと……。
「言わないです。メディアに公表すると大きくとり上げられ、一人歩きしますから。生意気だと、非難の対象にもなりますし。ただ、ファンに夢と希望を与えるレースをしたいとは思っています」
走りも言動も、規格外の18歳。競馬界に、面白い逸材が現れた。
『FRIDAY』2022年8月12日号より
- 画像:加藤 慶 共同通信社(2枚目)