体力、実力…?なぜ「女流棋士」は男性の棋士に勝てないのか
棋士編入試験に挑戦中の「里見香奈女流五冠」
女流将棋の第一人者、里見香奈女流五冠が、「棋士」を目指し、棋士編入試験に挑んでいる。四段の棋士と五番勝負し、3勝すれば合格。しかし、8月から毎月1回対戦し、すでに8月18日に行われた第1局と、9月22日に行われた第2局では、敗れてしまった。
日本の将棋界には、男女の区別のないプロ「棋士」と、女性だけの「女流棋士」の2つの制度がある。女流棋士が「棋士」になるためには、棋士編入試験に合格しなければならない。今回、彼女が挑戦したのはこの試験。今まで棋士になった女性は一人もいない。つまり、現在棋士は男性だけだ。

体力も指し方も男女差はないと言うけれど……
棋士編入試験は持ち時間3時間。それぞれ3時間だから、持ち時間を使い切れば6時間。その間にお昼休憩があるから、ほぼ7時間かかることになる。これはきつそうだ。体力差で女性は男性に勝てないのだろうか。
「確かに将棋は脳を使うので、私も1局指すと体重が2㎏ぐらい落ちたこともありました。それぐらい体力を消耗します。将棋はメンタルな部分も多く、私が現役のころは、心を乱さないために対局前日は外出を控えていました。対局翌日は疲れて起き上がれないこともありました」
こう言うのは、2020年に現役を引退した大庭美樹さん。
それほど体力を使うのなら、体力差が敗因の一つかもしれない。
「女流棋士のタイトル戦には、女流名人戦、女流王将戦、女流王位戦、倉敷藤花戦、マイナビ女子オープン、女流王座戦、清麗戦、白玲戦の8つがあります。
現在、里見香奈さんは、女流王将、女流王位、倉敷藤花、女流王座、清麗の5つのタイトルを保持していて、いずれのタイトル戦でも対局していますが、女流名人戦、女流王将戦、マイナビ女子オープン、女流王座戦はいずれも持ち時間3時間、女流王位戦、清麗戦、白玲戦は持ち時間4時間です。
このような対局を経験しているのですから、持ち時間3時間の棋士編入試験がとくにつらいということはないと思います」
では、男性と指し方が違うのだろうか。
「女性のほうが守りが多くて、男性は切り合いのような指し方をする人が多いと言われたことがありますけど、女性でも攻めるのが好きな人は多く、ブスッと音が聞こえそうな攻撃的な指し方をする女流棋士もいらっしゃいます。男女差というより、人それぞれだと思います」

中学生の女流棋士も誕生。競技人口も増えて男性棋士との棋力差も縮まる気配
ならば、なぜ女流棋士は男性の棋士に勝てないのか?
「競技人口の差だと思います。女流プロ棋士制度ができたのは1974年。そのとき女流棋士となったのは6人でした」
そのときはプロ棋士の推薦を受ける棋力と本人の意思があればよく、女流棋士となる試験や資格はなかったという。女流棋士を育成する「女流育成会」ができたのは、その10年後。大庭さんはその一期生だ。
棋士になるためにはプロ棋士の養成機関である「奨励会」に入り、26歳までに四段にならなくてはならない。奨励会の下部機関に「研修会」があり、ここでB2クラスに昇級すると、女性の場合、女流棋士になる資格を得ることができる。
奨励会には男性も女性も入会することができ、里見女流五冠も奨励会で三段まで昇段したが、26歳までに四段に昇段することはできなかった。つまり、同じプロといっても、実力差があるのだ。
だったら、やっぱり女流棋士は男性の棋士に勝てない?
「そんなことはありません。棋士の公式戦には、女流棋士の枠も少しだけ設けられていて、よい成績を収めると、この公式戦に出ることができます。棋士編入試験を受けることができるのは、直近の公式戦で10勝以上・6割5分以上の成績を挙げること。
つまり、里見女流五冠はすでに棋士相手に10勝以上しているわけです。決して棋力が男性より劣っているわけではないのです」
1992年度の第1回高校文化連盟将棋新人大会では、女子の参加は15人だったが、2020年度は男子の参加が92人に対し、女子は118人。奨励会にも2人の女性が所属し、2022年5月には中学2年生の女流棋士も誕生した。
「私が女流棋士になったのは26番目。それまで26人しか女流棋士がいなかったわけですけど、今は現役が74名。引退した人を含めると108名になりました」
女性の将棋人口は確実に増え、すそ野が広がっている。女流棋士が増えれば、実戦も多くなり、力もついてくる。男性との棋力差も縮まってくると思われる。

里見女流五冠の過密スケジュールが心配
体力差もなく、棋力差もない。ということは、棋士になれる可能性は高い?
「唯一心配なのは、里見女流五冠の過密スケジュール。彼女は女流棋戦のほか、棋士と指す一般棋戦にも参加し、さらに女流棋戦最高峰の白玲戦7番勝負もあります。
タイトル戦は地方で行われることもあり、移動する時間も必要。疲れもあるだろうし、相手を研究するなど、しっかり準備できる時間があるか心配です」
過密スケジュールが続く里見女流五冠に対して、編入試験の対局相手は毎回変わる。対局相手のスケジュールはわりとゆったり。これもハンデになってしまうのか。
「編入試験だけに専念できれば、準備もできるし、体力もそこにピークがくるように調整できると思いますが、大事なタイトル戦もあるので、相当たいへんだと思います。でも、頑張ってほしい」
2敗して、あとがなくなってしまった里見女流五冠。ここで踏ん張って、将棋界に新しい扉を開いてほしいものだ。
取材・文:中川いづみ撮影:各務あゆみ