高野秀行 25以上の言語を学び、世界の辺境を旅したノンフィクション作家の超実践的「語学習得法」
インタビュー
著書『語学の天才まで1億光年』が大ヒット中
コンゴで幻獣「ムベンベ」を追い、
世界最大のアヘン密造地帯「ゴールデン・トライアングル」に7ヵ月滞在、
謎の独立国家「ソマリランド」にも潜入
早稲田大学・探検部時代に未確認生物「ムベンベ」を探しにコンゴへ乗り込み作家デビューすると、’95年に世界最大の麻薬密造地帯「ゴールデン・トライアングル」で少数民族とともにアヘンを製造。’09年からは武装勢力と海賊が溢れる東アフリカで謎の独立国家・ソマリランドの実態を追った……。世界の辺境で体当たり取材を続けるノンフィクション作家・高野秀行氏(56)の著書『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が、ベストセラーとなっている。’22年9月に出版されると、わずか4ヵ月で5刷を記録。語学本としては異例のヒットだ。
「ここ30年、半年以上日本にいることはなかったんですが、コロナによって海外に行くことができなくなった。思いがけず時間的余裕ができたので、これまでの取材を振り返る意味を込めて『せっかくだし語学の本に挑戦してみよう』と思ったんです」(高野氏。以下、カッコ内は同)
辺境での取材を通してリンガラ語、ワ語、ボミタバ語、タイ語、ビルマ語など25以上の言語を学んだという高野氏。訪れた先では、常に見知らぬ言語に悪戦苦闘しながらも言語を通して現地の世界観を理解してきた。
「たとえば、アマゾンには『1、2、たくさん』しか”数”がない言語があるんです。僕もはじめは不思議に思いました。でも、ジャングルでは植物も生き物もものすごい数で、色んなものが絡まって存在している。そこでは数えるという行為自体が無意味なんです。色んな種類の魚が大量に獲れるので、漁師に『何匹獲れた?』って聞くのなんか愚問ですよ(笑)。ゴールデン・トライアングルにある村では『友達』『こんにちは』『ありがとう』という言葉がありませんでした。外界から遮断されていると、言語がその地方ならではの発達をするんです。言語にはその場所に生きる人たちの文化と気質が表れる。それがとても面白い」
【誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやる】のが高野氏のモットーだ。その著作は”ノンフィクション”として価値のあるものばかりだが、文章は常にユーモアに溢れている。
「僕が書きたいのはリアリティなんですよ。現場には笑いが必ずある。戦争、難民、貧困といった現場に何回も行っていますが、笑いって絶対あるんですよ。むしろ、そういうところこそ、人々は笑いなくしては生きていけないんです」
英語が理解できないうちについていったインドの教会で、「優しそうなおばあさんだな」と思った女性がマザー・テレサだったとあとから発覚した話、ヤンゴンで日本人老夫婦に完全に現地の人だと勘違いされたエピソードなど『語学の天才まで1億光年』にも爆笑シーンは満載だ。
次々と言語を習得してきた高野氏が、言語学習の「極意」を教えてくれた。
「言語を習得するために必要なのは、何よりも言語を学ぶ目的です。僕はコンゴで、幻の怪獣『ムベンベ』を探すためにリンガラ語やボミタバ語を話せるようになり、麻薬王と話すためにシャン語を習得しました。その言葉を学んで何をしたいかという目的を持つことが、何よりも大事ですね。それと……20代で学んだ言語は頭の奥に直接入ってきていた感じがありましたが、歳を取って脳の表面にしか届かない感覚になってきました。若いうちに言語は勉強したほうが良い。語学は今すぐ始めるのがベスト。誰だって、”今”が一番若いわけですからね」
そんな高野氏、今年も新たな取材を進めているという。
「今はイラクでの取材に奔走中です。イラクにはマイノリティやアウトロー、戦争に負けた人たちが逃げ込む巨大な湿地帯があるんです。旧約聖書に出てくる?エデンの園?のモデルとも言われています。イラク自体が特殊な国なのでなかなかスポットが当たらない。今年はそんな場所をテーマに本を出版する予定です」
尽きぬ挑戦心こそ”語学の天才”への最大の近道なのかもしれない。





『FRIDAY』2023年1月20・27日号より
PHOTO:高野氏提供 濱﨑慎治(5枚目)