元日本代表・霜村誠一監督が率いた「キリイチ」が花園で掴んだもの

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元日本代表CTBの霜村監督(左)

人呼んで「ミスターパーフェクト」。

群馬・桐生第一高校ラグビー部の監督、霜村誠一は現役時代からそのプレーと人柄、両面で親しまれてきた。

2004年、地元群馬の三洋電機に入ると、身長176センチと一線級にあっては小柄なセンターながら、タックル、防御ラインの整備、防御を引き付けながらのパスなどのプレーが渋く光った。2009年度からの4シーズンは主将を任され、在任中に国内最高峰トップリーグ、日本選手権を1回ずつ制した。

日本代表の選出経験もある。特に注目された瞬間は、三洋電機がパナソニックへと名称を変えていた2013年春の選出だろう。世界的名将である当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチが、31歳だった霜村のグラウンド内外での貢献度を評価。約6年ぶりに復帰させた。

顔、声は穏やか。大らかさで、誠実で、何より身体を張る。堀江翔太ら、世界で活躍する同僚にも慕われた。敵にも味方にもなりうる報道陣とも、こんな調子で手を取り合っていた。

「メディアの人と話すことを結構、大事にしていていますよ。質問に答えていくなかで『あ、俺、いま、こんなこと考えてるんだ』と、頭を整理できるんです」

みずから心を開くことで人と繋がってきた霜村は、引退後、高校教師となった。社業に携わらぬプロ選手だった頃から大東文化大学へ通い、教員免許を取得。出生地の私立高校である「キリイチ」のラブコールを受け、2015年から保健体育教諭とラグビー部監督を務める。

就任直後に再確認したのは、トップダウンの限界だった。

「プレーを特定して『こうやっていこう』と伝える。練習ではうまくいくけど、試合では全然、違うことをする」

と霜村。就任4年目の今季、もともと目指していた個々の主体性重視の指導法に大きく舵を切った。

具体的には、3年生で主将の新井穂(みのり)との関係性を強めた。個別での対話を進めた結果、霜村の思いを新井がグラウンドで伝える場面が増えたという。

新井も新井で、霜村から学んだ対話術を試合運びに活かすようになる。

「答えのギリギリ手前まで自分で言って、残りは選手に考えさせる」

人の話をかみくだく力に長けた船頭のもと、霜村の考えることをほぼすべての選手が自分の言葉で口にするようになった。攻防戦術の大枠を共同作業で作り上げ、堅守速攻のスタイルを確立した。

前監督の依田有希部長は、霜村をこう見る。

「ラグビーを通し、社会で役立つことを教えてきたと思っています。監督が一方的に話すのではなく、選手に考えさせる。最初は『アドバイスプラスアルファ、アルファ…』くらいの内容を選手に伝えていたのですが、去年、一昨年あたりからはそれが『アドバイスのみ』になった感じです」

教え子を能動的にしたことで叶えたのが、全国高校ラグビー大会への初出場だった。ここでは霜村があえて定めなかった結果目標を、教え子たちが「8強以上」と定めた。霜村の高校時代の最高成績を上回る、という意味だった。選手のアイデアが自分のアイデアを超越したことを、霜村は素直に喜んだ。

大舞台の会場は、冷たい生駒おろしが吹く大阪の東大阪市花園ラグビー場だった。12月28日、第2グラウンドで迎えた1回戦では米子工業高校に110―0で大勝。スペースへボールを繋ぐ、霜村の理想的なアタックを貫いた。戦術リーダーでもある齊藤誉哉(たかや)は事前に、

「(パスを)回すか、(キックを)蹴るか。全部、君に任せる」

と告げられていた。それが嬉しかった。

クラブには、霜村が現役時代に普及活動として指導したことのある選手も多い。中学でラグビーを辞めようとしていた新井も、現チーム唯一の高校日本代表候補となる齊藤もその1人だ。スタンドには休暇中の堀江を筆頭に、霜村のかつての仲間や友人がたくさん応援に来ていた。「キリイチ」の監督は、人とのアナログな繋がりに幸せを感じていた。

「(花園へ来ると)知っていた人たちと、こうして会えるんですね」

12月30日、「第3グラウンド」で2回戦に挑んだ。

対するは、優勝5回の常翔学園高校だ。激戦区の大阪府予選を勝ち抜いてきた、速さ、強さ、しぶとさの三拍子が揃う強豪である。

「キリイチ」は、看板の守備で応戦する。1回戦終了後から、防御システムとタックルの技術を再確認していた。ベンチには、週2回グラウンドを借りているパナソニックから元日本代表のホラニ龍コリニアシらも駆けつけていた。

やや劣勢で迎えたハーフタイム。霜村と選手はいつも通りに言葉を交わす。

「自分たちがここに来て何をするかという目標を立ててきた。それは、いまできているかな?」

「いえ」

「じゃあ、後半は何をやらなきゃいけない? それをやり切る勇気と覚悟はある?」

新井ら「キリイチ」の面々は、後半も霜村の得意技だったタックルを続けた。攻めては終盤、大きなキックを交えた大胆なプレーで常翔学園を驚かせた。

ノーサイド。

0―67。

「3年生、ありがとうね」

「1、2年生、また来よう」

霜村監督は選手を集め、柔らかい口調を重ねる。選手たちが大声をあげてむせび泣くなかでの、淡々とした口調。円陣を解き、ちょうど目が合った齊藤と抱き合う。ようやくその目に、涙を浮かんだ。

「あんまり泣かないと思ってたんですけど。小さい頃から見てきた子たちと来たというのは、すごく、特別という気がします。…また色々思い出した」

取材用のテントに入室した霜村は、顔見知りの記者が勢揃いしているのを見回して、

「負けたのにこんなに…。ありがとうございます!」

辛いはずなのに目じりを下げた。

「僕がずっとタックル、タックルと言ってきた中、彼らが最後までタックルを続けてくれた。それ以上に、相手が強かったです。この悔しさがエネルギーになる。僕も絶対に忘れないし、彼らも忘れないと思う。今回、2試合しかできなかったですけど、少しでも興味を持ってくれた子たちがキリイチで全国のトップを狙うという気持ちになってくれれば…」         

スポーツ界には「名選手、名指導者にあらず」という言葉がある。元名選手のコーチと名選手とは限らないプレーヤーとの間には、心や感覚の乖離が生じがちという意味だ。もっとも霜村は、その落とし穴にはまらない。

自身の成長した点を「(選手を)見守ること」と分析する青年指揮官。その姿は、引退後に指導者を目指す全てのアスリートの見本となりそうだ。

  • 取材・文向風見也(むかいふみや)

    スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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