「フルーツ宅配便」は深夜ドラマじゃなく、面白いドラマ | FRIDAYデジタル

「フルーツ宅配便」は深夜ドラマじゃなく、面白いドラマ

指南役のエンタメのミカタ 第9回

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
「フルーツ宅配便」で主役を演じる濱田岳。auの三太郎のCMなどにも起用され、テレビで見ない日はない
「フルーツ宅配便」で主役を演じる濱田岳。auの三太郎のCMなどにも起用され、テレビで見ない日はない

僕は、近い将来、深夜ドラマというジャンルはなくなっていると予想する。

え? テレビ局が深夜枠からドラマを撤退するのかって?

いえいえ、その理由を説明する前に、一つ質問したい。あなたは、深夜ドラマにどんなイメージを抱いているだろう。

プライムタイムのドラマに比べて、低予算で、有名俳優が少なく、その代わり、実験的な企画ができる?

――多分、それは14、5年前くらいの話だ。

今や、深夜と言っても、テレビ局にとっては大事な主戦場。芸能プロダクションからの売り込みに答えたり、スポンサーの要求に応じたりと、プライムタイムで対応しきれない膨大な案件を処理する場所にもなっている。バブル時代のフジテレビの深夜枠「JOCX-TV2」みたいに、実験的になんでもできる枠じゃない。それなりの勝算が求められる。

ただ、深夜ならではの利点がないこともない。それは――高齢者に配慮しなくていいこと。今や、テレビの視聴者の約半数は50代以上。しかも彼らはテレビ好きなので、プライムタイムで番組を作るには、どうしても高齢者が見てくれる番組にしないといけない。その結果、連ドラは刑事ドラマが横行し、バラエティは健康や医療を扱う情報バラエティであふれている。一方、深夜はそもそも高齢者が見ていないので、そこまで彼らに配慮する必要はない。結果、企画の自由度が格段に上がり、面白いドラマが生まれやすい。

そう、今や深夜ドラマはひと昔前の実験枠ではなく、プライムタイムで作りにくい、されど面白い企画を叶えるドリーム枠になっている。そして、面白いドラマならば、ちゃんと評価され、結果を残せる時代でもある。鍵はSNSだ。面白ければ、回が進むに連れSNSで評判が出回り、拡散され、共感の輪が広がる。要するにバズる。視聴率はハネなくても、ツイッターのトレンドに入って、世間の話題になる。

昨年、そのパターンにドハマりしたのが、例の『おっさんずラブ』(テレ朝系)である。平均視聴率は4.0%に止まったが、ラスト2回の放送はツイッターのトレンド世界一位に。放送終了後も反響は衰えず、DVD&Blu-rayやオフィシャルブック、LINEスタンプなどがバカ売れし、遂には今夏の映画化まで決まった。優れたドラマに贈られる「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」の作品賞も射止めた。つまり、ビジネスとクオリティ両面でちゃんと結果を残せたのである。

なぜ、『おっさんずラブ』は成功したか。プロデューサーの貴島彩理サン(TBSの名演出家・貴島誠一郎サンの娘さんですナ)曰く「王道の恋愛ドラマを作りたかった」――要は、好きになった相手がたまたま同性だっただけで、特にBLモノを作ろうと攻めたワケでもなく、見終わった後、誰もが恋をしたくなるドラマを目指した、と。そう、ちゃんと売れ線のドラマを狙って、作ったのだ。

さて、今クールに目を向けると、早くもSNSでバズってる深夜ドラマがある。TBSと動画配信サイトのParaviがコラボした『新しい王様』である。2人の男(藤原竜也・香川照之)がテレビ局の買収を仕掛ける話で、一説にはホリエモンのフジテレビ買収騒動がモデルになってるとも言われる。シーズン1はTBSが放送し、シーズン2をParaviが配信するという異例の座組は、“テレビ局買収”という禁断のテーマを扱うゆえの大人の事情とも――。

早速、当事者(?)の堀江貴文サンが「やばいくらい面白い」とツイッターで絶賛し、また、ヒロインを演じる武田玲奈サンの体を張った“女優魂”もSNS界隈で話題になっている。企画は、かつてフジテレビで『ギフト』や『きらきらひかる』、『カバチタレ』など異色作をプロデュースした鬼才・山口雅俊サン。独立してフリーになった立場だからこそできたテーマでもある。とはいえ、テレビ局的には禁断のテーマでも、お茶の間的には俄然興味を惹かれる題材であり、これも売れ線を狙ったドラマであることには違いない。

そして――僕自身が今クール最も注目している深夜ドラマが、テレ東の『フルーツ宅配便』である。東京で務めていた会社が倒産し、故郷に戻り、ひょんなことから地方のデリヘル店の雇われ店長となった主人公・咲田(濱田岳)。ごく普通の男が飛び込んだ異世界で巻き起こる、数々の珍騒動が描かれると思いきや――これが意外にも普通の世界の普通の話のオンパレードなのだ。

