チームは”死に体”だった…「主将がW杯後にスキーで負傷」でわかった森保ジャパンドイツ撃破の必然
サッカー日本代表がワールドカップ(W杯)において大会前の予想を覆し、W杯優勝経験のある強豪ドイツ代表とスペイン代表を撃破。世界を驚かせた。一方で、ドイツ代表は2大会連続で1次リーグ敗退という史上初の屈辱にまみれた。さらに大会後、ドイツ代表の主将を担った世界的GKノイアーが休暇を利用してスキーで負傷。今季絶望の大けがを負い、国内でバッシングを受けた。実はW杯前からドイツ代表はピッチの内外で死に体になってしまうようなゴタゴタがあり、日本代表も戦う前にその“空気感”をキャッチしていた。
W杯を4度制したことのある強豪が2大会連続1次リーグ敗退の汚辱をこうむった。12月11日に判明した「ノイアー スキーによる負傷で今季絶望」のニュースはドイツ国内で批判にさらされた。
総合スポーツニュースサイト「THE ANSWER」によると、現役時代にノイアーと同じバイエルンでプレーし、ドイツ代表として1996年の欧州選手権優勝に貢献したマルクス・バベル氏は「大きなショックを受けた。ノイアーには回復を祈りたい」とエールを送りながらも「スキーが危険なスポーツだというのは周知のことなので理解に苦しむ」と批判した、という。
ドイツ在住のジャーナリストはこう明かす。
「ドイツ代表に対して失望したのか、ファンの心は離れており、選手たちが今回着たモデルの代表ユニフォームがサイト上で半額セールで売られています。今までにこんなことはなかった。でも今回の屈辱的な結果は偶然ではなかったことが、ノイアーの行動を追うとわかるんです」
どういうことなのか。
ドイツが日本と対戦する数日前、国際サッカー連盟(FIFA)は観戦者に認められていたビール販売が突然、禁止になったことを発表した。カタールではイスラム教の教義による「女性に対する権利制限」など人権問題や日常の飲酒ができないという習慣があったためだが、ノイアーがビール問題について会見でFIFAにかみついた。
「ファンは納得できない。最初からそう言っておくべきだったのではないか」
このノイアーの言動がFIFAの怒りを買った。FIFAのインファンティーノ会長は「フランス、スペイン、スコットランドなどのスタジアムでも酒は禁じられている。1日に3、4時間ほどビールを飲めなくても死ぬことはない」などと応戦。会長による会見は1時間以上、ほぼ会長の一方的な演説状態で続けられる異様な雰囲気だった。
カタールW杯に出場した欧州各国の代表は、「女性に対する権利制限」といった人権問題が残るカタールの現状への抗議に加え、欧州のシーズン途中にW杯が開かれたことへの不満も重なり、差別反対を示す「One Love」のメッセージ入りキャプテンマークを巻くことを決めていた。ドイツは特に2014年大会の優勝主将フィリップ・ラーム氏(39)までが大会参加のボイコットを扇動するような発言をして、ドイツ国内の世論も「反・カタールW杯」に傾いていった。
そんな国内の世論におされるように、ノイアーは日本戦前に「One Love」のキャプテンマークを付けることを明言。しかし、FIFAが懲罰を示唆したため、最終的には押し切られる形で断念した。そのかわりかどうかは定かではないが、日本戦の試合開始直前、ドイツ代表はピッチに並んだ11人の選手全員がジェスチャーで口を閉じる“反攻声明”を敢行。この行動にもFIFAはぶち切れ。全世界に流れる国際映像でドイツ代表のこの行動を完全カットする報復措置に出ていたのだ。
「もし、ドイツの初戦の相手が日本ではなくスペインだったら、ノイアーはピッチ外のことをあんなにしゃべっていなかったはず。スペイン戦に集中しなければいけなかったはずですから。『日本にはまず勝てるだろう』という余裕が油断につながったのだと思いますよ」(前出のジャーナリスト)

