<figure id="attachment_263830" aria-describedby="caption-attachment-263830" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="831f871d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/2018040300567.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263830" class="wp-caption-text">アマゾン・ドット・コムの日本法人が入居するビル（写真：共同通信）</figcaption></figure>
<p>９月５日、インターネット通販大手のアマゾンジャパンの荷物を長崎市内で配達するドライバー15人が、労働組合を結成した。過重労働や全国最低レベルの日当の改善を求めたもので、国内では横須賀市に続いて２例目。コロナ禍の外出制限で、通信販売での消費が拡大。アマゾン・ドット・コムの利益も急増した。アマゾン配達員だけでなく、会社が利益やさらなる効率化を追求する中では正社員も、理不尽な重圧を受けていた。取材に応じた元社員が発した「死刑執行を待つ気分」とはいったい何なのか。</p>
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<h3>ある日突然、ヘッドハンティングの手紙が届いた</h3>
<p>今の時代、世界共通の固有名詞となった、アマゾン・ドット・コム。品揃えだけを見ても相当な幅広さだが、トップを争うグローバル企業をさらなる成長へと導くために高い能力を持つ人材も豊富だ。</p>
<p>大江史郎さん（仮名、40代）も、その一人だった。</p>
<p><span class="strongInContent">「ぜひ一度、アマゾンの採用担当者と会って面接を受けてほしい」</span></p>
<p>ある日突然、勤務していた会社にこんな内容の手紙が届いた。転職エージェントから大江さんに宛てた、アマゾンからのヘッドハンティングだった。</p>
<p><span class="strongInContent">「もちろん、世界一の通販の会社。私自身も興味があった」</span></p>
<p>大江さんの採用は即決定し、アマゾンでの労働条件は前職と比べて格段によくなった。</p>
<p>転職することに不安がなかった、と言えばうそになる。</p>
<p>入社が決まったアマゾンジャパン本社（東京都目黒区）には、国際的な教育を受けたり、グーグルやツイッター、フェイスブックなどのグローバル企業で勤務していた人や、海外で事業を立ち上げた経歴を誇るような人があふれていた。</p>
<p>「この中で、自分も対等にやっていけるのだろうか」という心境の裏には、「自分には、到底かなわないかもしれない」という恐れともとれる気持ちがあった。</p>
<p>しかし持ち前の向上心も手伝って、大江さんは、むしろこれだけの人材と共に働けることを「学びの機会」と捉え「周りから吸収できる知識を自分の血肉にしてきた」と話す。</p>
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<p>ただ、気になることもあった。</p>
<p>大江さん自身が尊敬してやまない上司たちが、<span class="strongInContent">「（アマゾンは）一生いられる会社ではない。いつか辞めなければならない」</span>と頻繁に口にしていたことだ。</p>
<p>なぜかーー。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="「頭がおかしくなりそうだった」"></div>
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<figure id="attachment_263831" aria-describedby="caption-attachment-263831" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="7718c5ce"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/2022061308558.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263831" class="wp-caption-text">今年６月に労働組合を結成後、アマゾンジャパン本社を訪問して気勢をあげる「東京ユニオン・アマゾン配達員組合横須賀支部」の組合員ら（写真：共同通信）</figcaption></figure>
<p>マニュアルは半分以上が英語で書かれ、原則は記載してあるが例外的なケースの対応については触れていない。新しい仕事は、周囲を見て学ぶしかない。同僚からも助言を得られないことは多々あった。</p>
<p>利益追求を優先するアマゾンの企業文化に触れたのは、個人の業績改善を目的とするコーチングプランだった。</p>
<p>上司からは「あなたを改善していくための教育プランだ」との説明があり、前年の業績が芳しくなかったため、大江さんもこの計画に参加するようにとの指導があった。</p>
