仰天!100歳の台湾人現役革命家・史明が「中国に立ち向かえ!」

蔡英文総裁の「相談役」を務め、日本では自伝も刊行された男の驚きのヒストリー 寄稿:田中 淳

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中国は虎視眈々と「中台統一」という名の台湾併合を目論んでいる。その台湾に100歳を超えた今も、意気軒昂として「独立」を叫び続ける革命家がいる!

台湾は、対中戦略を誤れば国そのものが呑み込まれる危険性に直面しており、1年後に迫る次期総統選の結果が台湾の行く末を大きく左右する。再選をめざす蔡英文総統にとって今年は正念場だが、孤軍奮闘する彼女の陰には常に老革命家・史明(しめい)の叱咤と鼓舞があった。

伝説の革命家にして100歳で現役の革命家、史明(しめい)

 

早稲田大学在学中の史明。卒業後は中国大陸に渡り、中国共産党のスパイとして暗躍する

「中国による一国二制度(という名の台湾併合)は断じて受け入れない。全力で台湾の立場を守る!」

正月明け早々から、蔡英文総裁は力強く毅然としたメッセージを連発し、市民を驚かせている。昨年11月の統一地方選で蔡の率いる与党・民主進歩党(民進党)は惨敗したが、それがかえって蔡を奮い立たせる契機となったようだ。顔の見えなかった沈黙の総統が「モノ言うリーダー」に変貌しつつある。

中国の習近平国家主席が1月2日、台湾人に対し「一国二制度(による統一)を選択しなければ武力行使も排除しない」と演説し、台湾市民は激しく反発。蔡は即座に明確な「NO」を突きつけ、台湾の自主性と民主を守り抜く姿勢を鮮明にした。

その蔡英文が「精神的支柱」「台湾独立運動の先駆者」として慕い、絶大な信頼を寄せるのが、冒頭で触れた100歳の革命家・史明(しめい)だ。おじさんを意味する台湾語「欧吉桑(オゥジサン)」の愛称で知られ「台湾独立運動のゴッドファーザー」の異名をもつ。

史明とはどんな人間なのか。

台湾の資産家一族に生まれた史明は早稲田大学に留学中、日本の台湾植民地統治を批判するようになり、社会主義に覚醒した。その後、密かに大陸へ渡って中国共産党のスパイとして暗躍し、鄧小平に引き立てられるが、党の実態に絶望して逃亡。戦後は台湾に戻って蒋介石の暗殺を企てるが失敗し、亡命先の日本で40年以上、台湾独立を実現するため、時にはテロ行為も辞さない危険な地下工作を支えてきた。

中華人民共和国は今年、建国70周年を迎える。建国前の中国共産党や、中国人民解放軍の前身である「紅軍」時代を知る生き証人は、もはや数えるほどだ。しかも史明のように自ら共産革命に身を投じ、70年以上前から冷徹な目で中国共産党の腐敗や欺瞞を見抜いていた人はいないだろう。彼の存在自体が伝説なのだ。

史明が開いた「新珍味」は現在も池袋西口で営業中。この店舗の上階で地下工作支援を続けていた

日本に亡命した史明は、東京・池袋で中華料理店『新珍味』を営む傍ら、庶民の視点で書かれた初の台湾通史『台湾人四百年史』を執筆。台湾社会の民主化や、台湾市民が「自分は中国人ではなく、台湾人だ」と自覚するアイデンティティーの形成にも、大きな役割を果たしている。

武者小路実篤との交友、愛する日本人女性との戦場逃亡劇、沖縄県尖閣諸島を経由しての「台湾密航」、70代にして自らハンドルを握りアメリカ大陸横断講演――etc。

史明の波瀾万丈な人生は、ヘタな冒険小説を遥かに凌ぐ驚きに満ちていると言っていい。

外交承認国はわずか17、「国家」ではない台湾

そもそも台湾はなぜ「独立」しなければならないのか? 日本人の大半はよくわかっていないのが実情だ。

2300万人の総人口と固有の領土、元首、政府、軍隊、法律などを擁する台湾が主権国家であることを疑う人はいないだろう。だが台湾の正式な国名は「中華民国」。台湾、ではない。

戦後、中国で毛沢東との覇権争いに破れた蒋介石と中国国民党政権は、それまで植民統治していた日本と入れ替わるように台湾を接収し、1912~49年の中国の統一国家「中華民国」をそのまま持ち込んで新たな台湾統治者となった。

大陸から台湾に逃れてきた中国人(外省人)は当時、約150万人。支配者層の彼らは約600万人の台湾人(本省人)に「中国人」であることを強要。事実上の植民統治を強いるようになる。

要するに台湾は、17世紀のオランダ統治時代から2008~16年の馬英九総統時代まで、ごく一時期を除き、400年以上も外来政権によるいびつな支配が続いてきたわけだ。

2000年と16年に国民党から民進党への政権交代が実現したが、台湾は今も、国号(国名)、憲法、国歌、国旗、軍制、官僚機構といった国の大もとは「国民党(=中国人)政権時代の中華民国」が作ったものをそのまま継承している。

さらに、中華民国(台湾)と中華人民共和国(中国)がともに「当方こそが正統にして唯一のChina」と主張し、特に中国が台湾の立場を認めようとしない現状も独立問題をややこしくしている。

1972年、台湾は中国の国際連合加盟に反発し、自ら国連を脱退した。中国はその後、台湾との断交を条件に多くの国・地域と国交を結んだため、台湾の外交承認国は現在17のみ。「国家」として認められていない台湾はどうしても、国際的協調が不可欠な場面で不利にならざるを得ない。

