「何を描きたい?と聞かれたのは数年ぶり…」TBSが韓国ウェブトゥーン参入で見えた課題と驚きの戦略 | FRIDAYデジタル

「何を描きたい?と聞かれたのは数年ぶり…」TBSが韓国ウェブトゥーン参入で見えた課題と驚きの戦略

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〈TBSが世界で初めてビジネス系の子会社を設立したのは韓国・ソウルだった。そしてその会社は、今注目を集める縦スクロール電子漫画「ウェブトゥーン」の制作会社だという。

なぜ日本のテレビ局が、韓国でウェブトゥーンなのか? そして、そのビジネスはうまくいっているのか? 関係者にインタビューすると、そこには驚きの戦略と、意外な韓国ウェブトゥーンの現状があった〉

今年5月、TBSがソウルに設立した「ウェブトゥーン」の制作会社「Studio TooN(スタジオ・トゥーン)」は、TBSと韓国のウェブトゥーン最大手「NAVER WEBTOON」、日本のウェブトゥーン制作会社「SHINE Partners」の3社が出資する新会社。

ヘッドハントするなどして韓国人クリエイターを集め、ウェブトゥーンを制作して韓国のデジタル漫画プラットフォーム「NAVER WEBTOON」で連載&ヒットを狙うのが当初の目標だという。

実質的に業務は今年8月上旬からスタートしたという「Studio TooN」の、設立からほぼ4か月経った今の状況について、TBSから現地に赴任している長生啓(ながお あきら)代表取締役会長と、韓国ウェブトゥーン制作経験の長い岩本炯沢(いわもと けいた)代表取締役社長(「SHINE Partners」社)のおふたりに話を聞いた。

「Studio TooN」の長生啓会長(左)は韓国に駐在中、岩本炯沢社長(右)は日韓を往来しながらウェブトゥーン制作に尽力している
「Studio TooN」の長生啓会長(左)は韓国に駐在中、岩本炯沢社長(右)は日韓を往来しながらウェブトゥーン制作に尽力している

意外なほどクリエイターが多数応募してきた

「Studio TooN」の本社はソウルの学生街であり、流行の先端をいくホンデ(弘大)のシェアオフィスにある。このオフィスには韓国人クリエイターたちが日々訪れる。「Studio TooN」の入社面接のためだ。

韓国ではウェブトゥーンを「スタジオ体制」と呼ばれる、6人1組くらいのチームで制作するケースがここ数年で一般的になっている。クリエイターを社員として社内に抱え、分業制でどんどん制作をしていくのが効率的なのだ。「Studio TooN」もまずはこうした「社内クリエイター」たちを確保することが最初のミッションだ。

岩本「韓国ではウェブトゥーンはすでに出来上がっている産業なので、人を探すのが大変なのではないかと当初は思っていました。しかし、想定していた以上に人がたくさん応募してきているなというのが実感です。これは多分、思ったよりも同業他社に問題点が多かったため、日本と韓国のウェブトゥーン関係会社とTBSの3社が設立した新会社に期待感が大きかったからだと思います。」

長生「韓国に乗り込み、どうなるんだろう?と思いましたが、順調にスタートを切れたと思います。20人ほど社員クリエイターとなる作家を面接しましたが、みんな思った以上にTBSをはじめとする日本のドラマを見ています。『日本のコンテンツの作り方を学びたい』という気持ちが非常に感じられますね。」

韓国ウェブトゥーンの決定的問題点は?

日本の漫画とは違い、ネットで読みやすいように縦スクロールでオールカラー。「インスタントコンテンツ」や「スナックコンテンツ」と呼ばれるウェブトゥーンは、何かをしながら片手間で読むコンテンツだ。あまり作り込むと読まれないという。

日本では正直まだ軽く見られがちな存在ではあるが、『梨泰院クラス』などウェブトゥーン原作の韓国ドラマが日本でもヒットしたり、日本でも読者が急増していて存在感は増している。

すでに韓国には、ウェブトゥーン学部がある大学が何十もあるという。そして、「ウェブトゥーン学会」なるものまである。それだけ韓国では巨大なビジネスとして社会に定着しているが、その問題点もあるという。