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<h3>シアトル本社では自殺者も出た</h3>
<p>２カ月間で営業成績のアップとプロジェクトの達成という２つの目標を立てた。<br>
大江さんは、自身の弱点を克服しパフォーマンスを改善する好契機と捉え、前向きに取り組んだ。</p>
<p>約１カ月間、土日も出社して全力を尽くした結果、目標値を大幅に超える達成率が期待された。</p>
<p>ところが上司は、大江さんの達成率は実力ではなく計算基準の改定により達成されたように見えただけで、あくまで自然増だと言い張った。「何をしたら達成できるのか」との問いに上司は、「自分で考えて」「あなた次第」との答えに終始するだけだった。</p>
<p>何をもって課題達成とするのかが明確に示されず、不可能なことを達成するよう求めるのは、上司によるパワーハラスメントと考えられるのではないかと人事にも相談した。ところが翌日の上司との面談では、相談内容が全て筒抜けだったことが判明した。</p>
<p><span class="strongInContent">「この会社は信用できないと思った瞬間でした」（大江さん）</span></p>
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<p>コーチングプランの期限が迫っている中で、自分に何が欠けているのかフィードバックを繰り返し求めたが、上司からは「自分で考えなければコーチングにはならない」などと一蹴されるだけだった。</p>
<p>コーチングプランでの設定目標が未達成の場合、当時、会社は本格的なPIP（Performance Improvement Plan: 業績改善計画）を実施した。大江さんによれば、「計画ノルマを満たすことができなければ社員は退職を迫られ、退職を拒否すれば降格される可能性もある」と人事から説明があったという。</p>
<p>大江さんは、業務改善の名目で行われる圧迫面接や退職勧奨を受け、「頭がおかしくなりそうだった」と話す。</p>
<p>PIPは特に、外資系企業で実施されてきた経緯がある。日本では、過度なノルマを課して未達成の社員を自主退職に追いやる例も数多く報告されている一方で、解雇に至るケースでは労働者が不当性を訴えて法廷闘争にまで発展している。</p>
<p>2018年には、日本IBMの社員11人が時期を分けてPIPによる不当解雇の撤回を求めた裁判すべてに勝訴した。また2013年には、男性記者が同様にブルームバーグ通信社を訴えていたPIP事件で、解雇無効を言い渡した東京地裁判決が高裁で確定した。</p>
<p>大江さんによれば、PIPによって、辞職に追いやられたり辞めさせられたりした人は日本でも「山ほどいる」が、悲劇はアマゾンの本拠地アメリカでも起こっていた。</p>
<p>2016年11月末には、別部署への異動を希望した社員が、希望に反してPIPを命じられことを苦に、米ワシントン州シアトル本社の12階から飛び降り自殺を図った。ブルームバーグ通信社などの報道によれば、男性は一命をとりとめたが、投身する前に全従業員と当時CEOだったジェフ・ベゾスにメールを送信していたという。事件直後、SNSサイトには、PIPに関する不満や自身の経験について、アマゾン従業員からの書き込みが殺到した。</p>
<p>ニュースを受けて愕然としている暇もなく、大江さんにもコーチングプランが持ちかけられた。</p>
<p>業務成績を改善したいと強く願っていた大江さんは、全力でノルマ達成に打ち込んだ。</p>
<p>「あなたを改善するため」と言いつつ、上司からの提案やアドバイスは一言もなく、ゴールはおろか達成基準さえ明らかにされない。手探り状態の中で、時間だけが刻々と過ぎていったのだった。</p>
<p><span class="strongInContent">「いつ首を切られるのかと、まるで死刑執行を待っているようでした。シアトルで自殺をしようとした人の気持ちがわかりました」</span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="アマゾンが公式HPで掲げた目標とは"></div>
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<figure id="attachment_263833" aria-describedby="caption-attachment-263833" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="534a01dc"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/09/2022090300075.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-263833" class="wp-caption-text">人々が接触を避けるコロナ禍で爆発的に需要が増したアマゾン（写真はアマゾンを経由して配達された荷物のイメージ画像、共同通信）</figcaption></figure>
<p>極度のストレス状態に置かれたことから、頭痛や吐き気に見舞われた大江さんは、上司との面談に耐えられず途中で病院へ駆け込んだ。適応障害と診断されてからは、めまいや手足のしびれ、不眠に悩まされる中でも、精神安定剤を頼りになんとかPIPを続けた。</p>
