羽生九段×藤井五冠”年齢差32歳”の2人が対決…研究「将棋は若いほうが強いのか」? | FRIDAYデジタル

羽生九段×藤井五冠”年齢差32歳”の2人が対決…研究「将棋は若いほうが強いのか」?

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棋士の「認知機能」や「脳活動」を研究する中谷裕教さんに聞いた 

2023年最初の将棋タイトル戦「第72期ALSOK杯王将戦七番勝負」が1月8日に開幕する。羽生善治九段(52)と藤井聡太五冠(20)との初めてのタイトル戦。羽生九段がタイトル獲得通算100期達成をかけて藤井王将に挑むとあって、俄然、注目が高まっている。

2021年の成績が14勝24敗と棋士人生で初の負け越しを喫し、加齢による衰えがささやかれた羽生九段。ところが一転、22年は前人未踏の公式戦通算1500勝を達成し、タイトル戦の舞台にも戻ってきた。

将棋界には果たして「年齢の壁」は存在するのか。将棋のアマチュア初段の実力を持ち、その知識を生かして棋士の認知機能や脳活動を研究する東海大学情報通信学部特任講師の中谷裕教さんに聞いた。

王将戦は2日間で1局を指す対局。藤井五冠が持ち時間の長い2日制のタイトル戦で圧巻の戦績を残しているのに対し、「羽生さんは昔から1日制の短い将棋に強い」と中谷さんは話す(写真:アフロ)
王将戦は2日間で1局を指す対局。藤井五冠が持ち時間の長い2日制のタイトル戦で圧巻の戦績を残しているのに対し、「羽生さんは昔から1日制の短い将棋に強い」と中谷さんは話す(写真:アフロ)

30年前の将棋はもう古い!? 羽生九段は追いつけるか

「年齢の壁はやはりあると思います。要因の一つは脳の老化です。30歳を過ぎると徐々に脳の細胞が減っていき、加齢とともに衰えてきます。 

もう一つは私の仮説で、新しい知識を身につけているかといったこともポイントではないかと考えています。将棋にも流行があって、戦法がどんどん進化しているため、新しい知識を身につけているほうが強いからです」

40代、50代でも新しい知識を身につけることは可能だが、年齢による影響はやはり避けられないのだろうか。

「加齢が脳活動に及ぼす影響については専門外なのでちょっと調べてみました。新しい情報を得てそれを処理し、操作していく知能を『流動性知能』といって、加齢の研究によると、30歳をピークとして65歳以降は比較的早く低下するとされています。つまり、新しい知識を身につけるには30歳以下のほうが有利ということです。羽生さんは50代ですから、新しいことを身につけるのが少し難しくなってきているかもしれません。 

一方、過去に習得した知識や経験などを基に状況に対処する能力が『結晶性知能』で、こちらは30歳以降も緩やかに上昇し、65歳以降もあまり低下しません。棋士はまず直観で指し手を思い浮かべて読み(先の展開)を分析するんですが、この結晶性知能は直観に関わってきます。 

ベテランの棋士はよく『歳をとって深く考えられなくなっても、これまで身につけた大局観で指せる』とおっしゃいます。まさに、積み重ねてきた知識や経験に基づく直観で指し手を判断しているわけです。ただ、彼らの直観の基になっているのは20年、30年前の知識。その当時は最善手であっても、今もそうであるとは限りません」

それは羽生九段にも当てはまることかもしれない。「平成の天才」羽生九段と「令和の天才」藤井五冠との年齢差は32歳。しかも藤井五冠は、棋士が築き上げてきた経験値や大局観から導き出していた最善手とは異なる、従来の人間の知識を超えた手を瞬時に計算して示すAIの申し子とも称される。2人の直観の基になる知識の鮮度には開きがありそうだ。

「羽生さんは流動性知能がやはり、藤井さんに比べて落ちています。結晶性知能はそれほど低下していませんが、問題は身につけている知識と経験がどうかです。羽生さんの場合は、30数年の棋士人生で積み上げてきた知識が土台になっています。今はAIを使った研究も取り入れて、知識を新しく塗り直そうとしている段階だと思います。 

将棋の分析や研究にAIを活用することが当たり前になっている今、新しい知識のほうが正しくて強いのは明らかです。盤面を見て直観的に指し手を思い浮かべる時には身についた知識を使うことになるので、その知識が新しい藤井さんのほうが有利と言えるでしょう。ただ、羽生さんも今、新しい知識を一生懸命身につけようとしていますから、それが追いつくかどうかが今度の王将戦の分かれ目ではないかと思います」 

将棋は人間の総力を集結した勝負との考え方が主流だった時代に、「将棋はゲーム」と言い切った若い頃の羽生九段。写真は、20歳当時(1990年撮影)の羽生九段(写真:共同通信)
将棋は人間の総力を集結した勝負との考え方が主流だった時代に、「将棋はゲーム」と言い切った若い頃の羽生九段。写真は、20歳当時(1990年撮影)の羽生九段(写真:共同通信)

