是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』ラストを決めない演出の凄み | FRIDAYデジタル

是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』ラストを決めない演出の凄み

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『ベイビー・ブローカー』の舞台挨拶に立った是枝裕和監督(左)と主演のソン・ガンホ
『ベイビー・ブローカー』の舞台挨拶に立った是枝裕和監督(左)と主演のソン・ガンホ

是枝裕和監督が韓国映画界最高峰の俳優・制作スタッフと作り上げた映画『ベイビー・ブローカー』。カンヌ国際映画祭で主演するソン・ガンホが最優秀主演男優賞、並びに“人間の内面を豊かに描いた作品”に贈られるエキュメニカル審査員賞を受賞するなど、公開前から早くも大きな期待が寄せられていた。

「この映画は、“赤ちゃんポスト”から盗んだ赤ん坊を連れて、赤ちゃんの母親と共に養父母探しの旅に出るロードムービー。ところが赤ちゃんを高く売ることが目的だったベイビー・プローカーたちがどうしたらこの赤ん坊が幸せになるのかを考え始め、さらに彼らを人身売買の罪で現行犯逮捕しようと後を追う女性刑事たちも、赤ん坊との旅を通して母性に目覚めていく。この作品では、この二つのテーマが同時進行で描かれています」(ワイドショー関係者)

当初、「捨てるなら産むなよ」と言っていた女性刑事が母性に目覚め、劇的な変化を遂げる結末は、自分が生まれてきたことを肯定できずにいる“赤ちゃんポスト”で生まれ、施設で育った子供たちへの是枝監督からのメッセージ。この赤ちゃんは“生まれてきてよかったんだ”と確信する瞬間に味わうカタルシスは、何ものにも代えがたい。

カンヌ国際映画祭の席で、是枝監督は今作について思わぬ秘話も明かしている。

映画『そして父になる』、『万引き家族』との関係性について問われた際、是枝監督は『そして父になる』公開当時、

「父親になるには何か階段を登っていかないとなれない」

と発言。するとこれに対して

「女性でも産んだ人が、すぐに母になるわけではない」

との批判を受けたと告白。その時の反省から、『万引き家族』で描いた“産まないけど母になろうとする女性”(安藤サクラ)、『ベイビー・ブローカー』で描いた“いろんな事情から母になることを諦める女性”(イ・ジウン)が生まれた、と語っている。

しかし映画『ベイビー・ブローカー』が、私たちの心を捉えて離さない理由はそれだけではない。他の作品にはあまり見られない“ラストを決めない演出”が生み出すドキュメンタリータッチのスリリングな緊張感が、私たち観客をラストまで魅了してやまない。

「今作は釜山から始まりソウルまで2か月半かけて撮影が行われ、ストーリー展開に合わせて撮影が行われています。しかし後半の3分の1にあたるソウルにたどり着いてからの物語をどうするのか、是枝監督は決めずにクランクイン。

撮影中に何度もリライトしながら、その都度主演のソン・ガンホや刑事役のペ・ドゥナに見せ、意見を交換。撮影が3分の2ほど終わったタイミングで、ようやく決定稿が上がりました」(制作会社プロデューサー)

フィクションの物語でありながら、ドキュメンタリーのようなリアリティを持たせる。これこそ、ドキュメンタリー番組からキャリアをスタートさせた是枝裕和の真骨頂なのか。

映画『パラサイト家族 半地下の生活』に主演したソン・ガンホ、主演映画『MASTER/マスター』などで知られるカン・ドンウォン、是枝監督の映画『空気人形』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞しているペ・ドゥナ、『梨泰院クラス』で強烈なインパクトを残したイ・ジュヨン、そして“国民的歌姫”としても知られるイ・ジウンといった名優たちのアンサンブルの魅力を十二分に引き出す是枝演出には目を見張るものがある。

しかしラストを決めずに物語を紡いでいくのは、是枝監督だけではない。

「広瀬すず・松坂桃李W主演の映画『流浪の月』を手掛けた李相日監督は、脚本を執筆するにあたって、あらかじめあらすじを決めず、ストーリーを頭から順番に紡いでいく。つまり今書いているシーンで何が起きるかによって、次にどんなシーンが来るのか決めていく。

しかしこのスタイルは、まるでミリ単位で進むトンネルの掘削工事のよう。掘り続けて岩盤にぶつかっても愚直に掘り続け、どうしてもダメな場合は別の壁の前に立ち、また一から掘り始める。一体いつ、ラストシーンにたどり着くのか、そこで何が見えるのか、書いている李監督ですらわからない。この手探りの苦しみがあったからこそ、ある意味原作を凌駕する傑作が誕生したのかもしれません」(前出・制作会社プロデューサー)

さらに現在、連続ドラマ『初恋の悪魔』(日本テレビ系)の脚本を手掛ける坂元裕二もまた、独自の執筆スタイルで知られている。

「坂元氏の場合はラストどころか、プロット(あらすじ)すら作らず登場人物の細かい履歴書を作り、それを頼りに冒頭から書き始める。ストーリーの展開は一切、予測不能。この執筆方法には、坂元氏が脚本を手掛けたドラマ『カルテット』(TBS系)に出演する宮藤官九郎氏も驚きを隠せなかったようです」(制作会社ディレクター)

こうした坂元の手法とは異なり、きちっと全話のプロットを作ってから脚本作りに取り掛かっているのが、現在放送中の朝ドラ『ちむどんどん』(NHK)を手掛ける羽原大介だ。

「朝ドラ『ちむどんどん』の場合、羽原氏が最終週までのプロットを作り、それを土台に第1週から話の展開やセリフを詰めていき、制作統括やチーフ演出と3人で揉み、また書いては揉んで試行錯誤を繰り返していく。“朝ドラ”に限らず、こうやって進めていくパターンが連ドラの場合、一般的ではないでしょうか」(前出・制作会社ディレクター)

通常のパターンではないからこそ、予定調和にはならず個性的でオリジナリティ溢れる作品が生まれる。『ベイビー・ブローカー』に漂うヒリヒリした高揚感は、こうした職人芸のなせる技なのかもしれない。

  • 島右近(放送作家・映像プロデューサー)

    バラエティ、報道、スポーツ番組など幅広いジャンルで番組制作に携わる。女子アナ、アイドル、テレビ業界系の書籍も企画出版、多数。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、近年『家康は関ケ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓

  • 写真西村尚己/アフロ

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