主人公を取り巻くのは、デリヘル店「フルーツ宅配便」オーナーのミスジさん(松尾スズキ)に、送迎係のマサカネ(荒川良々)、そして事務員のみず子(原扶貴子)だ。それに、事務所奥の待機部屋で待機するデリヘル嬢たち――みかん(徳永えり)、イチゴ(山下リオ)、レモン(北原里英)らも。それに加えて、咲田の中学時代の同級生だったえみ(仲里依紗)が登場するが、何やらワケありの様子――。

デリヘル店の仕事内容は、お客からかかってきた電話に応じて、派遣先(ホテルや自宅)まで女の子を届けるというもの。チェンジがあれば、女の子を事務所に戻し、代わりの子を届ける。恐ろしく事務的で、普通の仕事である。事務所の方針で女の子の源氏名は全員、フルーツの名前で、だからフルーツ宅配便。従業員と女の子の恋愛はご法度とされ、基本、色恋のトラブルは発生しない。

ドラマは毎回、一人のゲストスター(女優)が登場し、彼女がデリヘル嬢として働き始めるが、各々それなりの理由があり、ひょんなことからその事情を知った、ごく普通の男である咲田は力になろうとするが――オーナーのミスジさん曰く「働いてる子たちのプライベートに首ツッコむな」。実際、下手な同情心をかけても、どうなるものでもない。

1話ではゲストスターの内山理名演ずる「ゆず」が登場する。彼女は子連れで、前髪で隠した顔の右半分には大きなアザ。別れた夫がDV男で、彼の仕業である。そして元夫が作った多額の借金を返すために、デリヘル嬢として働き始める。結局、彼女は客の求めに応じてやむなく「本番」に手を染め、それがバレて解雇されるが、彼女の事情を知る咲田は力になろうとする。しかし――逆に借金の保証人を頼まれ、その額の大きさ(2000万円)に、声もなく身を引くという話だった。

そして2話では、ゲストスターの成海璃子演ずる「モモ」が登場する。彼女もまた、過去に努めていた会社で詐欺に遭い、多額の借金を背負っていたが、同居する母親には会社務めを続けていると嘘を付いていた。ある日、咲田は彼女から「母親に恩返ししたい」とおススメの飲食店を聞かれ、行きつけの中華料理屋を教えるが、モモと母親がその店で食事している最中に、デリヘル店の常連客と鉢合わせ、客の心ない言葉で母親に仕事がバレるという切ない話だった。

いずれも――ハッピーエンドの話じゃない。いや、このドラマが伝えたいのは、そんな安っぽい幸せじゃない。人は生きるために働く。やむを得ない事情でデリヘル嬢として働くことも、生きるため。そして、デリヘル店は、そんな彼女たちに仕事を取り、給料を払う。その関係は極めてドライである。安っぽい色恋や同情心は介在しない。しかし――だからこそ、そこに本物の“やさしさ”を感じる。オーナーのミスジさんの思いはそこにあり、多分、この先、咲田も徐々にそれを理解する。

演出は、映画「ロストパラダイス・イン・トーキョー」や「日本で一番悪い奴ら」などのアンダーグラウンドな世界を描かせたら随一の白石和彌監督である。いわばデリヘルの世界に最も通じた監督。そう聞くと、ついエッチなシーンを期待してしまうが、先に述べた通り、このドラマが描くデリヘルの世界は、至極真っ当な普通の仕事である。

変な話、このドラマに、いわゆる深夜ドラマの匂いはない。題材だけを聞くと、禁断の世界を連想するが、そこで展開される世界はごく普通の仕事の話。しかし――それゆえに確かなことが一つある。

このドラマ、普通に面白いのだ。普通に。

多分、それがこのドラマが最も伝えたいことではないだろうか。深夜ドラマでなく、普通に面白いドラマであると。

考えてみれば、今やドラマの視聴者の約半数が、ネットなどでタイムシフト視聴する時代。そのドラマが何時に放映されているとか、もはや大した意味はない。大事なのは、そのドラマが面白いかどうかである。

僕は、近い将来、深夜ドラマというジャンルはなくなっていると予想する。

写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

  • 草場滋(くさば・しげる)

    メディアプランナー。「指南役」代表。1998年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。現在、日経エンタテインメント!に「テレビ証券」、日経MJに「CM裏表」ほか連載多数。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に、テレビ番組「逃走中」(フジテレビ)の企画原案、映画「バブルへGO!」(馬場康夫監督)の原作協力など。主な著書に、『テレビは余命7年』(大和書房)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社)、『情報は集めるな!」(マガジンハウス)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー~時間旅行代理店』(ダイヤモンド社)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『絶滅企業に学べ!』(大和書房)などがある

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事