<p>一度ならず、複数回繰り返される退職勧奨に体調は悪化。転職を考えたが、PIPやコーチングプランの理不尽さを追及するために、その機会を２度も見送り、アマゾンジャパン労働組合（東京管理職ユニオン）に加入して会社と交渉した。</p>
<h3>「同じ立場に追いやられたら逃げます」と言った上司</h3>
<p>2019年以降、コロナ感染が拡大したためリモート勤務になったことは、ある意味救いだったが、目標を達成するために必要な社内ツールや営業ツールへのアクセスを制限されたりした。さらにチームミーティングからは排除されるなど、およそ１年間、明らかな嫌がらせに耐えた。</p>
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<p>大江さん自身は「精神が崩壊する寸前だった」と当時の苦しさを吐露する。</p>
<p>利益追求、生産性と効率を追い求めるアマゾン・ドット・コム。元社員に話を聞くと、総体的評価制度をもとにチーム内で成績が振るわない最下位のメンバーをコーチングプランやPIPで退職に追いやり、最高位の成績を上回る人を他社からヘッドハントするという。</p>
<p>海外の報道によれば、グローバルに優れた能力や実績を持つ人が集まる裏には、アマゾンが世界的に知名度の高い企業だということだけでなく、人事担当自身も「人切りノルマ」にもがいている実態もあるのではないか、という。</p>
<p>大江さんの上司も例外ではなかった。</p>
<p>ノルマが課せられ、達成しなければ上司である自分の首もいつ飛ぶかわからないという綱渡り状態。そんな大江さんの上司は、こう言ってのけたという。</p>
<p><span class="strongInContent">「私もいつかはあなたとおなじ立場になることは意識している。世の中はフェアネスじゃない。私は嫌な思いをしたくないから（大江さんと）同じ立場に追いやられたら、逃げます」</span></p>
<p>アマゾンジャパンは取材に対し、こう返答する。</p>
<p><span class="strongInContent">「多くの企業と同じように、Amazonでも、マネージャーがチームメンバーのパフォーマンス向上やキャリア形成をサポートするためのツールやリソースを整えております。</span></p>
<p><span class="strongInContent">期待されるパフォーマンスを発揮するために、さらなる指導やトレーニングが必要な社員をサポートするプログラムもその一部です。なお、もし社員が自身のパフォーマンス評価について懸念がある場合は、人事部に連絡する、匿名のホットラインを利用するなど、それを伝える手段も複数設けております」</span></p>
<p>大江さんはその懸念を人事部に相談したが、その相談内容が上司に筒抜けだったため、不信感を抱いたのだ。アマゾンジャパンとしては社員の「駆け込み寺」になる窓口を設けているのかもしれないが、少なくとも大江さんにとってはプラスには働かなかったのだ。</p>
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<p>退職前の１〜２年は記憶の彼方に葬りたい「黒歴史」だと大江さんは言う。それでも、組織管理や部下とのコミュニケーション、コンサルティングやビジネスに対する姿勢など、優秀で尊敬できる上司たちからあらゆる方面で刺激を受けたことは、何事にも変えがたい。こうした宝は、現在、大いに活かすことができている。自分のように苦しむ会社員がひとりでも救われるよう、大江さんは日々願ってやまない。</p>
<p><span class="strongInContent">「Amazonは、地球上で最もお客様を大切にする企業、そして地球上で最高の雇用主となり、地球上で最も安全な職場を提供することを目指しています」</span>と、自社のホームページで断言するアマゾン・ドット・コム。その目標は、いつ達成されるのだろうか。</p>
<p><span class="strongInContent">〈日本いのちの電話連盟〉</span></p>
<p><span class="strongInContent">・フリーダイヤル0120-783-556（毎月10日　午前８時～翌日午前８時）</span></p>
<p><span class="strongInContent">・ナビダイヤル0570-783-556(午前10時から午後10時まで）</span></p>


ジャーナリスト。人権や労働など社会的正義に関する問題を主に取材する。共著に『マスコミ・セクハラ白書』（文藝春秋）、『マンガでわかるブラック企業』（合同出版）など、共同翻訳には『ストする中国』（彩流社）があり、２０２１年１月に共同翻訳『世界を動かす変革の力——ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』（明石書店）を出版

松元ちえ

9月11日、ネット通販大手アマゾンジャパンなどの商品を配達するドライバーに向け、弁護士らが電話で相談に応じるホットラインが開設された。人々が便利さを享受する陰で心身ともに疲弊した元労働者の声を聞いた。

「死刑執行を待つ気分」アマゾン元社員が受けた退職勧奨の衝撃実態

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