ドイツの「トンデモ・クーデター」未遂の深層…陰謀論とロシア工作と極右思想の親和性に警戒せよ | FRIDAYデジタル

ドイツの「トンデモ・クーデター」未遂の深層…陰謀論とロシア工作と極右思想の親和性に警戒せよ

〜黒井文太郎レポート〜

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12月7日、ドイツ全土で極右グループによる「クーデター」の摘発があった。当局は容疑者25人を拘束。クーデターは未遂に終わったが…  写真:ロイター/アフロ
12月7日、ドイツ全土で極右グループによる「クーデター」の摘発があった。当局は容疑者25人を拘束。クーデターは未遂に終わったが…  写真:ロイター/アフロ

12月7日、ドイツで奇妙な事件が起きた。クーデター計画が事前に摘発されたというのだ。

摘発された計画はかなり大規模なものだ。陽動作戦として電力網を破壊し、社会に混乱をもたらした間隙に、武装したグループで連邦議会を襲撃。議員たちを拘束するとともに、首相を処刑するという内容だった。

そして、新たな国家元首にはハインリヒ13世ロイス公という人物が就き、極右政党「AfD」(ドイツのための選択肢)のビルギット・マルサック=ヴィンケマン元連邦議会議員が司法相となって反対派を粛清することになっていた。一連の捜査で逮捕されたのは、これらの中心人物を含む25人だが、当局はさらに摘発を進めるとしている。

ドイツのような民主国家で「今どきクーデター?」という意外な話だが、首謀したのは「ライヒスビュルガー」(帝国の市民)という「(19世紀にビスマルクが作った)ドイツ帝国はまだ存続している」という妄想を共有する人脈に連なるグループで、その中心的存在が前述のハインリヒ13世だった。71歳の彼は旧ドイツ帝国地方貴族の子孫で、現在も王子を自称している。

ドイツ帝国復活を目指す2万人の変人たち

もっとも、ライヒスビュルガーはきちんと統制された組織ではない。

第2次世界大戦の敗北で「外国に強要されて形成された」民主主義体制の権威を認めず、ドイツ帝国復活あるいは自治を目指すという荒唐無稽な極右思想の人々が、緩やかに連携する仲間内の「運動体」にすぎない。一部のメンバーは納税を拒否して騒動を起こしたり、「帝国」独自の旅券や運転免許を作ったりしている。ドイツ国内で1980年代から活動してきたが、そのトンデモぶりで、つまりは「変人集団」扱いされてきた。

ただ、危険なことに、武力による権力奪取を語るメンバーも多くいて、彼らは銃を保有している。2016年にはメンバーの自宅で警官隊と銃撃戦になり、警察官1名が殺害された。今回のクーデター計画摘発でも、警察が全国で捜索した約150カ所の拠点のうちの約50カ所で武器が押収されている。

ライヒスビュルガー自体は多様な極右組織や個人を横断する緩やかな仲間内なので、正式メンバーというかたちはとっていないが、このグループに連なる極右ネットワーク全体の勢力は2万数千人。その5%程度、すなわち約1000人ほどのコアなメンバーが、暴力的な過激派人脈という。今回の事件に関与したのは、そのまたほんの一部ではあるが、背後に過激な人脈が1000人規模で存在するという現実は、けっして軽視できない。

パンデミックと陰謀論で勢力を拡大

ライヒスビュルガーの主張や行動パターンは、米国のQアノン支持者に酷似している。

新型コロナのパンデミック以降、コロナ自体の存在を否定し、反ワクチンを主張し、ドイツ政府のコロナ対策を批判してきた。コロナ対策と称した政府の施策は、ドイツを破壊する巨悪の陰謀だという「陰謀論」だ。

実際、ライヒスビュルガーの多くのメンバーが、「米国では民主党上層部を中心とする小児性愛者たちによる巨悪な権力集団ディープステートがいて、トランプ前大統領は彼らと戦う英雄だ」との陰謀論を主張するQアノンに共鳴している。そしてドイツでも同じように「ユダヤ人やリベラル派の巨悪集団の陰謀で、ドイツ民族が窮地に陥っている」という陰謀論を主張している。

