『JIN―仁―』作者が作品を通して語る「人とパンデミック」とは | FRIDAYデジタル

『JIN―仁―』作者が作品を通して語る「人とパンデミック」とは

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現代のコロナ禍と酷似!幕末のパンデミックがもたらしたものとは

2018年より『グランドジャンプ』誌で連載中の幕末医療マンガ『侠医冬馬』(村上もとか・かわのいちろう共同作画/集英社)が、コロナ禍の今とシンクロして非常に興味深い。敵か味方か、賛成か反対か。世界中でさまざまな分断が進む現代。 “時代と人”を描き続ける村上氏に、自らの作品を通し、パンデミックと社会の趨勢との関連性について語っていただいた。

「分断は深くて広い。人を信じられないような気持ちになっている人はたくさんいる」と村上もとか氏は言う。石神井のアトリエにて(撮影:安部まゆみ)
「分断は深くて広い。人を信じられないような気持ちになっている人はたくさんいる」と村上もとか氏は言う。石神井のアトリエにて(撮影:安部まゆみ)

まるでコロナ禍を予言するかのような作品『侠医冬馬』

物語は安政3年(1856年)の大坂(現在の大阪)に始まる。主人公の松崎冬馬は医術を学び、天然痘の種痘を広め、市井の人々に貢献する。『JIN―仁―』から8年を経て再び幕末医療マンガに取り組んだのは、『JIN―仁―』では描き足りない部分があったからだという。

今なら死ぬことはない病で死んでいった我々の先祖たち。その悔しさや医者の無念を描きたいと現代からスーパードクターを降臨させたが、南方仁がいない世界で命懸けで戦っていた医者たちの話を、どうしても描きたいという思いに駆られたのだ。

ところが『侠医冬馬』の連載開始から約1年後、コロナのパンデミックが起こり、村上氏の筆は止まった。

「『JIN―仁―』を描いた頃には百数十年前の人たちが苦労した話ということで、現代の目線から余裕をもって見ていられたんです。だけど今回は現実の方がすごいことになり、 “江戸時代のこんな物語を描くことに意味があるのかな”と悩んでしまいました」

そんな中、2020年4月にドラマ『JIN―仁―』を再編集した特別版が放送された。疫病と向き合い孤軍奮闘する仁の姿に、コロナ禍を重ねた人は多かった。「勇気をもらった」「感動した」という声に背中を押され、村上氏は再び描き始める。

「描き続けようと思ったもうひとつの理由には、現代のコロナ禍と幕末のパンデミックの様子が酷似していたことがあります。世の中の状況や行政の反応など、いろんなものの迷走ぶりがぴったりと重なって、人間はこの百数十年の間、一体何をやっていたんだろうと思うほどでした。それで、これを描くことには意味がある、百数十年前のパンデミックをとことん描いてみようと決意しました」 

資料には膨大な付箋。1ヶ月にひと瓶使うというインクの箱には、蓋を開けた日の覚書が…
資料には膨大な付箋。1ヶ月にひと瓶使うというインクの箱には、蓋を開けた日の覚書が…

医療従事者への差別、帰省者の排除…。コロナ禍で見えた人間の本質 

『侠医冬馬』には疫病に対する嘘や伝聞、買い占め、ワクチン(種痘)への恐怖、果ては神頼みと、現代とまったく同じ現象が描かれていて、予言の書かと思うほどだ。

「コロナ禍でわかったことは、結局人間は何も変わっていないということです。未知のものが現れれば、現代科学をもってしても“エエッ!?”となってしまう。医療従事者への謂れのない差別も問題になりました。自分自身が感染し、倒れるかもしれない覚悟で仕事をされる方や、その家族までも貶めたりするのはどういう感覚なのかと思いますが、人間というのは感染病に関して、ここまで人間不信に陥るんだなと愕然としましたね。

第二次世界大戦では、終戦後に海外から引き上げてきた人たちが差別に遭ったと聞きますが、コロナ禍でも東京と地方との温度差などから、同じようなことが起きました。あれを見ると、入ってこないでくれ、戻ってこないでくれ、そういう感覚が人間にはやっぱりあるんだろうなと」

コロナ禍の前からひとりで執筆。「僕が描くべきところには全てペンを入れ、指示と資料を付けてかわの氏に渡しています。彼はその上にデジタルで描き込み、完成したものを編集さんがチェックします」
コロナ禍の前からひとりで執筆。「僕が描くべきところには全てペンを入れ、指示と資料を付けてかわの氏に渡しています。彼はその上にデジタルで描き込み、完成したものを編集さんがチェックします」

パンデミックとウクライナ侵攻には関係性があった!?

