明洞は空室だらけで若者は「梨泰院離れ」…韓国・ソウルの衝撃変化
旅行業界大手のエイチ・アイ・エスが発表した「年末年始の海外旅行の予約者数ランキング」で韓国・ソウルが1位になった。
ソウルが1位になるのは11年ぶりのことで、第2の都市である釜山も4位にランクイン。ビザ免除に加えて、入国後のPCR検査が不要になるなどの規制緩和や近場であることが人気の理由といえる。
日本人観光客にとってハードルが低くなったように思える韓国だが、梨泰院(イテウォン)での雑踏事故の影響もあってか、11月中旬の人気観光スポットの活気は思っていたほどではなかった。
長年、繁華街の明洞(ミョンドン)や東大門(トンデムン)で商売をしている人たちに聞くと、「当初期待していたほど日本人は戻ってきていない」と口にする。反対に「梨泰院の事故が大きく報じられたから日本人が来ないのか?」と聞かれたほどだ。
年末年始の旅行者増加を機に、かつての賑わいを取り戻せるのだろうか。
空き店舗だらけの観光スポット……梨泰院の事故が追い打ちに
韓国メディアの報道によれば、明洞の商業施設や店舗の空室率は一時期42%を超えていた。今は空きテナントも徐々に埋まり、空室率は36.9%まで低下したというが、それでもまだ4割近く空いているから驚きだ。
実際、明洞を歩いてみるとメインストリートは賑わっているが、一本路地に入れば今もなおシャッター街が続く。昼はまだいいが夜は怖いぐらいで、とても明洞とは思えない。

明洞でメガネ店を営む店主は「クリスマスから年末年始にかけて、空き店舗も埋まっていき、日本人も戻ってくるだろう」と予想するが、南大門市場の屋台では「日本人は戻ってこないけど欧米人が増えている」という声も聞かれた。たしかに観光地の明洞や南大門は、日本人よりも欧米人のほうが多い印象を受けた。
“夜も眠らない街”といわれるショッピング街の東大門は空室率が3%台で推移しているが、やはり人通りは明らかに減っている。古くからあった店にも「テナント募集」に。ファッションビル『LOTTE FITIN』はとっくに閉店し、ほかのファッションビルも営業時間を短縮または休業日を増やすなどしている。
かつて日本人が革製品を買いに訪れていた光熙(クァンヒ)市場でさえガラガラで金曜と土曜の夜は休業している。この市場で店舗を営む女性は「日本人観光客は本当に減ったし、来てくれても高い商品は買わない」と嘆いていた。
コロナ前は観光客でごった返していたチムジルバン(韓国のスーパー銭湯)も深刻なダメージを受けていた。2020年3月から休業し、再オープンしたのは今年6月。だが客足は戻っていないという。
「日本人観光客が大勢やってくるのは韓国でイベントやコンサートがあったときだけ。何もなければ、それほど多くの人は来ない」と従業員はため息をつく。さらに梨泰院での雑踏事故も大きく影響したといい、「事故後、国中が自粛ムードになり、地元の客も来なくなった」と語った。

好材料ばかりではなかった韓国旅行
「日本人観光客が思ったほど戻ってきていない」という韓国人からは「梨泰院の雑踏事故が原因ではないか」との声も聞かれたが、それよりはむしろコロナ前の韓国旅行で感じられた“気楽さ”と“お得感”がなくなったことが要因の一つではないか。
まず、燃油サーチャージの高騰により海外旅行そのものが贅沢なものになりつつある。コロナ前に千円程度だった燃油サーチャージはいまや1万5千円を超えている。
日本人観光客にとっては円安も大打撃だ。10年前は1万円を両替すれば15万ウォンになったこともある。それが今ではせいぜい9万4千ウォンにしかならない。
それに加えて韓国の物価は日本以上に上昇している。気軽に食べていたソルロンタンや冷麺も高くなり、江南(カンナム)の洒落たカフェでコーヒーを飲む気にもなれない。買い物するにしても、似たような商品を日本で買ったほうが安いのではないか。
また、ビザが免除になったとはいえ、何もせずに韓国旅行できるわけではない。事前にネットで「K-ETA」(大韓民国電子旅行許可)を申請する必要があり、現地での手続きを短縮するために「Q-CODE」(検疫情報事前入力システム)の登録も推奨される。
それだけの手続きを踏んで行っても、金浦空港からソウル市内に向かうリムジンバスは今現在も運休している。
日本への入国も、廃止された「My SOS」(入国者健康居所確認アプリ)に替わって、「Visit Japan Web」アプリの登録が推奨される。ワクチン3回接種済み証明書の提示も求められ、提示できなければ日本への出国前72時間以内の検査証明を提出しなければならない。
燃油サーチャージの高騰で以前よりお金がかかるだけでなく、準備する時間と手間もかかるのだ。
観光スポットから消えたのは日本人観光客だけではない! 韓国の若者の動向にも変化が……
人気観光地の明洞や南大門、東大門を見ると日本人観光客が思ったほど戻っていないように感じるが、一方で大勢の若者たちで賑わっている街もある。
若者に人気の弘大(ホンデ)や合井(ハプチョン)は、夜になると行列ができる店も少なくない。この様子を目にした韓国人女性は「梨泰院で遊んでいた若者たちも流れてきてるのではないか」と推測する。
また、延南洞(ヨンナムドン)や聖水(ソンス)といった人気エリアも若者たちで溢れ返り、Instagramへの投稿も多い。こうした街には韓国の若者たちが集まるため、日本からの観光客減少や梨泰院での事故の影響はさほど受けていないという。
反対に「美味しいものが食べたい」と思っても、「わざわざ混雑した繁華街まで行く必要はない」と考える人たちも少なくない。
韓国はコロナ前から“ペダル文化”が根付いていた。“ペダル”とは配達や出前のことで、たとえジャージャー麺1杯でも指定した場所まで届けてもらえる。コロナにより出前がさらに増えたのは言うまでもない。
韓国では「配達の民族」をはじめとする配達アプリの使い勝手が良く、日本で人気の「Uber Eats」もそれらの競合他社にはまったく勝ち目がなく、コロナ前には撤退している。
ショッピングも同じだ。数年前には夜の東大門で買い物していた韓国人も今はネットショッピングですべて完結する。韓国に長く住む日本人女性も「よほどのセールでない限り、化粧品も洋服もネットで買ったほうがずっとお得。わざわざショッピングに出かけようとは思わない」と話す。
つまり、明洞や東大門といった人気スポットで減ったのは日本人や中国人観光客だけではなく、一定数の韓国人も減っていたのだ。
それでも明洞の商売人魂はたくましい。歩いているとこんな声も聞かれた。
「お客さん、店の中には“完璧なニセモノ”がありますよ!」
そこだけはコロナ前の明洞のままだった。

取材・文:児玉愛子(韓国コラムニスト)
韓流エンタメ誌、ガイドブック等の企画、取材、執筆を行う韓国ウォッチャー。
メディアで韓国映画を紹介するほか、日韓関係のコラムを寄稿。