スクープカメラマンから動物写真家へ 小原玲氏の数奇な半生

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もともとは30代以降の女性読者を想定していた『シマエナガちゃん』シリーズだが、子どものファンも多いという。「お母さんが自分用に買ったものを、気に入ってくれたみたいですね」と小原氏

かつてロッキード事件やロス疑惑の主役を追い、中国・天安門事件や湾岸戦争、ソマリア内戦の現場にも立ち会った凄腕の報道写真家。今、そのカメラが狙うのは、北の空に息づく白く小さな命だったーー。

体長わずか14センチの愛くるしい野鳥・シマエナガの姿を収めた写真集『シマエナガちゃん』シリーズがヒット中の動物写真家・小原玲氏。命がけでレンズを構え、数々のスクープを上げてきた彼は、なぜ雪の妖精に魅入られたのか? 写真以上にドラマティックな、その来歴を聞いた。

張り込み先は「シマエナガちゃん」の巣

真冬の冷気に凍る枝先に、ふわりと止まった白い羽毛の塊。そして、黒くつぶらな瞳が、こちらを覗き込んでいる……。か・わ・い・い! 思わず声を上げると、目の前にいる男性が、たちまち顔をほころばせた。

「でしょう? シマエナガがいちばんきれいなのは冬。羽毛が真っ白になるし、寒いから体を膨らませるのがまた、可愛いんですよ」

この人こそが、北海道に生息する野生の小鳥・シマエナガの春夏秋冬の生態を収めた写真集『シマエナガちゃん』シリーズを世に送り出した動物写真家・小原玲氏。大柄な体躯の、言ってしまえば“おじさん”が、この愛らしい生き物を追う第一人者なのである。

「相手は野生動物なので、基本的に仲良くはなれないですね。だから写真も、撮ろうとして追いかけると尻尾の写真ばかりになってしまう。動物写真はどれもそうですが、追いかけるのではなく、相手に来てもらうように仕向けるのがポイント。鳥の群れより先に動いて、相手が『あそこに大きなヤツがいるけど何だろう?』と見に来てくれるのを待つんです」

真冬や、ヒナが巣立つ初夏の頃は撮影のオンシーズン。動向の読めない相手ゆえ、その姿を捉えるための小原氏の手法は念入りだ。

「望遠のついたコンパクトカメラを草むらに隠して巣を狙い、その映像をスマホに送って、近くの公園のベンチで来る日も来る日も観察するんです。怪しまれるといけないので、人が近づいてきたときはAmazonプライムに切り替えて『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』を観ているフリをする。なぜ『ドクターX』か? そりゃあ、『私、失敗しないので』だからですよ。ゲン担ぎです」

ほとんどスクープ撮影ですね、と言うと、小原氏はニヤリと笑う。

「ええ。『フライデー』時代の、いちばん難しい張り込み現場と同じノウハウです」

スクープ現場、世界の紛争地……命を削る日々の中で

実は小原氏は、1980〜90年代の写真週刊誌黄金時代を支えたカメラマンのひとり。故・田中角栄元首相の病室での様子を激写し、御巣鷹山の日航機墜落の生々しい現場を伝え、ロス疑惑の故・三浦和義氏に密着するなど、数々のスクープを上げた豪腕である。

「大学を出てプロダクションに入って、ベテランのカメラマンのサブとして現場に入っていたんですが、なぜか僕だけが撮れたりしていましたね。あの頃はほぼ毎号、僕の写真が載っていました。立場はサブでも、同じ現場に行けば、撮りたくて撮りたくてたまらない人間がいちばんいい写真を撮るんです。ダンボールに体を隠して移動したり、何週間も張り込みを続けたりと、過酷な毎日でしたけど、ある意味、自分の好奇心をむき出しに仕事ができた時代。正直、面白くて仕方がありませんでした」

しかし熱狂の時期は過ぎ、写真ジャーナリズムは斜陽の時代に。’86年、ビートたけしとたけし軍団による、いわゆる「フライデー襲撃事件」の後、タレントの恋愛スキャンダルなどが主流となった業界に見切りをつけ、小原氏はさらに広い世界を求めて旅に出た。

「もともとはベトナム戦争時代のカメラマンの活動など、そういうものに憧れて報道写真を志した人間ですから、顔以外何も知らないタレントの密会現場を撮っているだけじゃ面白くもなんともない。それで、海外の紛争地を回るようになったんです」

