「日本の国土の0.1%を所有」誰も知らない「東大演習林」の秘密 | FRIDAYデジタル

「日本の国土の0.1%を所有」誰も知らない「東大演習林」の秘密

東京大学「千葉演習林」が見すえる「豊かな未来」

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常緑樹が谷を埋め尽くす、東大「千葉演習林」の天然林。この広大な土地でいったいどんな研究が? 豊かな未来を目指す研究者の熱い思いを聞いた
常緑樹が谷を埋め尽くす、東大「千葉演習林」の天然林。この広大な土地でいったいどんな研究が? 豊かな未来を目指す研究者の熱い思いを聞いた

日本の国土の1000分の1近い約3万2000ヘクタールが「東大の土地」なのだという。そしてそのほとんどを使っているのが農学部の「演習林」という、研究・教育のための林だ。

「広いですよね。なかでも、1894年に創設されたここ、千葉演習林は国内でもっとも古い歴史があります」

こう言って胸を張るのは、東京大学大学院農学生命科学研究科の助教で、森林インストラクターでもある當山(とうやま)啓介先生。ここには、約1000種類の植物と約20種の哺乳類、100種の鳥類はじめ、昆虫、両生類、爬虫類、魚類、甲殻類などじつにさまざまな「生き物」がいる。

2200haの森林に4人の研究者

東京駅からJR外房線で2時間半。千葉・房総半島に「東京大学千葉演習林」がある。その広さ約2200ha。と言われても想像がつかない。

「山手線の内側の1/3くらいです。東京大学の演習林は北海道や秩父など全国に7ヵ所あって、その総面積は山手線の内側5つ分くらい。東大は日本の国土の0.1%近くを占める敷地を持っていますが、そのほとんどが演習林です」

と言う當山先生。頭に手拭いを巻き、いかにも「山の仕事人」という雰囲気。いわゆる「研究者」というイメージからは…遠い。

「僕は、大きな木が好きなんです。森の管理をやっていく“人”にも興味がありますが」

當山先生の専門は森林計画。人工林の育成や伐採作業などの林業技術を研究している。「国土の0.1%を占有」なんて、さすが東大。でも、そんなに広い演習林で、どんな研究を?

「演習林では、森林に関する様々な研究が行われています。スギやヒノキなどの人工林の産業的な教育や研究もしますし、森林に生息する生き物の生態的な研究、環境に関する研究も同時に行っています。千葉演習林には、研究職として林長の鎌田直人教授と僕たち教員3人、それに約20名のスタッフがいます」

天然林にはまだまだ発見されていない生き物も

なるほど。

千葉演習林には、多様な生き物が生息していると聞く。その研究も?

「はい。たとえば、千葉県立中央博物館と連携して生き物の分布調査を行っています」

そう答えてくれたのは、教員の一人、助教の久本洋子先生。ほっそりしていて、とても長靴を履いて森林を歩き回るふうには見えないが、當山先生と同じく、千葉演習林に勤めて10年以上になるという。

「千葉演習林は4割が植林された人工林で、残りが天然林。この天然林が生き物の宝庫なんです。これまでの調査で植物は1000種以上、昆虫は2700種以上が確認され、そのうち280種以上の昆虫は、千葉県で初めて発見されたものでした。2017年には千葉演習林のある清澄山の名前がついたキヨスミチビシデムシという新種の昆虫も発見されて、まだまだ発見されていない生き物もあるだろうと思われています」

久本先生、生き物の話に熱が入る。

「高校生向けに生き物を探すイベントを開催したときには、『こんなにたくさんの生き物がいるなんて』と感動して泣き出してしまった子もいました。哺乳類も多くて、シカやイノシシなどのほか、リスやネズミなど20種ほどいます」

高校生が泣き出すほどに、ここには豊かな生き物の命があるのだ。

「私どもにはすべてを把握できないほど膨大な種類の生き物が生息しています」

生き物に熱い久本先生の専門は生き物の、なにですか?

「生き物の分子生態学です。私はミクロの世界が好きで、生物の面白い現象を遺伝子レベルで解明したいと思って研究をしています」

温暖化によって寒冷地の植物がどんな影響を受けるか、北海道のトドマツや山岳地のダケカンバなどの植物を千葉演習林に移植して、その成長を観察し、遺伝子レベルで調べたりもしている。そのなかで「タケの開花周期」も研究テーマだという。

「タケは数十年から数百年の周期で開花するといわれていて、千葉演習林ではタケの開花周期を300年計画で調べる研究も行われているんです。こんなに長期の観測試験ができるのも演習林の魅力です」

奥が深い。

演習林で育てたマツ枯れしにくいマツを津波の被害地へ

大きいものが大好きという當山先生と、ミクロの世界が好きという久本先生。もう一人の教員、講師の楠本大先生は…

「『自然撹乱』という現象があります。大雨や大雪などによって、森の木が倒れたりすることを、そう呼びます。台風などで人家に近いところで道が崩れたりすると災害になってしまいますが、天然林の中でこの『撹乱』が起きて、木が倒れたりすると、森の中が明るくなって、次の苗木が育ってきます。撹乱が起きることで、森は新陳代謝する。どんな撹乱が起きたときに、どういう種子が新しく芽吹くか、そういう仕組みを研究しています。自然の大きな仕組みを研究しているんです。おもしろいですよ!」

なるほど…3年前、房総半島に大きな台風がきましたよね?