今回のコロナ禍では、人間社会とはどんなものなのかを勉強させてもらったと村上氏は言う。パンデミックを通して、人間の本質が垣間見えたと思った人は多いだろう。

そしてコロナが収束しないまま、今度はロシアのウクライナ侵攻が起こる。村上氏の筆はここでまた、止まりそうになった。

「最初の頃、ロシア側は核をちらつかせましたよね。それまでは“核を使わないことは約束だよね”という暗黙のルールがあったはずなのに“怪しいんだな”と思いました。

僕が『侠医冬馬』を通じて描きたいのは、現代も百数十年前のあの時代と直結しているということで、この物語のエンディングは近未来にしようと考えていました。でもプーチンの発言を聞いて“そもそもその時に地球ってあるのかな”とまで思ってしまって…。そこで2回目の“これ描いていて意味があるのかな”という疑問に苛まれました」 

パンデミックとウクライナ侵攻。村上氏は、このふたつの出来事がほぼ同時に起こったのは偶然ではないと見ている。

仁がタイムスリップした文久2年(1862年)、江戸を麻疹とコレラがダブルで襲った。酒井シヅ氏(医史学者。村上氏の医療マンガの医学考証担当)の調査によると死者は24万人以上。江戸の人口100万人のうち、4人にひとりが死ぬというのは、ほとんど壊滅状態だ。

「そんな状況になったのは国のせいではないけれど、それによって日本が元々抱えていた政治的な病根が明らかになり、一気に幕府が倒れていったんじゃないかと思うんです。

ウクライナの問題もそういうことではないかと。パンデミックによってどの国も手前勝手に自国のことだけを考えて右往左往し、これまで言われていた“協調性”なんて全然機能しなかった。プーチンはそれを見抜き、あの行動を起こしたという気もするんですよ」

「文久2年というのは生麦事件などはよく語られますが、そんなことより倒幕がパンデミックの真っ最中に起きたということの方が大きい」と村上氏。パンデミックと政治の混乱。人はまた同じことを繰り返すのだろうか
「文久2年というのは生麦事件などはよく語られますが、そんなことより倒幕がパンデミックの真っ最中に起きたということの方が大きい」と村上氏。パンデミックと政治の混乱。人はまた同じことを繰り返すのだろうか

平和であることの素晴らしさやその価値を、我々は本当に活かしていたのか… 

幕末から明治維新への流れは現代に続く政府が作った官製の歴史であり、我々が学校で習ったような輝かしいものではなかったと村上氏は語る。パンデミック後に国の統治はガタガタになり、それ以後は権力闘争でしかなかったのだ。

「第二次世界大戦以降、日本では平和な時代が続きましたが、平和であることの素晴らしさやその価値を、我々は本当に活かしていたのか。与えられているものだと感じてしまったら、それは間違いじゃないかと、反省すべきところにきていると思います」 

村上氏は1951年生まれ。いわゆる“団塊の世代”の背中を見て青春時代を送った。デモが繰り返された’60年代に比べれば、日本は遥かに豊かになり、安定もした。’90年代に向かっては国内の分断もなくなってきていたが、2000年を超えて、また亀裂が深まっていると危惧する。身近なところで言えば、日本は今、安倍元総理の国葬を巡り、世論は2つに分かれている。

「今のままの状態で国葬をすることが、国民の心を癒やすことにはならないと感じています。吉田茂さんの時とは、あまりにも世界が違う。政治的なものになる危険もありますし、何よりも政府は国民の分断を深刻化させるようなことをすべきではありません。分断を煽るのではなく、今はそれをどう癒やしていくかに全力を投じるべきではないでしょうか」 

今、弥生美術館ではデビュー50周年を記念して『村上もとか展』を開催中だ。「絵日記帳のような視点で、時代の中で人間ドラマを描いてきた、そんな思いがある」という村上氏。子どもの頃、『六三四の剣』(小学館『週刊少年サンデー』に連載)に夢中になった読者も多いだろう。作品を通し、ここで50年という時代の流れを振り返ってみるのも感慨深いものがありそうだ。

「デビュー 50周年記念 村上もとか展~『 JIN ―仁―』、『龍 RON ―』、僕は時代と人を描いてきた」は、弥生美術館(東京・文京区)で2022年9月25日(日)まで ©村上もとか/集英社
「デビュー 50周年記念 村上もとか展~『 JIN ―仁―』、『龍 RON ―』、僕は時代と人を描いてきた」は、弥生美術館(東京・文京区)で2022年9月25日(日)まで ©村上もとか/集英社

村上もとか(むらかみ・もとか)マンガ家。1972年、「燃えて走れ!」(週刊少年ジャンプ)でデビュー。1982年、「岳人列伝」で第6回講談社漫画賞、2011年、「JIN―仁―」で第15回手塚治虫文化賞マンガ大賞など受賞多数。著作に『六三四の剣』、『龍―RON―』(共に小学館)、『JIN―仁―』、『侠医冬馬』(共に集英社)などがある。

■弥生美術館のHPはコチラ

■幕末医療マンガ『侠医冬馬』第1巻(Kindle版)の購入はコチラ

  • 取材・文井出千昌撮影安部まゆみ

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