我妻 弘崇

<h2>なんにもわからなかった</h2>
<p>今年で18度目の開催となる「M-1グランプリ」だが、2001年の第１回大会のときのエントリー数は1603組。今年は、その4倍超となる7261組（史上最多）がエントリーした。20年以上の時を経て、「M-1グランプリ」が一大イベントへと成長したことが、この数字からもよくわかる。</p>
<p>いまでこそ「優勝すれば最高の栄誉」「ファイナリストになっただけでも売れる」というイメージが定着したM-1だが、実は、その始まりは混沌としたものだった。</p>
<p><span class="strongInContent">「M-1が始まったときは、第２回があるのかどうかもわからないような状況やったと思います。だから、第１回という言い方はしていないはず。『ようわからんけど、ゴールデンタイムで流れる大きな漫才のイベントがある』と。それぐらいの情報しかなくて、どういう大会なのか、まったくわからなかった」</span></p>
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<p>そう証言するのは、「M-1グランプリ2001」に出場し、翌年、王者へと上りつめたますだおかだ・増田英彦だ。</p>
<figure id="attachment_271295" aria-describedby="caption-attachment-271295" style="width: 2736px" class="wp-caption aligncenter"><a href="#" data-ident_hash="f64e06e6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/11/CP9I5083.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-271295" class="wp-caption-text">M-1王者になったのは32歳のとき。出るからには勝つための戦略を考え抜いた、と明かす</figcaption></figure>
<p>今年は、ますだおかだがM-1を制してから20年という節目の年となる。海のものとも山のものともわからない大会が、いかにして国民的イベントへと飛躍したのか。それを知るために、第二代チャンピオン・増田英彦に、あの時代の「M-1グランプリ」を振り返ってもらった。</p>
<p>「M-1グランプリ」が、20年以上続くような大きな大会になるという予感はあったのか――。まずそう質すと、増田からは予想外の答えが返ってきた。</p>
<p><span class="strongInContent">「誤解をしてほしくないんですが……M-1に対する思い入れって、僕はそんなにないんですよ。それこそ、学生時代からM-1をずっと見ていて、そのステージにあこがれて漫才師になったんやったら、思い入れとか熱い思いもあると思う。でも、僕らの時代は、あこがれの舞台といえば『ABCお笑い新人グランプリ』でした。</span></p>
<p><span class="strongInContent">ABCで結果を出したら売れる。中学生のときにダウンタウンさんが優勝した姿を見てカッコええなぁ、自分も漫才をしてこの賞がほしいなぁと思ってました。M-1にはそういう青春の思い出がない。だから、思い入れもないんです」</span></p>
<p>「M-1グランプリ」は、ますだおかだにとっては芸歴９年目のときに突如、産声を上げたイベントだった。「アマチュアも出場できる中で、『漫才師の日本一を決める』と。何が始まるの？ っていう感覚ですよね」。冒頭の言葉を含め、「戸惑いがあった」と披瀝する。</p>
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<p>そもそも、「出る必要があるのか」という問いから始まったという。当時、ますだおかだは漫才師としてすでに確固たる地位を築いていたからだ。</p>
<p>1994年、結成１年ほどであこがれの「第15回ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞を受賞すると、「GAHAHAキング爆笑王決定戦」でチャンピオン、「爆笑オンエアバトル」で連続無敗記録や番組史上初のパーフェクトを手にしていく。そんななかで、「ナゾの大会」に出る必要があるのか。自問した。</p>
<p><span class="strongInContent">「リスクしかないじゃないですか（笑）。キャリア的に勝って当たり前と思われ、負けたときのリスクのほうが大きい。しかも、出場資格に結成10年という条件があった。僕らは、『爆笑オンエアバトル』で同世代かちょっと下の世代と競い合っていたから、やるんだったらもっと上の人たちと競ってみたいという気持ちもありました。でも、考え抜いた末、出よか、と。１回きりの大会かもしれへんし、（島田）紳助さんの『漫才を盛り上げたい』という気持ちもすごい理解できましたし、『漫才師』と名乗る以上は出ないといけない気がしました」</span></p>
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<h2>漫才がナメられていた</h2>
<p>今では多くの人が漫才を楽しみ、漫才の面白さをああだこうだと論じ合える。2020年にマヂカルラブリーがM-1で優勝した際、「漫才か漫才じゃないか」といった論争が起きたのは、漫才が市民権を得ていたからに他ならない。だが、当時は違った。増田は「漫才はわりと偏った存在だった。お笑い好きは見るけど、一般層までは浸透していない」と、世間と漫才の間に相当な距離感があったと語る。</p>
