明仁天皇「旅の原点」 最後の誕生日会見では記者も思わず涙
「私と今上天皇は1歳差です。会見で出た〝旅〟という言葉を聞き、その底意には戦争体験がある、とすぐに思いました」
ジャーナリストの田原総一朗氏(84)はこう語る。昨年12月、在位最後の誕生日会見に臨んだ天皇は、自らの人生を〝旅〟と表現し、旅の伴侶を続けた皇后への深い感謝を口にした。会見に出席した宮内庁記者の間から嗚咽(おえつ)の声が漏れるほど、天皇の言葉には人の心に迫るものがあった。田原氏が続ける。
「まざまざと覚えていますが、私が小学校5年生の一学期まで教師は『この戦争は米英の侵略戦争なんだ。だから我々は戦い、東亜の人々を解放しなければならない』と鼓舞していました。それが二学期になったら『あの戦争はしてはいけない間違った戦争だった』と教えられた。新聞もそうでした。子供心に、大人、それも偉い人ほど信用できない、と強烈に思った。それが私の生き方の原点です。
今上天皇も同じように感じたのは間違いありません。だから彼が旅を続けることの意義は、自らが足を運んで直接人々と会い、自分の目と耳で真実を確かめること。何かを判断するにあたり、人任せにしないということです。そこには一夜にして白が黒に変わった、あの体験がある。それこそが、『象徴としての責任』を果たすにあたって天皇が自分に課していることなのでしょう」
明仁天皇の旅は、退位によって終止符が打たれ、国民の象徴というバトンは皇太子夫妻に引き継がれる。




*呼称はすべて撮影当時のもの
撮影:講談社写真部、鬼怒川毅