渋谷母娘刺傷事件 少女を凶行に至らしめた「新型コロナといじめ」
優等生スポーツ少女 「塾に行く」と家を出た少女は包丁とナイフをしのばせて「母弟を殺す練習」へ向かった 在宅勤務の母と不登校の15歳中3が過ごした2年間
「あの子がこんな事件を起こすなんて……今でも信じられません。彼女は優等生で、卒業時に監督やコーチ全員に感謝の手紙を渡すような礼儀正しい子でした」
渋谷母娘刺傷事件で逮捕された15歳の少女。彼女が小学校卒業まで通っていた地元のスポーツクラブ関係者は困惑を隠せない様子だった。
8月20日夜、渋谷区の路上で15歳の少女(以下A)が面識のない母娘を後ろから包丁で刺し、全治3ヵ月の重傷を負わせた。「塾に行く」と言って埼玉県戸田市の実家を出発。新宿駅から50分歩いて犯行現場となる薄暗い路地にたどり着いたという。
事件当時、いつもは静かだという渋谷の住宅街は叫び声と泣き声で騒然とした。刺された母が娘をかばいながら、
「なんでこんなことするの、あんた誰?」
と叫ぶ様子が動画に残されている。靴も履かず身分証も持たず、ナイフ2本と包丁1丁を持った少女は、自分を押さえつける男性に何度も「あの子、死んだ?」とたずねた。
Aは警察の調べに対し「自分の母親と弟を殺す練習。本当に人を殺せるか試したかった」「死刑になりたかった」と犯行動機を語っている。まだ中学3年生の少女を、何が凶行に駆り立てたのか。冒頭のスポーツクラブ関係者が彼女の素顔を明かす。
「チームメイトにも信頼され、明るい性格で元気に練習に励んでいました。同じクラブには弟も所属していて、練習終わりには毎回母親が迎えに来ていました。弟と仲が良く、練習帰りに一緒にコンビニに寄ったりしていましたし、家族関係は良好に見えました。中学入学後はそれまでとは別の運動部に入っていました。久しぶりに会った際、私が冗談で『痩(や)せた?』と言うと『逆に太ったんですよ』と気さくに返してくれました」
しかし、中学入学後1年もたたないうちにその生活に陰りが見え始める。近隣住民が、Aの母親からある悩みを打ち明けられていた。
「『娘が1年生の3学期に部活でいじめをうけて、あまり学校に行けなくなった』と話していました。いつも元気な姿を見ていたので驚きました」
Aの中学の同級生が言う。
「Aのいた部活は部員がいくつかのグループに分かれていて、力関係がハッキリしていた。部の雰囲気がよくないというのは皆知っていました。いじめがあったかどうかはわかりませんが、人間関係で嫌な思いをした可能性は十分あります」
学校に行けなくなったAをさらに追い詰めたのは、中学入学と同時に流行り始めた新型コロナウイルスだった。前出の近隣住民が話す。
「新型コロナが流行り始めて、Aの母親は在宅勤務が増え、日中はほぼ家にいたみたいです。仲の良い家族だったのに最近は、AとAの母親が会話している様子はほとんど見ませんね。先週はAの弟と母親が二人で出かけていました」
Aは警察の調べに対し「母の嫌な部分に自分が似てきて嫌だった」と供述している。不登校となった娘と在宅勤務の母。Aは好きだったスポーツをする機会も、友人や大人と関わる機会も失われたまま2年間を過ごした。臨床心理士の矢幡洋氏は新型コロナがAの精神に及ぼした影響についてこう推測する。
「思春期は親からの圧迫や干渉に過敏になります。そんな時期に少女は母親との接触時間が増え、自分一人の時間がほぼ無くなった。コロナ禍で親子間のストレスが増してしまったのでしょう」
Aは犯行後、取り調べに素直に応じているが、動機に関する供述は二転三転している。少年犯罪に詳しいノンフィクション作家の石井光太氏が少女の判断能力について解説する。
「殺人などの重大事件を起こしてしまう子は、そのほとんどがパニック状態にあります。Aが『死刑になりたかった』と話したのも、別の事件のニュースでみた犯人の言葉を思い出して突発的に言ったのだと思います。それほど今の彼女は混乱している。なぜそんな状態に陥ってしまったのか、究明することが重要です」
少女はうまくいかない友人関係と終わらないコロナ禍で思いつめてしまったのだろうか。動機の解明が急がれる。
『FRIDAY』2022年9月9日号より
- PHOTO:蓮尾真司 近隣飲食店提供