<p><span class="strongInContent">「2002年３月に、僕らは第37回上方漫才大賞の大賞をいただきました。その後、東京で雑誌の取材を受けたんですけど、ライターさんから『アルバイトは何をされてるんですか？』って聞かれてめちゃくちゃショックやった（苦笑）。上方漫才大賞を受賞して、バイトしてる芸人なんていないですから。でも、関西以外の人の漫才に対する認識って、当時はその程度やったんです」</span></p>
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<p>ゴールデンタイムで放送される、前代未聞の優勝賞金1000万円の大会――。「M-1グランプリ」によって漫才の地位は向上し、漫才への憧憬の念は増した。「漫才を盛り上げたいというあの時代ならではの気持ちですよね」。出場を決意した背景を、増田は一つひとつ思い出しながら言葉を紡いでいく。</p>
<p><span class="strongInContent">「そもそも2001年のときは、ルールも整備されていなかった。決勝戦の次に最終決戦があるとか、お客さんの会場票があるとかも、決勝直前に教えてもらったくらいなんです（注：第１回大会では、札幌・大阪・福岡の会場で観ている一般審査員からの投票も審査結果に反映された）。それくらい得体のしれないイベントやった。</span></p>
<p><span class="strongInContent">93年の第１回K-1グランプリと一緒です。ブランコ・シカティックが優勝して、格闘技ファン以外の人には『この格闘家、誰やねん』となった、みたいな。だから、何が起こるかわからない。相当、僕たちも警戒してました 」</span></p>
<p>M-1の予選は、東京や大阪だけでなく、地方都市でも行われる。このとき増田は警戒するあまり、「仕事もないのにわざわざ名古屋まで行って、１回戦を戦いました。大阪で松竹芸能で漫才をやるというのはアウェーですから。やっぱり大阪は吉本（興業）さんのホーム。アウェーはずっと慣れてますけど、なんか、大阪で１回戦をやるのはイヤやなって」と笑いながら明かす。</p>
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<p>いまでこそM-1は、一定の対策を講じることもできるようになった。だが、第１回大会は別だ。前例がないだけに対策のしようがない。この点を問うと、</p>
<p><span class="strongInContent">「とにかく目の前のお客さんを笑わせればいい、という発想で臨みました。お金を払って、お客さんは予選会場に足を運んでくれている。予選とはいえ、有料ライブのお客さんと変わらない。だから、僕らは予選のネタを毎回変えていたと思います。もしかしたら、予選をずっと観ている人もいるかもしれない。違うネタをやったほうが、お客さんに喜んでもらえるやろな、というライブ感覚でした」</span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="オンバトとの「意外な関係」"></div>
<h2>オンバトとM-1の「意外な関係」</h2>
<p>警戒していたという言葉とは裏腹に、 ますだおかだは見事決勝進出を果たす。目の前のお客さんに集中し、しっかり笑わせた結果だ。この基礎体力は、「『オンエアバトル』で培われたところが大きい」という。</p>
<p>「爆笑オンエアバトル」は、観覧客が審査員となる参加型のネタ番組だ。投票が少ないコンビはオンエアされない。いわば、笑わせたもん勝ちの結果至上主義。番組キャッチコピーは、「史上最もシビアなお笑い番組」である。</p>
<p>増田は、「爆笑オンエアバトル」のようなネタ番組を待望していたと明かす。</p>
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<p><span class="strongInContent">「あの当時、僕らは吉本さんの（心斎橋筋）２丁目劇場ブームや、ボキャブラ天国ブームに押されて、日陰で漫才をやっていた時期。でも、ボキャブラがブームになったとき、ここに登場した芸人たちのネタを見たいという需要が高まると思いました。だから、きっと彼らの受け皿になるようなネタ番組が生まれるだろうと」</span></p>
<p>増田の予感は的中し、「爆笑オンエアバトル」は若手芸人の登竜門的な番組としてブレイクする。</p>
<p><span class="strongInContent">「笑かさないと放送にのっけてもらえないというのは、僕らからすると願ったり叶ったり。関西の場合、いわゆる賞レースでも会場にいるお客さんは、吉本さんのファンが多い。僕らは松竹芸能所属ですから、その日出ている吉本の芸人さんよりも笑いを取らんと絶対に勝てないっていう環境で、新人の頃はやっていた。だから、ホームもアウェーもないうえに、笑かしてなんぼというオンバトは、相性が良かった」</span></p>
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<p>ブームの陰で、ネタを磨き続けていたますだおかだは、番組開始早々、トップスピードで勝ち続け、番組史上初の545キロバトル（観覧客の満点投票）を達成した。</p>
<p>同番組を発足させたプロデューサー・並木正行氏は、のちに「オンエアバトル初期の立役者といえば、漫才のますだおかだとコントのラーメンズと言える」とまで讃えている。増田も、「この番組がなければ今のますだおかだはなかったと思う」と愛着を隠さない。その上で、「『爆笑オンエアバトル』があったからこそ、『M-1グランプリ』で優勝できた」とも付言する。どういうことか？</p>
<p><span class="strongInContent">「大阪の漫才師は『ABCお笑い新人グランプリ』を受賞した後、一番大きな賞といえば『上方漫才大賞』となります。新人賞の賞レースは４分が主流ですけど、『上方漫才大賞』を目指すとなると、10分、15分、30分の漫才ができないといけない。プロの世界というか、いわゆる芸を磨いていくステップになる」</span></p>
