早見優が明かした「事務所独立の経緯とアイドル時代のナイショ話」
スペシャルインタビュー デビュー40周年 芸能界同期は、中森明菜、小泉今日子、松本伊代、石川秀美ら錚々たる面々 いまだから話せる秘話を公開
多くの若者たちで賑(にぎ)わう原宿(渋谷区)にあるユニバーサルミュージック。予定されていたインタビュールームに、スタッフらとともに現れた歌手でタレントの早見優(56)。
幼少期に海外で育ち、上智大卒、バイリンガルの草分けアイドルで英語教育の世界でも活躍していた。マスクを取ると、よくテレビで見た白い歯がこぼれる口元が現れた。
この8月をもって、早見は20年以上所属していた事務所から独立した。
「デビューから40年間、事務所を移ってからも私をずっと担当してくれてたマネージャーさんが昨年がんで亡くなられてしまいまして。いろいろ考えて、この際だからと独立を決めました」
いま’80年代の音楽が若者にブームになっている。早見の楽曲も、若いアーティストらに歌われている。
「深夜のテレビ番組で、『乃木坂46』の方が私の『夏色のナンシー』を歌っているのを見ました。なんか不思議だったけど、彼女たちにとっては、懐メロでも何でもないんですね。普通に聴いていい曲だと思えるんでしょう。筒美京平先生に代表されるようなキャッチーなメロディや生演奏の音の厚みなんかも新鮮なのかもしれないですね。若いアーティストが’80年代の音楽のエッセンスにインスパイアされたり、新しい曲に当時の曲がサンプリングされてたりして、初めて聴くはずなのに、懐かしい印象があったりするみたいなんですね」
“花の’82年組”とはいまも仲がよくて…
早見は1982年4月、シングル『急いで!初恋』でアイドル歌手としてデビュー。同期には、中森明菜(57)、松本伊代(57)、小泉今日子(56)、三田寛子(56)、石川秀美(56)、堀ちえみ(55)らがおり、〝花の’82年組〟と呼ばれ、現在でも仲がいいことで知られている。
「当時は生の歌番組が多かったから本当に忙しかったですね。朝から晩まで、一日に何度も会いますから自然と仲良しになっちゃう。いまでも皆とよく食事に行ってますよ。この間も、青山のイタリアンで、伊代ちゃんらと食事しました。どんな話をするのかって? よく聞かれますけど、何を話したかよく覚えてないんですよ、話がコロコロ変わるから。気がつくと4時間経ってたりしてね(笑)」
いまだから話せるアイドル時代の内緒の話を聞かせて欲しいと懇願してみた。
「うーん、ご期待に添えるような話はあまり……。でもあれかな、当時、私たちは恋愛禁止だったけど、ある時、同世代の歌手の男の子が楽屋でこっそり『新しいアルバム出したから聴いて』とアルバムを手渡してくれたんです。それを家に帰って聴いてたら、歌詞カードの隅っこに『電話ください』って電話番号が書いてあったことがありました。もちろんお手紙なども一度だけじゃなくて……」
当時は、すべて固定電話、いわゆる「家電」しかない時代である。それで電話をかけてみたのだろうか。
「えー、してないですよ……。あっ、でもしたかも(笑)。相手の名前ですか? そんなの言えるわけないでしょう(笑)」
10月12日には、デビュー40周年を記念して、3枚組のアルバム『Affection』をリリースする。
「ディスクの1〜2枚目はこれまでのシングル曲を集めました。ディスク3は、SNSでファンの皆さんからのリクエストに応えて、NHK『みんなのうた』やアニメの挿入歌などのレアな楽曲を収録したり、また新曲も3曲入ってます。二人の娘は現在、大学生で、アメリカにいるんですが、今回、1曲、参加してくれてるんですよ。3人で作詞をし、一緒に歌ってます」
11月にはミュージカルの舞台にも出演予定だが、気になるのは年末の『NHK紅白歌合戦』。一部で、早見ら”’82年組”の出演が噂されているが……。
「私のほうが聞きたいですよ(笑)。まあ、直前まで発表されませんからね。実現したら嬉しいですけど」
そう言って、彼女は往年のスマイルを見せてくれたのだった。
『FRIDAY』2022年10月14日号
- PHOTO:小檜山毅彦