岩本社長は、韓国留学後、韓国のウェブトゥーン業界で働いていた日韓バイリンガル。しかも、日韓両国のウェブトゥーンの先駆者とも言える業界を知り尽くした人物だが、その岩本社長の目には、最近の韓国ウェブトゥーン業界は若干「ビジネス化しすぎている」ことの弊害が見えているのだ。

岩本「韓国のウェブトゥーンの制作現場は、少しでも給料を上げるためなら転職を繰り返す超転職社会で、日本の“漫画家”像とはずいぶん違います。今回面接で『描きたいのはどんなものですか?』と聞いたら、『そんなことを聞かれたのは数年ぶりだ。最近は“今売れているこんな話を描けますか?”としか聞かれない』と応募者に言われました。

韓国のスタジオ体制では、どんどん制作して、半年で作って世に出す、というのが当たり前。作家的な発想は無視されていると言えると思います。でも私は常日頃から言っているのですが、韓国のウェブトゥーンがビジネスで終わるのか、文化になるのか。文化にするにはクリエイターの力が必要だと思っているのです。」

つまり、「Studio TooN」は韓国の地で「日本の漫画家的な『作家の発想』を取り入れて、韓国のスタジオ体制をうまく活用しつつ、日韓のいいとこ取りをしながらウェブトゥーンを産業から芸術に昇華させていくのが目標」なのだという。

現地で勉強しつつ“イッチョカミ”する大切さ

ではTBSはなぜ韓国のウェブトゥーンに着目したのか。韓国ドラマの買い付けを長年担当した長生会長はその理由をこう語る。

長生「日本だけをターゲットとしたエンタメビジネスの時代は確実に終わります。グローバルに展開しないといけない。韓国のドラマ制作会社を買おうという話もありましたが、高くてとても手が出せなかった。しかし、『ドラマは無理でも、原作ならいけるかも』ということで、当時から飲み仲間だった岩本さんに声をかけたんです。」

テレビ局というのは、いくら制作したドラマがヒットしても「原作」の権利を持っているわけではない場合が多い。TBSも『花より男子』や『逃げるは恥だが役に立つ』など、漫画原作を次々ヒットさせてはいるが、あとの展開が何かあるわけではない。『重版出来』などはTBSのドラマを見て韓国でドラマ化されたが、いくらリメイクされてもTBSには1円も入ってこない。

そんな中でTBSも「より一層オリジナルの知的財産を増やし、原作を確保する重要性」に注目し、長生さんは韓国ドラマのヒット作にウェブトゥーン原作が多いことからも、「ウェブトゥーンを勉強しなければ」との思いを強くしたという。そして「どうせ本場韓国で勉強するなら、会社を作ってしまおう」と思い至ったということだ。

長生「いかに日本のテレビ屋の発想がドメスティックだったかということです。TBSも小さな一歩ですが、ちゃんと海外に出ていこう、と。まずは韓国人の作家と韓国でウェブトゥーンをヒットさせます。韓国でヒットすると自然にそれは世界へと流れていきますので。もちろん日本でTBSのドラマの原作にすることも視野にあります。

日本はまだまだウェブトゥーンを軽視していますが、馬鹿にしていると怖いことになると思います。携帯電話でもそうでしたし、ドラマもそうでした。いつの間にか日本だけがガラパゴス的に取り残されてしまうのが怖いんです。日本漫画さえガラパゴス化してしまうかもしれません。そうならないように、私たちは韓国に来て、実地に学びつつ“イッチョカミ”していくのです。」

テレビ局然り、それ以外の産業然り。日本の弱さと欠点は「慎重すぎて冒険しないこと」と「新しいチャレンジを恐れてしまうこと」にあると私は思う。それが今の日本のテレビの衰退を招いてしまったことは、多分疑いようもない事実だろう。

そうした意味でも、TBSが「ウェブトゥーンの本場韓国での挑戦」を始めたことは非常に意義深いと思うし、ぜひ日本のテレビ局として韓国で爪痕を残してもらいたいものだと期待している。

  • 取材・文鎮目博道/テレビプロデューサー・ライター

    92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。江戸川大学非常勤講師。MXテレビ映像学院講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)

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