世間と戦ったプロレスラー「アントニオ猪木」の伝説を振り返る | FRIDAYデジタル

世間と戦ったプロレスラー「アントニオ猪木」の伝説を振り返る

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リング内外でも特異な存在感を放った、唯一無二のプロレスラー 

アントニオ猪木が2022年10月1日、死去した。ブラジルで故力道山にスカウトされ、日本プロレスに入団し、1960年に17歳でプロレスデビュー。1972年には自身の団体、新日本プロレスを立ち上げ、さまざまな名勝負を繰り広げ“猪木信者”と呼ばれる熱狂的なファンを持つ稀代のプロレスラーとなった。 

その一方で、ボクシングヘビー級チャンピオンのモハメド・アリとの異種格闘技戦や参議院議員となって政治家としての活動など、プロレスの枠にとらわれない活動や功績も残し、プロレスファン以外の層への知名度も抜群だった。 

そんな彼がプロレスをしながらも、リング外にまで話題を振りまき、まさに世間を騒がせた事件、名場面を振り返り、プロレスが世の中に認められるよう“世間と戦った”アントニオ猪木を偲びたい。

「元気ですかー!」や「元気があれば、なんでもできる」「1、2、3、ダー!」のキラーフレーズも広く一般に浸透した(写真:アフロ)
「元気ですかー!」や「元気があれば、なんでもできる」「1、2、3、ダー!」のキラーフレーズも広く一般に浸透した(写真:アフロ)

猪木舌出し失神事件<1983年6月2日 東京・蔵前国技館> 

新日本プロレスの最強王者の証であるIWGP王座。その初代王座をかけて、アントニオ猪木とハルク・ホーガンが激突した試合はいまでも語り継がれる世紀の一戦だ。

白熱した試合が繰り広げられる中、場外でホーガンの必殺技・アックスボンバーを食らった猪木はダウン。セコンドの選手たちによりリングへ戻されたものの、猪木は舌を出して失神したまま! 試合もそのままホーガンの勝利となり、猪木は救急搬送されるという事態に。翌日の一般紙でもその模様を報道するなど、プロレスファンのみならず、世間をも大騒ぎさせたプロレス史に残る事件だ。翌日の3日(金)にはその試合の模様が放送され、猪木ファンを中心に衝撃がさらに広がる展開となった…。

プロレス世界最強の称号として創設されたIWGP王座。日本のプロレスファンの誰もが、その初代王座につくのはアントニオ猪木だと信じて疑っていなかっただけに、この失神KO劇は大きな衝撃だった。 

ところが。この事件には裏がある。実は「猪木の自作自演だった」という説だ。

2000年以降に出版された本に収められた関係者たちの話をまとめると、猪木はプロレスマスコミだけでなく、読売、毎日、朝日などの新聞にも取り上げられるような注目度の高い試合にしたいという思惑があったようだ。となると、白熱した試合よりも“事件”になった方が話題になると考えた。そこで、周囲の関係者には何も言わず、もしくはそれとなく匂わせつつ、ホーガンのアックスボンバーを受けて失神(したふり)をしたという流れ。この猪木の迫真の失神は翌日、読売新聞や日経新聞の朝刊で報じられるなど、見事に思惑通りとなった。

そもそも、この試合も含めプロレスは試合前から勝敗が決まって(いるらしい。※いちプロレスファンとして明言は避けますね)いて、この試合も猪木が勝つ予定だった。そのため、相手のホーガンも狼狽した姿を見せるものの、どうにかポーズを決めて取り繕った。心中では猪木の大いに猪木の心配をしていたという。

この“事件”後、当時新日本プロレスで副社長を務めていた坂口征二は「人間不信」と書置きをして姿を消したり、猪木のもとに刑事がやってきたりと、リング外の後日談も豊富にあるのだが、それはまた別の機会に。

猪木(左)が舌出し失神KOを食らった因縁の相手、ハルク・ホーガン(右)。ホーガンは猪木戦をきかっけにアメリカでもスターレスラーとなった
猪木(左)が舌出し失神KOを食らった因縁の相手、ハルク・ホーガン(右)。ホーガンは猪木戦をきかっけにアメリカでもスターレスラーとなった

蔵前国技館暴動事件<1984年6月14日 蔵前国技館> 

前述の「猪木舌出し失神事件」から約一年後、同じ蔵前国技館で「第2回IWGP優勝戦」が行われた。対戦カードは因縁のハルク・ホーガンvsアントニオ猪木だ。多くのファンが「今度こそ、猪木がIWGPの王座に就く!」と信じて疑わなかった。一方、運よくIWGP王者となったホーガンはその後、アメリカでもWWFのチャンピオンとなっており、いくら猪木といえども、そう簡単に勝たせてもらえるようなレスラーではなくなっていた。

とはいえ、ファンに対してもここでIWGP王者にならなければ申し訳が立たない猪木が出したのは「両者リングアウト」からの延長戦、そして長州力が乱入して場外でホーガンに攻撃している間に猪木がリングに戻り、勝利するという結末だ。※場外にいるレスラーは20カウント以内にリングに戻らないとリングアウト負けとなる。

