世界王者・寺地拳四朗が明かす「日本ボクシング界の苦境と試練」 | FRIDAYデジタル

世界王者・寺地拳四朗が明かす「日本ボクシング界の苦境と試練」

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平成までは、ボクサーといえば「喧嘩自慢な青年」…というイメージがあったはずだ。令和のボクサーは違う。眼前の青年は表参道の美容室でカット(1万7000円)してきたばかりの髪型で、もちもちの肌で絶えず笑顔を浮かべている。左手の拳頭が若干ゴツゴツとしていることを除けば、ボクサーとは程遠い印象だ。

優しい笑顔を浮かべるこの青年が、現役世界チャンピオンの寺地拳四朗(30)
優しい笑顔を浮かべるこの青年が、現役世界チャンピオンの寺地拳四朗(30)

「僕の中で伝説があって、4年前の4度目の防衛戦の直前、父とファミレスに入ったら、若い女性の店員さんから『12歳以下のお子様用のドリンクバーはあちらです』と真顔で言われたんです。童顔とは言われるけど、まさか小学生に間違われるとは(笑)。減量で顔がコケて小さく見えていたからかな?」

“笑撃”の告白をするのは、三十路の世界王者の寺地拳四朗(BMB)だ。11月1日、世界ライトフライ級王座統一戦で京口紘人に7回2分36秒TKO勝ち。本来なら激闘のあとは「つかの間の休息」を楽しむものだが、この王者はちょっと違う。

既報のように、11月7日、プロボクシング業界を支援する自民党の議員連盟「プロボクシングの発展を応援する国会議員の会」の初会合が自民党本部で開催された。競技人口の減少やジムの経営難、ファイトマネーの低下、引退後のセカンドキャリア構築の難しさといった課題が話されたが、寺地も現役王者としてこの会合に参加し、国会議員へ支援を訴えた。

「コロナでどの業界も大変でしょうが、ボクシング業界も例外ではないんですよ」

会合への参加を決めた理由を聞くと、シンプルな答えが返ってきた。

「いまも第8波が来つつありますが、2年前のコロナの時は大変で、僕が練習しているジムも一時閉鎖されたので、外で走ってばかりいました。世界戦の見通しも立たず、試合がしたいと願いながら走ることしかできなかった。

コロナで試合が流れたため、先も見通せずに辞めてしまった選手もいた。ジム経営についてはわかりませんが、コロナでどのジムも厳しいのは間違いないです」

ボクシングはスポーツである一方で、興行でもある。チケット収入を得ることで成り立つ。入場制限などのコロナ対策は直接のダメージとなった。接触スポーツのために感染のリスクも高いと思われ、練習生も減っていった。存続も危ぶまれたジムは日本中にたくさんあろう。

一方で、ボクシングは井上尚弥や寺地をはじめ世界王者を数多く輩出してきた、日本を代表するスポーツだ。政治家にもファンは多く、現状を憂う声は政界からも上がっていたようだ。そこで、行政からの支援を得るためにボクシング業界が一丸となり、自民党の議員に訴えていく方針となった。

寺地に練習環境を提供する三迫ジムの三迫貴志会長がこう続ける。

「選手を育成していくためには試合を組まないとなりません。2020年7月の日本タイトルマッチはすべて無観客で開催しました。その後は感染状況を鑑みながら、一席ずつ飛ばして50%で開催したり、いろいろ努力をしてきました。それでも、試合直前に選手やトレーナーらが感染した場合は試合が流れる。当然赤字になります。いまも後楽園ホールはコロナ対策が厳重で、立ち見席のチケット販売が禁止のまま。以前のような形で興行が打てない状態です。

各国の水際対策にもばらつきがあるので、外国から選手を呼びたくとも呼べない。観たい、と思わせるカードが提供できなければファンも離れていきます。人気がなくなれば練習生も減り続けていきます。

これらの課題を、個別ジムの自助努力で解決するのは難しい。各界からの支援が必要なのです」

ボクシングは何年かに一度、スター選手が誕生しブームが訪れる。スターが誕生すると、それに触発された若者がジムを目指した。平成の初期まで辰吉丈一郎や畑山隆則が熱い試合をすると、街でくすぶる若者がジムを目指した。

コロナ禍でも、井上尚弥や村田諒太ら日本人スターの活躍は見られた。とはいえ、彼らはボクシング界全体でみれば一握りの「スーパー選手」。かつ、アマチュアでも輝かしい実績を誇ったアスリートである。以前のような、町の若者たちが憧れる存在とはちょっと違う。

代わって、いまの若者の間では、格闘家の朝倉未来がプロデュースする1分1ラウンドのイベント『Breaking Down』が話題となっている。元芸能人や元不良、YouTuber、企業創業者など雑多な選手が参加するイベントで、「素人の喧嘩自慢」の粋を出ない試合も多々あるが、注目を集めた試合はYouTubeで700万回近く再生され、コンテンツとして成功している。「あんな注目を集めてみたい」と憧れる若者も現れているようだ。

このままではボクシングの人気も食われてしまう。寺地は若干焦りながらも「だからこそ、いま、ボクシングの魅力を説いていかなければならない」と力説する。

「たしかにBreaking Downは話題ですよね。でも、人気は一時的なものかもしれないな、と冷静に見ています。そしてチャンスだな、とも。自分が小学生の時に、テレビ番組『ガチンコ!』のファイトクラブが流行りました。不良を集めてボクサーに育てる、というエンタメ要素の強いボクシング企画で、サッカー少年だった僕も夢中になって観てました。でも、あの企画も長くは続かなかった。あの企画からは本物のボクサーも生まれなかった。

それでもあのブームでボクシングに関心を持つ若者が増えたのは間違いない。Breaking Downが話題のいま、格闘技人気全体の裾野が広がっている、と解釈もできる。Breaking Downで格闘技に興味を持って、僕らの試合を観に来てくれるかもしれないし、ボクシングやってみようかな、という人も出ると思います。だからいまこそ、ボクシングの火をもう一度大きくするチャンスなんです」

井上尚弥や村田諒太の2人にはまったく及んでいないけど、と笑いながら寺地はこう続ける。

「知名度も含めてその2人に近づきたい。政治に支援をお願いするだけじゃなくて、僕は僕にできることを尽くして、ボクシングを盛り上げたい。いくら支援があっても、スポーツとしての魅力がなければ意味がないので。

いまはアメリカのリングで海外の有名な選手と戦いたい。調整の難しさとかあるでしょうが、海外でも結果を出す自信はありますから」

腰にチャンピオンベルトを巻き、背中に業界を背負った寺地。それでも彼から重苦しい雰囲気は漂ってこない。特有の明るさが、業界の未来を照らしていくことを願いたい。

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寺地拳四朗(てらじ・けんしろう)
1992年1月6日生まれ、京都府出身。小学生の時はサッカー少年で、中学ではテニス部に所属。奈良朱雀高校でボクシング部に入部。関西大学に進学し、国体優勝。17年5月、WBC世界ライトフライ級王座奪取。父の永氏は元日本ミドル級王者。父が会長を務める、京都宇治市のBMBジム所属だが、地方では練習相手もいなく、東京の三迫ジムで練習を行っている。都内にマンションを借り、猫と暮らしている。

  • 岩崎大輔

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