<div data-friday-nextpage-lead="突然の抜き打ちテスト"></div>
<h2>抜き打ちテスト</h2>
<p>そうした最中に、「M-1グランプリ」は生まれた。</p>
<p><span class="strongInContent">「しっかり４分ネタも頑張ってましたか!?　これから抜き打ちテストやりまーす！　っていきなりテストされる感覚でしたね。でも、僕らは『爆笑オンエアバトル』に出ていたから、テレビサイズのネタに困らなかった。この点もM-1で結果を出せた大きな要因やったと思います」</span></p>
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<p>増田にとって、「爆笑オンエアバトル」の存在はそれほどまでに大きかった。少し間をおいて、こう続ける。</p>
<p><span class="strongInContent">「思い入れがあるぶん、M-1チャンピオンって言われるよりも、オンバト芸人と言われるほうがうれしい」</span></p>
<p>抜き打ちテストとなった「M-1グランプリ2001」は、 前述の「会場票」も響いて、総合得点４位という結果で終わった。最終決戦は、中川家とハリガネロックの間で行われ、栄冠は中川家の頭上に輝いた。</p>
<p>もしも――会場票が違う結果になっていたら、第１回大会の結果も変わっていただろう。会場票を差し引いた審査員だけの点数、その上位４組は次の通りだ。中川家596点、ハリガネロック567点、アメリカザリガニ568点、ますだおかだ575点。会場票がなければ、ますだおかだは２位で最終決戦に進めたことになる。</p>
<p><span class="strongInContent">「決勝のネタは、大阪ではよくやっていたネタだったから鮮度もあまりない。大阪の会場票が低かったのも納得の結果です」</span></p>
<p>出場を決めたのは、漫才師と名乗る以上、「出ぇへんわけにはいかんやろ」という覚悟。その覚悟を持って出場したが結果は４位――。悔しさがこみあげてきた。</p>
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<p><span class="strongInContent">「やっぱり出んほうがよかったなって思ったんですけど、決勝終わって、ホテルに戻って、ベッドに寝転がって天井を見ていると、どうやったら勝てるんやろって思いのほうが強くなって。 第２回があるかどうかもわからんのに、朝までずっと考えてました（苦笑）。このルールで勝つんやったらどうしたらええんや……って。そう考えたとき、中継先のお客さんも知らないようなネタを出したらええんちゃうかな、と。もし、次があったら、決勝には新ネタを持っていくと決めました」</span></p>
<p>翌年の「M-1グランプリ2002」。ますだおかだは、決勝、最終決戦、双方に新ネタをおろし、制覇する。M-1史上、最もカオスとも言われる大会を、どう制したのか――。</p>
<div data-friday-gold-link-url="https://friday.gold/article/135276" data-friday-gold-link-title="02年王者ますだおかだ・増田が初めて明かす「M-1で優勝を勝ち取るために立てた戦略と覚悟」" data-friday-gold-link-excerpt="＜02年のM-1王者　ますだおかだ・増田が初めて明かす「20年後の本音」計15000字インタビュー。今回は優勝の舞台裏で起こっていたことを回想します＞（第一回　増田が回想する「混沌としていた初期M-1" data-friday-gold-link-thumbnail-wide="https://media.friday.gold/image/upload/c_fill,dpr_2,f_auto,g_faces,h_144,q_auto:eco,w_256/v1/assets/2022/10/CP9I5117.jpg?__cld_token__=exp=4102444800~hmac=a1d25f8aaf20958e2e84c35dabbeaea6700416944efe388fcf2e6ff63ee93fb3" data-friday-gold-link-thumbnail-square="https://media.friday.gold/image/upload/c_fill,dpr_2,f_auto,g_faces,h_105,q_auto:eco,w_105/v1/assets/2022/10/CP9I5117.jpg?__cld_token__=exp=4102444800~hmac=c61ec8e15a00d87278bed14dcb8f5e1dabd803dbbe94198bb17ac94da1220835"></div>
<p>次回では、増田にその足跡を振り返ってもらう。</p>
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<p>（第2回　<a href="https://friday.gold/article/135276" target="_blank" rel="noreferrer noopener">増田が初めて明かす「M-1で優勝を勝ち取るために立てた戦略と覚悟」</a>へ）</p>
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我妻弘崇

丸山剛史

じぃんず工房大方

なんにもわからなかった 今年で18度目の開催となる「M-1グランプリ」だが、2001年の第１回大会のときのエントリー数は1603組。今年は、その4倍超となる7261組（史上最多）がエントリーした。20

第二代王者ますだおかだ・増田が明かす「初期M-1の壮絶舞台裏」

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