白熱した試合はもつれにもつれ、17分51秒、両者リングアウトで引き分けに終わるが、納得のいかない観客は満場一致「延長」コール(この「延長コール」は当時新日本プロレスでも定番化していて、猪木はこのコールが起こることも織り込み済みだったようだ)。そこで延長戦に突入するも、再び両者リングアウトに。さらに巻き起こる「延長」コール…。異例の再延長戦に突入し、予定通り長州の乱入によって猪木が勝利を収め、超満員の観客も納得! めでたしめでたし――となるほど、当時のプロレスファンは大人しくなかった。

1年もの間、猪木の雪辱のときを待ち望んできたファンにとっては消化不良どころではない試合内容に加え、長州の乱入によって試合がぶち壊されたことで不満が爆発。リング上にイスやゴミが投げ込まれ、リングは暴徒と化したファンに囲まれ、アナウンスだけではとうてい収拾がつかず、警察が暴動を鎮静化するために出動する事態となった。これがいわゆる「蔵前暴動事件」である。この模様も事件の翌日にテレビ中継されている。 

この試合後、当時新日本プロレスで副社長を務めていた坂口征二が怒り狂うファンに囲まれ、その代表と話し合いでなんとかその場を収めたという逸話をはじめ、後日談も豊富にあるのだが、それはまた別の機会に。

ロープに追いつめられる猪木。タイガー・ジェット・シン&アブドーラ・ザ・ブッチャー(手前)のヒールタッグも人気を博した
ロープに追いつめられる猪木。タイガー・ジェット・シン&アブドーラ・ザ・ブッチャー(手前)のヒールタッグも人気を博した

場外乱闘(番外編):タイガー・ジェット・シンによる新宿・伊勢丹前猪木襲撃事件  

さて、金曜夜8時というゴールデンタイムにプロレスが放送されていた時代は、その放送内、リング上に関わらず多くの事件が起きていた。とりわけ、世間を騒がせたという意味での大事件で言えば、稀代の悪役レスラーで“インドの狂虎”ことタイガー・ジェット・シンによる「新宿・伊勢丹前猪木襲撃事件」だろう。

1973年11月5日、新宿で買い物をしていたアントニオ猪木と当時の妻で女優の倍賞美津子と買い物をしていたところ、伊勢丹前で突然シンに襲撃され、頭部から出血する大けがを負ってしまうという大事件だ。多くの人がいる中でのシンによる凶行は、プロレスファン以外の人々をも震撼させ、何をするかわからない恐怖の男・シンを強烈に印象付けた。 

で、ここまで読んでいただいた方なら当然お気づきかと思うが、これも猪木が企画・立案した事件である(出血も猪木が自分でやったという)。目撃した一般人からの通報で警察も出動し、新日本プロレスの関係者も取り調べを受けるなど、大騒ぎとなり、猪木の目論見通りこの事件は一般紙でも大きく報じられた。傷害事件として扱おうとする警察に対して、新日本プロレスは「シンが勝手にやったが、あくまでも内部の問題なので…」とごまかしたという。 

こうしてリング内外で存分に暴れまわり、その危険な存在感でファンを魅了し、また恐怖させたシンではあるが、新日本プロレスのレフェリーで長年外国人選手の世話役を務めたミスター高橋はシンとの初対面を振り返り「ビシっとスーツで決めたビジネスマンのような男で、名刺を差し出してきた。かつて名刺を渡してきたレスラーなどいなかった」と語るほど、常識人だったという。「悪役ほどいい人」というプロレス界の定説を地で行く人物だった。

アントニオ猪木の二番目の結婚相手となる女優の倍賞美津子。タイガー・ジェット・シンによる猪木襲撃の現場には倍賞もいたが、彼女も真相を知っていたとか……
アントニオ猪木の二番目の結婚相手となる女優の倍賞美津子。タイガー・ジェット・シンによる猪木襲撃の現場には倍賞もいたが、彼女も真相を知っていたとか……

師匠、力道山が日本に持ちこんだプロレスをさらに広めるため、あらゆる手段を使って世間を騒がせたアントニオ猪木。 

その行動は、破天荒なようで繊細、大胆にして緻密で、一般人だけでなくプロレス関係者をも驚かせ、ときには欺いてまで話題を集めてきた。その成果はプロレスという文化を根付かせ、多くの後進を世に送り出してきたことでもわかるだろう。 

プロレスでは力道山、ジャイアント馬場と並び称されるが、リング外での活動やインパクト含めると、まさに唯一無二、不世出の傑物であることは間違いない。多くの人に影響と元気を与えてくれたこれまでの功績を称えるとともに、ご冥福をお祈りしたい。

参考文献:「ケーフェイ」(佐山聡/ナユタ出版会)、「新日本プロレス10大事件の真相」(佐山聡、新間寿、ミスター高橋、ターザン山本ほか/宝島社)、「昭和プロレス迷宮入り事件の真相」(井上譲二/宝島社)、「流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである」(ミスター高橋/講談社)、「悪役レスラーのやさしい素顔」(ミスター高橋/双葉社)、「燃えろ!新日本プロレス Vol. 1 猪木、舌出し失神事件!」(集英社)

  • 取材・文高橋ダイスケ

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