棋士の頭脳が最も力を発揮するのは20代から30代前半 

それにしても、将棋の戦法や戦術はそんなにも進化、変化しているのだろうか。

「30年前の将棋を見ると、アマチュアの私でも古いと感じます。 

たとえばAIが登場する10年前だと、王を守るために城を作って囲うのが当たり前で、入門書にもそう書いてありました。それが、今は囲わないこともあるんです。藤井さんは盤面に駒をバランスよく配置し、王を使って攻める場合もあります。AIの登場で、将棋の常識はまったく変わってきているんですよ」

以前は攻撃陣と守備陣をそれぞれ構築して戦うものとされていたが、今はどこが守りでどこが攻めなのかわかりにくくなっているという。当然、古い知識は通用しないらしい。

「新しい戦術というのは、若い人のほうが圧倒的に身につきやすいし対応力もあります。将棋界では四段以上がプロの棋士で、初段から三段までがプロの卵ということになりますが、10代の彼らが実は一番、新しい知識を持っているそうです。だからプロになりたての棋士は、勝率が7割とか6割。新しい知識を持って飛び込んでくるので、ものすごく勝ちます。スポーツの世界では新人がいきなり活躍するのは異例ですが、将棋界の新人にはベテランより強い人が多いんです」

現時点の名人戦・順位戦A級の上位10人は、30代前半から半ばまでの棋士が占めている。棋士の頭脳が最も力を発揮するのがその年代ということか。

「20代から30代前半ですね。それは集中力や学習力といった点からの脳機能で、新しいことを学んだり何時間も盤面に集中したりする能力は若い人のほうが高いわけです。 

集中力は加齢とともに落ちます。将棋はミスをすると負けるので、どれだけ集中力を切らさずに考えることができるかが重要になってきます。その点でも若い人のほうが有利でしょうね。 

羽生さんの30年前を思い起こすと、今の藤井さん並みの活躍をしていました。羽生さんが20代から40代までずっとタイトルを持っていて全盛だったことを考えると、脳が一番力を発揮する年代に入る藤井さんは、これからもっと強くなると思います」 

去る12月に竜王戦を制した際の会見で藤井五冠は、王将戦で羽生九段と対局することについて「非常に楽しみにしている。状態を整えて臨みたい」と語った。写真は、プロ入りした翌年2017年の竜王戦。「藤井フィーバー」はこの年の「新語・流行語大賞」に(写真:アフロ)
去る12月に竜王戦を制した際の会見で藤井五冠は、王将戦で羽生九段と対局することについて「非常に楽しみにしている。状態を整えて臨みたい」と語った。写真は、プロ入りした翌年2017年の竜王戦。「藤井フィーバー」はこの年の「新語・流行語大賞」に(写真:アフロ)

「羽生さんだったら年齢の壁を超えられるかもしれない」

ともに「天才棋士」と称される羽生九段と藤井五冠。それぞれの天才ぶりをアマチュア棋士でもある中谷さんはどう見ているのだろう。

「私は中学生の頃に年上の羽生さんを見て将棋を勉強したので、自分にとってはまさにスターのような存在でした。どの指し手もすごくて、『さすが、羽生さん』と思いながら見ていたのを覚えています。 

藤井さんの指し手は私には理解不能で、見ても意味がわからないという感じです。羽生さんの将棋は、今でも何となくは理解できるんですよ。藤井さんを代表とする若手のAI的な指し方は、正直、よくわからない。まるで新しい世界を見ているような感覚ですね。 

藤井さんがすごいのはもちろん確かで、藤井さんがAI的な手を指せるということは、AIの指し手を研究して理解しているからです。ただ、直観にはその棋士のオリジナルの知識やアイデアが入っているので、藤井さん自身はAIの指し手を意識せずに対局に臨んでいると思います」

そんな将棋界のスーパースター2人による世紀の一戦が迫っている。果たして、羽生九段は年齢の壁を超えられるのか。将棋ファンならずとも大いに気になるではないか。

「2021年は羽生さんにしては珍しく成績がすごく悪くて、順位戦A級からも陥落してしまいました。ところが2022年度は絶好調で、勝率が全盛期に近い7割くらいに戻ってきているんです。52歳という年齢で流動性知能が低下しつつあり、年齢の壁に直面してはいるけれども、常に新しい知識の収得に貪欲な羽生さんだったら、その壁を超えられるかもしれないという期待感があります。今度の王将戦が非常に楽しみです」

中谷裕教(なかたに・ひろのり)東海大学情報通信学部特任講師。1973年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業、同大学院博士後期課程修了。理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、東京大学助教などを経て2022年から現職。将棋はアマ初段の腕前。共著に『「次の一手」はどう決まるか 棋士の直観と脳科学』(勁草書房)。

  • 取材・文斉藤さゆり

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