だから史明は「民主化と経済成長が進み、どれほど市民の台湾アイデンティティーが高まろうとも、『中華民国』や『中華民国憲法』を捨てない限り台湾は真の独立国になり得ない」と主張し続けるのだ。

生ける伝説は「総統府資政」=総統最高顧問

「国家転覆を企み、海外に逃亡した重罪人」として台湾政府から指名手配を受けていた史明は1993年、民主化を受けて40年ぶりに台湾への本帰国を果たした。

だが民主化の進む台湾が「中華民国」の不正常な状態から脱しないまま、中国との軍事的緊張を緩和し、経済成長する中国へ急速に接近していく状況に、史明は危機感を深めていく。

そして2014年、台湾全土を揺るがした「太陽花学運(ヒマワリ学生運動」が発生。台湾サービス業を中国に市場開放しようとする馬英九政権に対し、市民の怒りが爆発した。

この運動では、史明の謦咳(けいがい)に接した20~30代の若者たちが先頭に立って馬政権の親中政策にクサビを打った。この運動は2016年、民進党の蔡英文政権が発足する原動力にもなる。

なにより、当時95歳の史明自身がヒマワリ学生運動のデモ現場に何度も出向いて学生たちを叱咤激励する姿は、テレビやインターネットを通じて「生ける伝説」の存在を強烈に印象付けた。多くの若者にとって史明は「聞いたことはあるが歴史上の遠い存在」にすぎず、「まさか健在だったとは!」と驚いた者が少なくなかったからだ。

その後、史明の支援する蔡英文が台湾初の女性元首に就任。史明は98歳で蔡の相談役である「総統府資政(総統最高顧問)」を命じられた。

2019年1月10日の夜も史明は極秘で総統官邸に招かれ、国政運営への助言を求める蔡に率直な提言をしている。

史明のヒストリーは日・台・中の激動の歴史そのもの

史明の日常は100歳の今も実に多忙だ。
90代になって白内障手術の失敗から左眼の視力を失い、足腰の衰えで車椅子を使うようになったが、その思考はますます冴え渡る。

朝は台湾と日本の新聞をなめるように読み、ローストチキンから新作スイーツまで何でも食べる健啖家ぶりを発揮。日々、政府関係者から学生まで来訪者は絶えず、午睡のあとはワインや日本酒の杯を傾けながら、心ゆくまで独立談義に花を咲かせる日も多い。

「健康の秘訣は週1回の水泳だ。旧制中学時代に台湾北部・基隆(キールン)港の沖合で遠泳してから85年以上、欠かさない。足腰が悪くなってからはますます、水に揺られるひとときがなんとも心地いい」(史明)。

2017年11月。蔡英文総統は史明99歳の誕生祝宴に駆け付け、「あなたは生涯を懸けて、私たち台湾人に証明してくださいました。理想を決して失うことなく、尊厳と誇りを勝ち取ることの尊さを」と讃えた。

体制の中枢に身を置く蔡英文総統と、彼女を体制の外側から支援し続ける老革命家・史明。ふたりは今後も歩調を合わせながら、中国という「今そこにある危機」に雄々しく立ち向かい、台湾独立という究極の目標を実現しようとしている――。

『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』 著:史明 構成:田中 淳 2018年12月17日 定価 : 本体1,500円(税別) 序章 稀代の名優 / 第一章 暁の風 / 第二章 紅い潮 / 第三章 刃の山 / 第四章 蘇る魂 / 終章 「台湾独立」を叫ぶべからず

蔡英文総統をして「その人生は、日本・台湾・中国が歩んだ激動の歴史そのもの」と言わしめる革命家・史明。その100年の軌跡を活写した『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』が刊行された。”冒険小説を遥かに凌ぐ驚きに満ちている”史明の波瀾万丈な人生が描かれている。

2017年11月。史明の99歳の祝宴に駆け付けた蔡英文

〔ネット書店で購入する〕『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』

 

  • 革命家史明

    (しめい)本名:施朝暉。台湾独立運動家、教育家、歴史学者。1918年台湾台北出身。早稲田大学政治経済学部在学中、社会主義思想に目覚め、1942年の卒業と同時に中国へ。中国共産党の情報工作員としてスパイ活動に従事し、1946年以降、党幹部養成校の華北連合大学、華北軍政大学で学ぶ。鄧小平の命で捕虜の台湾人兵部隊「台湾隊」を組織。1949年、党の実態に絶望し脱走、台湾へ帰国。1950年に「台湾独立革命武装隊」を立ち上げ蒋介石暗殺を計画するが失敗し、1952年に日本へ亡命。以後40年間、東京池袋で中華料理店「新珍味」を営みながら「独立台湾会」を統率し、台湾独立のための地下工作を物心両面で支援。1962年に台湾市民の視点で書かれた初の台湾通史『台湾人四百年史』を上梓。国民党政権のブラックリストに載る最後の台湾人となるが、1993年帰国。台湾全域で精力的に独立のための啓蒙活動を行い、2001年「史明教育基金会」設立。過去の総統選では民主進歩党の陳水扁や蔡英文を支援し、2016年、総統府資政(総統上級顧問)に就任。

  • 田中淳

    (たなかじゅん)編集者兼記者。1973年千葉県松戸市出身。編集プロダクション、出版社勤務を経て2005年に中国・北京大学へ留学し、シンクタンクのマーケティングリサーチャーなどを経て経済系通信社の中国編集、台湾副編集長を担当。著書に『中華人民今日は酷』『中国ニセモノ社会事情─「ひ弱な途上国」の仮面を剥ぐ─』(ともに講談社)ほか。

  • 写真提供独立台湾会 財団法人史明教育基金会

Photo Gallary5

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