東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』（講談社）、『片付けが生んだ奇跡』（小学館）、『車いすのダンサー』（PHP研究所）など。

中川 いづみ

<figure id="attachment_270193" aria-describedby="caption-attachment-270193" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a0788e47"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/11764216b14cb677f496174f9a853c76.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270193" class="wp-caption-text">東京・本郷の東大正門では国内外からの観光客が記念写真を撮る姿も。「『受験のゴール』としてではない、研究の最前線、教育の現場としての東京大学の姿を」という東大広報誌『淡青』がすごい…！</figcaption></figure>
<h2>「素朴な疑問vs東大」</h2>
「楽しい時間が早く過ぎるのはなぜ？」「どうして疲れると眠たくなるの？」
こんな「素朴な疑問」に、東京大学の教授陣が専門知識を駆使して回答。21の問いと答えが縦横無尽に展開する東京大学の広報誌『淡青（たんせい）』45号が話題だ。
「楽しい時間が早く過ぎるのは、心の時計を早送りする神経伝達物質が出るから」。「疲れると眠くなるのは、カルシウムイオンが神経細胞に入るから」。「疑問」は、だれでも感じたことのあるものばかりだけれど、回答は驚きの連続。なぜ、このような企画を考えたんですか？と「疑問」をもって東大広報室に話を聞きに行った。
<h2>知識を社会に還元するのは、研究者の義務</h2>
「大学では、素晴らしい研究がたくさん行われています。それを応援してほしいという気持ちをずっと持っていました。興味をもってもらうためには、みんなが疑問に思っていることを入り口にすればいいんじゃないかな、と思ったんです」
企画の立案者である広報課の高井次郎さんがこう言えば、広報室長で、大学院総合文化研究科・教養学部教授（歴史学）の杉山清彦先生は、
「自分が研究していることを社会に還元するのが研究者の務めのひとつです。大学で学生に教えると同時に、さまざまな媒体を通して研究成果を発信したり、社会の役にたつことは研究者の義務。そういった姿勢を理解してもらうためにも、本学で行われていることを広く知ってもらうには、こんな一問一答式もいいのではないかと思いました」
「疑問」は、広報誌部会の教職員10名ほどが出し合った。集まった「疑問」は128だったという。
「面白い疑問が、たくさん集まりました。問い自体が素朴なので、どういう角度で答えてもらうか考えたり、一つの学部に偏らず、学内横断的になるようになど思案しながら編集メンバーで相談して、21に絞ったんです。どんな疑問を取り上げるか決めるのは楽しい作業でした」（杉山先生）
<h2>答えは「わからない」ということも</h2>
学内横断的になるように選んだというだけあって、「歳を取ると白髪になるのはなぜ？」「どうして利き手と非利き手があるの？」「どうして世界は民主主義の国ばかりにならないの？」など、疑問は実に多種多様。一般向けに読みやすく答えてくれているものの、やっぱり難しくて理解できない回答もある。
杉山先生には、「知らないこと」がありましたか？
「ほぼ知らないことばかり(笑)。お互いそうだと思います。研究者の専門というのは、それぞれが深すぎて、お互いに『わかる』レベルであるはずがないのです。当然僕らも知らないことばかりなんですよ」
たとえば「現代アートはどうして難しいの？」という深い疑問。これに対する回答は、「現代アートは、答えではなく、問いを引き出すから」とある。
「この疑問には、総合文化研究所の松井裕美准教授に答えていただきました。ここで、20世紀の美術にもっとも影響を与えたといわれるマルセル・デュシャンのレプリカが紹介されています。じつは、世界でも数点しかないデュシャンのレプリカが、東大駒場キャンパスの『駒場博物館』にあるんです。そのことも同時に紹介できました」（高井さん）
この特集では東京大学にあるさまざまな実験施設などが紹介されているのも見どころだ。「録音した自分の声はどうして変な感じに聞こえるの？」という問いのページでは、三次元的に音を出せる音響実験室が紹介されている。
「この実験室のことも、ぜひ紹介したかったんです」（高井さん）
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「疑問」を選んだときは、どの先生に取材するか決まっていた？
「そういうケースもありますし、検索して探したこともありました。この先生だ！と思って解答をお願いしたけれど『答えはわからない』と言われたことも」（高井さん）
東大の先生にもわからないことがあるんですね。
「『日本橋』という地名を『にほんばし』と読むところもあれば、『にっぽんばし』と読む地域もある。それはなぜか知りたかったんですけど、『わからないとしか言えない』ということでした。
その代わりに先生と相談するなかで出てきたのが『あいうえお／あかさたな』の順なのはどうして？という疑問でした。答えは『密教の僧侶が梵字を勉強したから』ということで、掲載しています」
「あいうえお」に、そんな深い背景があったとは。どの答えも、それだけで本が１冊書けそうな充実ぶりだ。
「疑問が素朴でも、答えが素朴とは限らない。そのギャップが面白くて、みなさんに関心をもってもらったのかもしれない。うれしい誤算でした」（杉山先生）
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<h2>日本には、どんな疑問にも答えられる「知の厚み」がある</h2>
「素朴な疑問」は、暮らしのなかで感じそうなものばかりですが、その内容は、老化や食べ物、植物、日用品、経済、政治、言葉の問題など多岐にわたっています。さすが東大、どんな疑問にも対応できるのですね。
「東大には、学部だけで10あって、大学院は15、研究所などの組織は数えきれないほどあります。さらに、たとえば教養学部の中には、物理をやっている人もいれば、政治学をやっている人もいる。ゲノムの研究をしている人もいるかと思えば、フランス文学をやっている人もいる。今、東大には1300人の教授がいて、准教授、助教などを含めると、4000人の教員、つまり研究者がいます。