中国・天安門事件のバリケードの内側へ。湾岸戦争の現場へ。ソマリアの内戦の最中へ、小原氏は足を運び、危険をかいくぐってはファインダーを覗き、シャッターを切った。天安門広場で戦車を前に手をつなぐ学生たちの姿を収めた1枚は、米・『LIFE』誌のその年のベストショット「The Best of LIFE」に選ばれるなど、高い評価も手にしている。

だが、小原氏の目の前に広がっていたのは、想像以上に壮絶な世界だった。

「撮っている自分も辛いし、撮られている人も辛い。それでも、撮れると『やった!』と思うし、ある瞬間には『痩せた子どもはどこにいる?』と探している自分に気づいてハッとしたりもしました。

でも、そうやって命がけで撮った写真を出版社に持ち込んでも、あまりに悲惨すぎて掲載されず、代わりにラーメン特集が載っていたりする。紛争地での仕事は、世界史の現場に立ち会っているようで、実は自分が10見たうちの1くらいしか記事にできないんだと思い知らされました。そうして、伝えられなかった辛い光景が自分の中に溜まっていくと、写真を撮るのも好きでなくなっていって……」

原点は「好き」を伝え、人を幸せにすること

そんなとき、ふと誘われてアザラシの赤ちゃんを撮影しに行くことになった小原氏。その愛らしさに魅了された以上に彼に感銘を与えたのは、写真を受け取った人の反応だった。

「掲載誌の発売日に、電車の中である女性が僕の撮影した写真のページを何度も眺めているのを偶然見かけたんです。しまいには定規を使ってページから写真を切り取り、手帳に挟んでくれて。ちなみに、すごくきれいな人でした(笑)。『フライデー』の頃も、電車に乗っていると5、6人が僕の写真を見てくれていたこともあったんですが、だいたい2、3秒で次のページに行ってしまう。でも、アザラシの写真は違いました。同じ写真でこうも違うのかと思ったら、やっぱり人に大事にされる写真を撮りたいと思うようになったんです」

「説教くさい写真は弱い。もっとも強い報道写真は、美しく、喜びや希望が見えるものなんです」と小原氏。シマエナガやアザラシの愛らしさを伝えることが、自然への興味啓発や保護意識を高めることにつながるという信念を持っている

元をたどれば、中学2年のときに亡くなった父親の形見の一眼レフを手に撮影を始めた小原氏。写真を撮り始めると、それを通じて友人との会話が生まれ、楽しい写真がクラスや学校を明るくできるという手応えに夢中になった。

「もちろん、『フライデー』のときも、紛争地を回っているときも、自分の撮っている写真は好きでした。でも本来は、写真を通して人や場が明るく楽しくしたいというのが、僕の原点だったんです」

そうして、自分が心動かされる動物たちを被写体に選ぶようになった。シマエナガは丸3年、アザラシの赤ちゃんは29年撮り続け、読む人へ笑顔の輪を広げているが、興味が尽きることはないという。

「好きなものは、見飽きないでしょう? それに、動物の写真は、自分が見て感じたことのすべてを伝えられる。写真は結局、自分の好きなものを、そしてこんなに好きなんだよという気持ちを伝える手段なんだと思います。動物がというより、僕は可愛いものが好きなのかもしれませんね。それに、動物たちのそんな姿を見たときに、ほっとしてうれしくなる感じも好きで……。だから、野生の真実を伝える写真や、図鑑に載るような写真を撮りたいのではなく、動物に出会ったときのうれしさを伝える。僕は、そういうカメラマンでありたいんです」

小原玲 1961年東京生まれ。茨城大学人文学部卒業。写真週刊誌『フライデー』専属カメラマンを経て、フリーの報道写真家として国内外の事件現場を撮影。90年、アザラシの赤ちゃんを撮影したことを契機に動物写真家に転身。シマエナガ以外の著作に『アザラシの赤ちゃん』『流氷の伝言』『ほたるの伝言』などがある。ちなみに、動物たちの撮影と並んでライフワークにしているテーマが「おいしいマンゴープリンの追求」。ブログ、Facebookで情報を随時公開している。

小原玲さんのブログはコチラ

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シマエナガちゃんの可愛い画像はコチラ↓

  • 取材・文大谷道子インタビュー写真田中祐介

Photo Gallary26

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