開成中高出身の異色音楽家「嘉屋翔太」とは何者か
「起きてる間はずっと、頭のなかで音楽が鳴っています」 初出場の国際コンクールで最高位を獲得。日本を盛り上げる次世代の主役たち
「音楽、あまり聴かないんですよ」
嘉屋翔太(22)は、そう言う。昨年11月、ドイツで行われた『第10回フランツ・リスト国際ピアノコンクール』で最高位を受賞した期待のピアニストだ。
「これまで、とてもたくさんの音楽を聴いてきました。僕のひとつの武器は、たぶん人より多くの音楽を聴いていることだと思います。今は、起きてる間はいつもずっと、頭のなかで音楽が鳴っているんです。移動中もこうして話している時も。なので、わざわざイヤホンをつけて聴く必要がないんです」
聴こえているのは、既存のクラシックだけでなく、今手がけている編曲・作曲中の音楽など、いろいろなのだという。
ピアノを始めたのは3歳半の時。母に連れられて幼児教室に行った。
「うちは、音楽一家とかではなく、そこで初めてピアノに触れました。弾き始めたらおもしろくて。以来、中学受験の前の1年を除いてずっと弾き続けています」
嘉屋は、開成中学・高校の出身。
「中学受験とピアノを両立できるかと思ったのですが、さすがに難しくて自分で自宅のピアノを封印したんです。でもときどき、小学校の音楽室で弾いてました。
開成中学では、学校の勉強もわりと得意でした。化学者に憧れて高校2年の秋まで化学の道に進むかピアノか、迷いました。高1の時ウィーンに短期留学して、現地の先生からピアノを学ぶ機会があって、世界が広がったんです」
中高では『開成ピアノの会』を立ち上げて文化祭で演奏したり、管弦楽団でコントラバスを担当した。また、国内のコンクールに出場して受賞を重ね、熟考の末、東大ではなく東京音大に進学した。
「大学では、複数の先生についてピアノを学んでいます。音楽を演奏するのは技術だけでなく解釈が大切で、先生との対話のなかで学ぶことが多いんです。常に曲全体を俯瞰(ふかん)するように見る力、センス、処理能力、どれもとても重要です」
好きなのは主に20世紀の音楽。ロシアの作曲家プロコフィエフの「戦争ソナタ」やラフマニノフなど「硬い曲」を好んで弾いてきたが、この数年「甘い曲」も弾けるようになったという。
「自分の力がヨーロッパで通じるのか試してみようと、昨年初めて国際コンクールに出たら、日本とはぜんぜん違った。日本では『こう弾かなきゃ』ですけど、欧州では『俺はこう弾く、私はこう弾く』っていうのがすごくはっきりしている。個性的なんです。その上でちゃんと弾けて、解釈が共感されるかどうか、そこが審査されるように感じました」
初めて出場した国際コンクールでリストを弾き、最高位とともに聴衆賞と、サン=サーンス最優秀解釈賞も受賞した。
「リストを尊敬しています。リストのすごいところは、音楽だけじゃなく文学とか美術とか芸術分野全般に博学だったこと。そういう音楽家が目標です。超絶技巧のピアニストと言っていただくことがあるんですが、僕自身はピアニストじゃなく音楽家でありたいと思っています」
国際コンクールで受賞して、国内でのコンサートの依頼がぐっと増えたと言う。
「今、ほとんど毎週公演があります。実はコンクールのあとダイエットして、30キロくらい減量したんです。オファーが増えたのはそれもあるかな(笑)。
来年は大きなプロジェクトにも参加が内定しました。音楽に例えれば、今は序章から主題に推移しているころかなと思います。ソナタ形式の型のある人生ではなく、幻想曲のような気まぐれな展開の人生を奏(かな)でたいですね」
Profile
かや・しょうた/2000年、東京生まれ。’18年、三善晃ピアノコンクール最優秀特別賞受賞など多数の国内コンクールで入賞。’22年9月、『Voice of Liszt』でCDデビュー。東京音楽大学ピアノ演奏家コース・エクセレンス4年在学中。ソロの他、オケとの共演も



撮影:足立百合撮影協力:東京音楽大学