1956年埼玉県生れ。ノンフィクション作家。早稲田大学政治経済学部卒業。ノンフィクションから小説まで幅広い活動を行っている。19年には著書『全裸監督　村西とおる伝』がNetflixでドラマ化され、世界190カ国に配信、大ヒットを記録する。著書は他に『上野アンダーグラウンド』『歌舞伎町アンダーグラウンド』『東京裏23区』』『東京降りたことのない駅』『裏本時代』『AV時代』『ベストセラー伝説』『僕とジャニーズ』『アンダーグラウンド・ビートルズ』（藤本国彦共著）など。
 

本橋 信宏

<figure id="attachment_260078" aria-describedby="caption-attachment-260078" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="cb151625"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/08/DT_4222.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-260078" class="wp-caption-text">新宿区内の公園でギターを爪弾く晃。「10代の頃から、ソウルやR＆Bにどっぷりハマってました」と語る。昨年還暦を迎えた</figcaption></figure>
「毎日毎日朝から晩まで働きづくめで、意識を失って何度か幽体離脱になったこと、ありましたよ。各局，音楽番組だけでもたくさんあって、出まくっていたから。マネージャーの手帳、分刻みのスケジュールで真っ黒ですよ。よくやったな」
この男の顔を見ない日はなかった。
沖縄出身の５人グループ、フィンガー５のメインボーカル、晃である。１９７３年夏「個人授業」（阿久悠作詞・都倉俊一作曲）が大ヒット。「個人授業」「恋のダイヤル6700」「学園天国」（作詞：阿久悠／作曲：井上忠夫）。すべてミリオンセラーだった。
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歌って踊れる、陽気な５人兄妹、長男・一夫、次男・光男、三男・正男、四男・晃、次女・妙子。なかでもメインボーカルの晃の人気は凄まじかった。大きなトンボ眼鏡をかけた長髪の小学生のよく伸びる高音は強烈な印象だった。
上京のきっかけは、本土で芸能界デビューを目指すためだった。当時、沖縄は復帰前でビザがないと東京に行けない時代である。１９６８年、上京したもののいきなりデビューというわけにはいかず、横田基地のクラブ出演で生活費を稼いだ。
１９７０年、キングレコードから「私の恋人さん」（作詞・玉元正男/作曲・玉元一夫）で念願のデビューを果たす。
その後いくつかレコードを出すがいずれも不発。
「当時は子どもが歌う曲は童謡みたいなものばかりで、また童謡歌わされるんなら沖縄に帰ろうと、親父が荷造りはじめたんです。そのときーー」
ミッキー･カーチスからの伝言をもった弟子がやってきた。
「あいつらにもう１回演らせろって、弟子がうちに寝泊まりまでして沖縄に帰る僕らを引き留めたんです」
この時、ミッキー･カーチスは本来の歌手から身を引き、プロデューサーとして活躍、川崎でバンド活動をやっていた４人組の若者たちがテレビ出演したのを観て、その場でテレビ局に電話してスカウト、レコードデビューさせた。矢沢永吉率いるキャロルである。この時期のミッキー･カーチスの目利きの凄さが垣間見える。
荷造りし終わったまま、そこまで言うならと、帰省を延期、レコード会社を移籍してフィリップスから発売されたのが「個人授業」だった。
当初、晃のトレードマークの大きなトンボ眼鏡はかけていなかった。ラジオの公開番組で布施明がサングラスで歌っているのにヒントを得て、新宿伊勢丹で似た眼鏡を買ってステージに立とうとした。ところが長兄が猛反対。晃は本番直前にかけて客の前にでた。怒る長兄。ＮＨＫのスタッフが晃のトンボ眼鏡を絶賛した。以後、晃のトレードマークになる。
猛烈に忙しかった晃は、４０度の高熱が出てもステージに立った。
「緞帳の影でマネージャーが僕にささやくんです。”晃、みんなお前のことを観に来てるんだよ。ここでおまえが倒れて、病院に行ったらこの子たち、どうする？”って。正論なんだけど、当時のオレには酷だったね。命ここまで使い切らせるんだって。子どもだから残りの１０パーセントのエネルギー全部使うからね」
仕事の途中で何度も倒れて救急車で運ばれ点滴を打った。廊下で医師がマネージャーに「あんた、これ以上仕事させたら死ぬよ」と警告した。
「事務所がからむから、つぶしあいですよ。楽屋にある衣装が無くなったり、カッターで切られていたり、マイクがなかったり、歌おうとしたらマイクコード抜かれたり。１人つぶれれば１人が上にあがるからね。キャパは決まってるから」
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挨拶の角度が浅いといって、楽屋に呼ばれて説教されたり、ベテラン女性歌手が何かに怒って彼らのマネージャーを殴り、５メートル吹っ飛ばされたり。大人の世界をイヤというほと見せつけられた。
「賞レースに興味はなかった。どうせ音楽のことなんかわからないジイさんたちが審査してるんだから。前もって事務所に”（賞は）とれないからね”っ言われてたし。あんなの出来レースですよ。結果は知ってたから、別にいいやと思っていたし。僕たちがデビューしたときは、ヤングアイドル賞ってとってつけたような賞をとりましたよ。後にも先にもその賞はそのときだけ。何かとらせないとまずいでしょうということで」
猛烈に売れていたとき、あまりにも過酷なスケジュールで働く晃たちが、国会で問題になり、ＮＨＫが自粛したのか、紅白歌合戦に選ばれなかった。
「僕は大晦日休めるから、嬉しかったけど。でも今から思えば一度は出たほうがよかったかな」
晃の体に変化が起きた。思春期を迎える少年にとって避けられない変声期である。
