高槻保険金殺人、誤送金使い込み…犯罪学者が見た「男達の共通点」 | FRIDAYデジタル

高槻保険金殺人、誤送金使い込み…犯罪学者が見た「男達の共通点」

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「中和の理論」…犯罪者は自己正当化できる“能力”の持ち主

養子になって遺産を相続したあと殺人の疑いで逮捕された男が自殺。4月には男が誤送金された給付金4630万円をオンラインカジノで使ってしまったという事件が起きた。

前者は保険金も狙っていたようだが、保険会社が怪しんで支払われていなかった。養子になった男は保険会社に勤めていたのだから、怪しまれることぐらいわかりそうなものなのに、なぜこんな事件を起こしたのか。

誤送金された給付金を使い込んだ男にしたって、使い込んだのは、町役場から「返金してほしい」と言われたあと。犯罪者になることは火を見るより明らかだ。なぜこんなことをしてしまうのか。

「犯罪者は自分を正当化します。給付金を使い込んだ男は、一部の報道によれば、勤務先に返金を求めてきた町役場の人の態度に不満があり、打撃を与えてやろうと思って、使い込んだと言っている。養子縁組をした男にしても、『話し相手になってあげたでしょう。それに対して対価を求めてもいいだろう』と考えたのでしょう。このように考えることを犯罪学では“中和の理論”と呼んでいます」 

こう言うのは、犯罪学者の小宮信夫氏。小宮氏によると、“中和の理論”はあらゆる犯罪に通用するのだとか。

9月15日、給付金を使い込んだ田口翔被告側が阿武町に謝罪し、解決金として約350万円を支払うことで和解案がまとまったと報じられた(写真:共同通信)
9月15日、給付金を使い込んだ田口翔被告側が阿武町に謝罪し、解決金として約350万円を支払うことで和解案がまとまったと報じられた(写真:共同通信)

「どういうことに利用するかは、さまざまです。自分がこんなことをするようになったのは、親が悪い、友だちが悪いと、責任転嫁することもあれば、お金をだまし取っても、『1億円も持っている人から100万円もらってもいいだろう』と実害を否定することもあります。また、交通違反をして切符を切られても、『もっと悪いやつをつかまえろ』と言うなどは、すべて“中和の理論”です」 

でも、養子縁組をした男も、給付金を使い込んだ男も、どう考えても、悪いのは本人ですよね? 

「それはふつうの人の思考回路であって、犯罪に手を染める人は、そうは考えない。彼らもふつうに生活をしていて、良心も恥も持っている。給付金を使い込んだ男は空き家バンクを利用して移り住んだところでは、自治会にも入り、好青年だったという印象を与えています。養子縁組をした男も、コミュニケーション能力が高く、会社での評判がよかったといわれています。

何が悪いことかわかっているけれど、理科の実験で、酸とアルカリを混ぜたら中和するように、自分の行為に勝手な理屈をつけて正当化させるわけです。犯罪学者の中には、こうした言い訳や理屈を思いつくのは一種の“能力”だと言う人もいます」 

養子縁組をした男には、「上から目線でものを言う傾向があった」ともいわれているが、

「これも“中和の理論”に長けている人の特徴。自分を正当化できているので、自信満々なのでしょう」 

「中和の理論」に長けているZ世代

給付金を騙し取ったという事件も多く起きた。これは“中和の理論”を思いつく人が増えたということ?

「そういう印象を持ちます。この理論は、もともとアメリカで生まれたもので、個人主義の欧米では自分を正当化できることを評価する面もあります。日本では同調圧力が強く、みんなが右だと言うとき、自分は左に行くと言いにくいところがありましたが、最近では同調圧力がほころびてきて、“人に迷惑をかけるな”というような教えが弱くなってきているので、中和しやすくなった。 

ネットの影響も大きいと思います。ネットではさまざまな意見が飛び交って、『騙しに成功した』『踏み倒した』など、チョイ悪自慢も多く見られます」 

生まれたときからインターネットが普及していたZ世代は、その影響を強く受けている?

「それはあると思います。Z世代はインターネットで世界と通じることで、世界にはいろいろな意見があることを知っている。今まで日本の社会で当たり前と思われていたことにも、『それは違うんじゃないか』と声を上げる。自分の意見をもつようになることはZ世代のプラスの面ですが、中和の理論として異論を悪用しやすくなる。そのような意味で、これからはこの手の犯罪も増えていくと思います」

日本人特有の「性善説」や「道徳心」では犯罪は防げない 

それは困る。犯罪を減らすには厳罰化すればいいのだろうか。

「それは無意味です。ふつうの人は厳罰が怖いけれど、犯罪者たちは捕まらないと思っているから、厳罰化しても意味がないんです」

なら、どうすれば?

「悪いことをしたら必ず捕まる、捕まったらどうなるかを教育すべきです。海外では中学校ぐらいから、“市民性教育”が行われていて、悪いことをすれば捕まって、裁判にかけられ、刑務所に入るとどうなるかということをリアルに教えています。

日本では道徳の時間などに『人に迷惑をかけてはいけない』などと教えているようですが、そういう感情に訴えるものではなくて、“犯罪を犯したら損をする”ということを教えたほうが効果があると思います」

犯罪防止のためには、IT化や防犯に強いまちづくりを進めることが一つ。

「立て続けに起こった給付金詐欺も、申請や審査のデジタル化を進めることで犯罪を犯しにくくなります。 

目撃されるかもしれないと思わせる街のデザインなど、犯罪の機会をなくすまちづくりも重要です」

騙されないためにはどうしたらいいのか?

養子縁組した男は、それ以前にも結婚詐欺まがいの行為で保険の契約をとっていたという話もある。 

「結婚詐欺も、子どもを連れ去ろうとする人も、一度で成功するわけではありません。何度も失敗して、『この言い方は相手に嫌われる』『この言葉は好感をもたれる』など、経験しながらスキルアップしていくわけです」 

日々、スキルを磨いている犯罪予備軍に対抗するためには、ディベートの授業を取り入れることも大切だという。

「ディベートは、自己正当化のぶつけ合い。『1億円もっている人からなら、100万円取ってもいい』と言う人に、『じゃあ、あなたは知らない人に100円でも10円でも取られたらどう思うか』と言い返せるかということです。言い返せないと、相手の思うつぼにはまってしまう。

うまい話を聞いても、この話は本当かと、違う視点で考える習慣をつけたり、地道に一つ一つやっていくしかありません」 

小宮信夫 立正大学教授(犯罪学)。社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。本田技研工業情報システム部、国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。第2種情報処理技術者(経済産業省)。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。

代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)、『犯罪は予測できる』(新潮新書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材、全国各地での講演も多数。

HPYouTube チャンネル「小宮信夫の犯罪学の部屋」はコチラ

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  • 取材・文中川いづみ

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