「ええ。特に台風15号では、道が崩れたり、大きな被害がありました。けれども、学術的には盛り上がりませんでした。人間界には影響が大きくても、自然界としては大きな影響が出るほどの規模ではなかったということかもしれません」

なんと、自然はたくましい。

楠本先生の専門分野は「樹木医学」。ナラの木が枯れるナラ枯れや、マツの木が枯れるマツ枯れなど、木の病気を研究しているとか。

「ナラ枯れが増えてきたのには理由があります。森を利用しなくなったからなんです。かつての里山は、薪や炭などの燃料を手に入れるために、木を切ったり植えたり、人間が管理していた。薪や炭の原料としてナラの木が活用されていましたから。たいてい、木が直径10㎝ぐらいになったら切っていた。ところが燃料として使わなくなったから、木を切らなくなってしまった。ナラ枯れは、虫が木の中に穴を掘って、たくさん虫が入ることで起こります。直径が30㎝以上の幹がいちばん虫が繁殖しやすい。かつてはそこまで太くなる前に切っていたから、問題にならなかったんです。今、日本中に『虫が繁殖しやすい太さ』の木がたくさんあるんです」

里山ではなく、天然の林にもナラの木はありますよね?

「あります。でもね、天然林っていうのは、種類も樹齢もさまざまな木で構成されています。里山はそうじゃない。ナラの木が多いところでは、次々に虫が移って枯らしてしまう。里山で木が大きく成長した状況は近年のことなので、そこでどのように森が新陳代謝していくか十分調査されていません。それを調べるのも我々の仕事です」

そのナラ枯れより、もっと深刻なのがマツ枯れだという。

「マツノザイセンチュウという線虫が引き起こす伝染病なのですが、何も手を打たなければ、被害の始まった場所の日本のマツは8~9割は枯れてしまいます。マツノザイセンチュウっていうのは外来種なんです。病原力がとてつもなく強いんですよ」

そこで、千葉演習林が手がけてきたのが、マツ枯れに強いマツの品種改良。このマツの苗木2000本を、東日本大震災で津波の打撃を受けた宮城県に送ったこともあるという。演習林の研究は、さまざまな形で日本の森や樹木を守っているのだ。

豊かな社会を作るために

演習林でどんな研究が行われているのかを聞きながら、森の中を進む。

「千葉は海に近いところに山がある。千葉演習林も標高400m以下で高い山ではないけれど、急峻(きゅうしゅん)なんです」

急峻というだけあって、道のすぐ脇が崖になっているところが多く、平らな場所はほとんどない。谷のようなところに天然林が広がり、山の斜面にスギやヒノキの人工林が植えられている。急な坂道を當山先生は、長靴でスイスイ上っていく。さすがだ。

「創設当時から人工林造成を行ってきた結果、千葉演習林には現在、80年生以上の木が約4割、100年生以上の木も1割ほどあるんです。ほら、これも」

そう言って切り株の年輪を数え始める。確かに100歳だった。

「ここのスギは樹高50mくらい。日本でこれだけ高くなるのは滅多にありません」

木のことを紹介してくれる當山先生は、なんだか誇らしげだ。説明を聞きながら車で一周するだけで、2時間近くかかる。そんな広い演習林の木々を隅々まで、演習林の人たちは覚えているのだ。

スギやヒノキ。円安で輸入材の価格が高騰しているため、国産材の需要が高まって国産材が占める割合は約4割。これから国産材の需要はますます高まるだろう。

「人間にとって木材は不可欠ですが、林業の採算性の悪い日本では、採算性を向上させることを考えなくてはなりません。伐採したあと、どのような間隔で植えていったらいいか、どんな手入れをすれば良質の木が育つのか、といった現実的な問題も研究課題です」

當山先生たちの最終目標は「林業を工夫することで、人と自然が調和した状況が無理なく自立的に生まれていく社会」づくりに貢献すること。この広い演習林で木々や生き物を研究していく先には、人々の「本質的に豊かな暮らし」があるのだ。

大正末期に建てられた千葉演習林の天津(あまつ)事務所。今も現役で使われている
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清澄作業所内にある創立100周年を記念して立てられた「演習林発祥の地」の碑
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當山啓介先生の専門は森林計画。「森林の仕事は一人ではできない。森で働く人も好きですね」
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久本洋子先生の専門は分子生態学。タケの開花遺伝子の研究をしている。「千葉演習林に植えられていたモウソウチクが1997年に開花しました。67年周期で開花するので、次に咲くのは2064年の予定。見られるかどうか(笑)」
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楠本大先生。専門は木の病気を研究する樹木医学。ナラ枯れした木を前に、「撹乱などによって起こる森の仕組みを知るのは楽しい」
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  • 取材・文中川いづみ

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