「マネージャーに渋谷の耳鼻咽喉科まで連れていかれて、女性ホルモン注射打つしかないってことになった。成長を止めて、声変わりをしのぐしかないって。でも打つと毛がはえなくなるし、あそこが小さくなるって。それは無理、その場で断った。親にも兄妹にも言えなかった」
<div data-friday-nextpage-lead="「自殺しようと思った」"></div>
<figure id="attachment_260079" aria-describedby="caption-attachment-260079" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c9cbf7e0"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/08/DT_4039.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-260079" class="wp-caption-text">「当時はまだ小学生でしたが本当に忙しかった。でも(西城)秀樹さんや(山口)百恵さんたちからは可愛がられてましたよ」</figcaption></figure>
デジタル版ということで、メイキング風にこの記事が日の目をみた舞台裏を記述しよう。私が通う近所の理髪店のマスターが、私の髪を切りながら世間話で「フィガー５の晃クンと飲み仲間なんですよ」と口にした。
フィンガー５は１９７３年、私が高校２年生のころ、人気絶頂のグループだった。先に晃本人が証言したように、沖縄からでてきた５人兄妹の姿をテレビ、新聞、雑誌で見ない日はなかった。
埼玉県所沢市に住んでいた私は、こんな噂を聞いた。
フィンガー５が隣街の東村山にいる！？
所沢市から歩いて１５分ほどの県境の東京都東村山市に、フィンガー５が住んでいる、という都市伝説のようなものが子どもたちのあいだに流布しだしたのだ。 
まさか。
日本でもっとも忙しいアイドルは、赤坂あたりの高級マンションで暮らしているはずだ。まさかカエルの鳴く郊外の東村山にいるなんて。
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１９７３年といえば、志村けんがドリフターズに加入する前年であり、まだ東村山音頭が全国区になる３年前である。
東村山と所沢の県境に横たわる八国山は今や宮崎駿監督作品「となりのトトロ」（１９８８年上映）に登場する七国山のモデル地として日本中に有名だが、まだこのころはなんの変哲もない武蔵野の小景にすぎない。
今よりはるかにマイナーな存在だった東村山に、日本一忙しいアイドルがいるはずがない。中学１年の妹と友人は、もしもいたら写真に撮って、学級新聞に載せるんだ、と訪ねていったのだ。単なる噂にすぎない、と高をくくっていたところーー。
「撮ってきたよ！」
写真を現像すると、晃がいたずらっ子のようにカメラをのぞいたり、妙子が誇らしげに材木置き場に登った姿が写っていた。
フィンガー５伝説は本当だった！
しかし、なぜ猛烈に忙しい５人組が八国山のふもとにいたのだろう。 
私は晃に会えたら、半世紀にわたり謎だった東村山在住の謎について尋ねてみたかった。
謎について晃本人が語る。
「デビュー前で生活費を稼ぐために横田基地のクラブに出演してたでしょう。基地に近い街ということで自分たちで貸家を探したんです。それで東村山になったんです」
ミリオンセラー連発のときも、まだ東村山に住んでいた。
「近くに八国山があって、しょっちゅう遊んでましたよ。田んぼのザリガニを釣って、よく焼いて食べたりしてました」
たくましい。
「沖縄は雪がふらないので、こっちに来てはじめて雪を見たんですよ。楽しかったですよ。僕らにとってはこっちが異国だったから。親父に”皿をもって立ってろ”って言われて空から雪が降りてくるのを皿に溜まるまで待って、メロンシロップかけて食ったりしましたよ」
ちなみに隣街から写真を撮りにやってきた女子中学生のことは、憶えていなかった。
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変声期がきっかけになって、人気に翳りがでた。幼いアイドルから大人に脱皮する時期が一番難しい。ショービジネスの世界で大成功をおさめながら、１９歳でいさぎよく芸能界から引退した。
フィンガー５が大成功したときでも、父親はずっと東村山の冷凍工場で働いていた。前から芸能界入りを反対していた父親は子どもたちが一般人にもどることに大賛成だった。
晃が転じた次なる世界は電化製品の飛び込みセールスマンだった。
「売上げゼロでノイローゼ、メシも食えない。ガリガリで二度目の死にかけだった。地獄だったね。自殺しようと思った」
先輩から、「もっと開き直れ」と言われてからは、訪問先で挨拶代わりにかつての持ち歌を歌い、中に招き入れられ、電化製品を売り、成績アップになった。売れるとやる気がでた。２０年前から歌手に復帰。
「いやなこといっぱい観てきたから、真逆で生きればいいと思った。自分は純粋でいられるから」
私はもう一つ質問してみた。
ーーフィンガー５って、スキャンダルがなかったですね
「ないもん。親父に殺されるから。まっとうに生きることが僕らの仕事だった」
すでに空に旅立った父親は、琉球空手の師範で、警察で教えるほどの腕前だった。
歌の世界にもどれて何がよかったといえば、尾藤イサオと同じコンサートステージに立てることだった。
「死を考えたとき、尾藤イサオさんが歌う『あしたのジョー』の主題歌に励まされて、思いとどまったんですよ。ジョーが少年院から這い上がるじゃないですか。おれもジョーに負けられないって勇気づけられる歌でしょう。尾藤さんがステージで歌っていると、緞帳の横で涙がぎゅーっと来た」
公園でエリック･クラプトンの「チェンジ・ザ・ワールド」を弾く晃。
苦楽はメロディを味わい深くするスパイスになっていた。

本橋信宏

足立百合

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