大会前から“死に体”にあったドイツ代表について、日本代表はどこまで把握していたのだろうか。カタールW杯を取材したベテラン記者はこう明かす。
「日本協会は2020年10月からドイツに欧州オフィスを開設しています。ドイツ代表の混乱ぶりやチームの派閥争い、ドイツ国内のカタールに対するブーイングはすべて熟知していたんです」
今夏からドイツのシャルケでプレーする吉田麻也主将はこう明かしていた。
「(W杯)本大会前にバイエルンミュンヘンとリーグ戦で対戦できたことが本当に大きかった。バイエルンの代表選手たちはW杯前にけがをしたくないという雰囲気もあった」――。
バイエルン戦に出場した吉田は0-2で敗れている。言葉だけ聞くと、何の変哲もないが、表面上の言葉以上に深い意味があった。
どんな逆境でもあきらめない「ゲルマン魂」でこれまで4度も世界王者に輝いたドイツ。昨年7月に就任したフリック監督はバイエルンミュンヘンの監督として采配をふるった2年間(2019年11月~2021年5月)で公式戦わずか2敗。「勝てる指揮官」として鳴り物入りでドイツ代表監督に就任した。過酷なW杯欧州予選も7連勝を含む9勝1分けで楽々通過。9億円をこえるといわれる年俸に見合う指導力を発揮していた。
ところが今年3月に入ると、欧州の強豪相手に4試合連続ドローと勝てなくなった。そのウラには、代表メンバーの供給源にしていたバイエルンの不調が密接に関わっていた。バイエルンで長くエースストライカーとして活躍していた、ポーランド代表FWレバンドフスキがバルセロナに移籍後、バイエルンが勝てなくなり、それがドイツ代表の調子にも影響を及ぼしていた。
勝てなくなりはじめた3月以降、くすぶっていた不満が表面化する。バイエルンの選手ばかりを偏重するフリック監督の選手選考に疑問の声が上がり、代表チームがギクシャクし始めた。そしてこんなことがささやかれるようになる。
「ドイツ代表にはバイエルンとドルトムントの2大派閥ができていた」――。
バイエルンとドルトムントは長年のライバル関係にあり、今回のドイツ代表でもバイエルンが7人に対し、ドルトムントは5人いた。ピッチ上で多く使われるのがバイエルン出身だとわかると、ドルトムント出身の選手やOBで別の「派閥」が形成されたという。故障により、W杯直前で欠場が決まった主力センターFWのヴェルナーの代役として、今季はフランクフルトに在籍するマリオ・ゲッツェが5年ぶりにサプライズ招集された。ゲッツェはバイエルンとドルトムントの2クラブに所属し、2014年大会で4度目のW杯優勝ゴールを決めた立役者。しかし、両クラブを知るベテランの加入が、2大派閥をつなげるまでには至らず、国内ではほとんど話題にはならなかった。
W杯という舞台でドイツ、スペインを撃破したことについて、日本代表の森保一監督は「世界で戦えることを示した」と明かした。個々が海外のクラブでもまれて実力をあげたこともさることながら、日本代表26人のうち、8人がブンデスリーガでプレーして、相手国が実際、どんな“空気感”なのか。肌感覚で察知できたことがプラスに働き、精神的な余裕につながったのだろう。
ドイツに勝った後に公開された日本代表公式YouTubeで、ロッカールームでイレブンと肩を組みながら吉田麻也がこう檄を飛ばしている。
「ドイツは俺らに負けるなんて1ミリも思ってないぞ。絶対チャンスあるから、そこに絶対隙があるから」
吉田は普段、身を置くドイツで、体でそれを感じ取っていたのだ。
11月23日、ドイツの1次リーグ敗退の要因となった初戦の日本戦をARD(ドイツ公共放送連盟)が放映したが、視聴率調査会社AGFの発表によれば視聴者数は約920万。前回大会の初戦は約2596万人が視聴しており、大幅に減った。ドイツ国民自体が、W杯開幕前から心が離れていた。日本のドイツ撃破は偶然ではなく、紛れもなく必然だった。