こうした陰謀論者のトンデモ言説は今に始まったことではないが、ライヒスビュルガーの勢いはパンデミック以降、かなり拡大したようだ。感染対策のために行動の自由が制限された閉塞感から、SNSで反ワクチン陰謀論が一部に広がった影響と思われる。

裁判官や軍の特殊部隊出身者も参画

警戒すべきは、このトンデモ陰謀論のグループに前述した元連邦議員のほかにも、裁判官や警察官、軍人が複数参加していたことだ。

とくに注目されるのは、同グループの軍事部門責任者であるルディガー・フォン・ペスカトーレ元陸軍中佐だ。彼はもともと特殊部隊の幕僚や指揮官を歴任した軍人で、第251空挺大隊指揮官だった1996年に武器の不正持ち出しで摘発されて退役したが、当時、彼はいずれ精鋭の特殊部隊「KSK」(陸軍特殊戦団)の指揮官になるとも一部で目されていたドイツ軍特殊部隊のまさにエリート軍人といってよかった。

さらに今回、KSK現役隊員のアンドレアス・M軍曹も摘発対象となり、KSK本部基地も捜索された。Mはかねて極右思想が危険視されており、軍防諜機関「MAD」(軍事保安局)の監視対象だった。近年はディープステート批判や反ワクチンの言動も顕著になっていたという。

ちなみにKSKは2017年にも、隊員50人がナチス崇拝を行ったとして問題になったことがある。2020年にも武器紛失事件が発生し、当時の国防相が隊の一部を解散し、全体的な透明性向上と体質改革を命じたほどだ。ドイツ軍では冷戦時代、さかんに反共・愛国主義指導が行われていたが、冷戦後も特殊部隊の一部に極右的な体質が維持されたということかもしれない。

ロシアの情報工作に乗せられて

ところで、ライヒスビュルガーのメンバーには、ロシアのウクライナ侵攻を支持する言動も多い。ロシアが拡散する米国批判のプロパガンダを妄信する傾向が、顕著にある。つまり、彼らはロシアの情報工作にまんまと乗せられているともいえる。

これは今回の件だけでなく、世界的な傾向でもある。排他的・差別的な民族ヘイトや宗教ヘイトの拡散をロシア情報機関は欧米社会分断のために仕掛けているが、それに欧州の極右勢力が同調するというのは、とくにここ10年ほどで顕著になっている。かつて冷戦時代は、左翼勢力がソ連による情報工作のターゲットだったが、いまや完全に、情報工作の対象は極右勢力になっており、現在の欧州の極右には反リベラルからの流れでプーチン支持派が非常に多い。

この傾向は米国も同様で、ロシアの情報工作はQアノン信者のトランプ支持層に深く食い込んでいる。そもそもQアノンの黎明期に、ロシア工作機関系SNSアカウントがその拡散に大きな役割を果たした形跡もある。

このように、現在は世界的傾向として、ロシアの情報工作の影響下で「プーチン支持」「Qアノン」「反ワクチン」「極右思想」などが陰謀論という共通言語で深く繋がっている。それは日本のネット言論空間でもしばしば見られる

もっとも、こうしたことは個人の信条の問題というより、SNS社会の登場で、陰謀論的トンデモ情報の拡散パワーがきわめて強くなったことが背景にある。そして、その裏にはロシア情報工作の計算された誘導がある。

今回のドイツのクーデター未遂事件でも、ドイツ人以外の唯一の外国人として、ヴィタリア・Bというロシア人が逮捕されている。事件の首謀者であるハインリヒ13世は、ベルリンのロシア大使館を通じてプ―チン政権の代表者とのコンタクトを図っているが、その仲介役をヴィタリア・Bが務めたとのことだ。

今回の「クーデター計画」にロシア工作機関が関与した証拠はないが、ロシアからすれば、こうしたトンデモ陰謀論のグループを手玉にとることはたやすい。

7日、数千人の警察官が、政府転覆を企てたとされる極右過激派の容疑者に対して家宅捜索を実施した。写真は、声明を発表するピーター・フランク連邦検事総長
7日、数千人の警察官が、政府転覆を企てたとされる極右過激派の容疑者に対して家宅捜索を実施した。写真は、声明を発表するピーター・フランク連邦検事総長
  • 取材・文黒井文太郎写真ロイター/アフロ

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