でもね、東大でカバーできている学問分野は、ごくごく一部なんですよ。『知の幅』は、ものすごい勢いで広がっている。たとえば、コンピュータがなかった時代には、コンピュータに関する研究分野は当然ありませんでした。一方、たとえば古典、ギリシャ哲学は昔からある分野で、この先もなくならない。だから、どんどん増える一方。学問の領域は広がるわけです。東大だけでは、とてもカバーしきれません」（杉山先生）
東大でカバーできない分野は、誰にも答えられないということ？
「そんなことはありません。理系・文系を問わず、日本中の大学の研究者に問いを投げたら、どんな疑問でもきっと、答えが出てくる。僕は、それが日本の国力だと思います。たとえば、アステカやマヤで遺跡が見つかろうが、シルクロードで恐竜の足跡が見つかろうが、必ずどこかに専門家がいる。日本は、それほどの幅広い知の層の厚みをもつ数少ない国なんです」
知の層が厚い。それが日本の強みだと、杉山先生は言う。
「東大を一つの柱としながら、日本の大学全体で分厚い知の蓄積がある。これはすごく文化的な力だと思います」
さまざまな分野のあらゆる「素朴な疑問」に答える専門家が存在すること、それが日本の力だと、杉山先生は静かに力強く言うのだ。
「今回の特集は、それを狙ったわけではありませんが、結果的に、そんな『知の厚み』の片りんを見せることになりました。そして『受験のゴール』としてではない、研究の最前線、教育の現場としての本学に目を向けてもらえたらうれしいですね」
4000人もの研究者が、それぞれの専門分野で研究を重ねている東京大学。先端研究と社会への還元のひとつの接点ともいえるのがこの「素朴な疑問vs東大」だった。その奥深い世界にわくわくして、なんだか明るい気持ちになる。
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<a href="https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400196219.pdf">東京大学広報誌『淡青』45号</a>
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『淡青』は、東大卒業生の「校友会」会員に送られるとともに、大学キャンパスや関連施設でも無料で配布されている。人気のため在庫がなくなった「45号」は、PDFで閲覧可能。
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<figure id="attachment_270194" aria-describedby="caption-attachment-270194" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="b8e5857d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/1683d2701619b70a009cf062e56f8026.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270194" class="wp-caption-text">『淡青』は、企画から編集、執筆まで外注せずすべて学内のメンバーで作っている。スピンオフ書籍『猫と東大。』は、猫にまつわる研究成果とともに教授陣の熱い猫愛が迸る良書</figcaption></figure>
<figure id="attachment_270205" aria-describedby="caption-attachment-270205" style="width: 1778px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d6b8c5bd"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/c29921662845625e2c132069beb86860.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270205" class="wp-caption-text">右の杉山先生は、歴史学が専門。「日本は、18歳の時点で興味をもった学問を選べる自由がある」という言葉にはっとさせられた。広報課の高井さんは学内のさまざまな活動に愛をもって接している姿が印象的</figcaption></figure>
<figure id="attachment_270199" aria-describedby="caption-attachment-270199" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="6baf9f9f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/E5AE89E794B0E8AC9BE5A082IMG_3665-rotated.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270199" class="wp-caption-text">東京大学本郷キャンパスにある安田講堂の歴史を感じさせる外観。重厚な講堂内部はリニューアルされ、講演のほか、コンサートが行われたことも</figcaption></figure>
<figure id="attachment_270203" aria-describedby="caption-attachment-270203" style="width: 3024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="740d2380"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/E9A792E5A0B4IMG_1861-rotated.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270203" class="wp-caption-text">東京大学駒場キャンパスの時計台。杉山先生は、主にここのキャンパスで教鞭を取っている</figcaption></figure>

中川いづみ

東京・本郷の東大正門では国内外からの観光客が記念写真を撮る姿も。「『受験のゴール』としてではない、研究の最前線、教育の現場としての東京大学の姿を」という東大広報誌『淡青』がすごい…！ 「素朴な疑問vs

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