「今年は優勝しかない」 田中澄憲新監督が描く“明治復活”への道
明治大学ラグビー部は、「前へ」を部是とする国内有数の人気チームだ。過去12度も輝いた大学日本一からは22シーズンも遠ざかっているが、いま、長年の弱点を克服しつつある。
「すごくいい人材が揃っていて、一生懸命やっている。ただ、本当に日本一へのこだわりがあるチームなのかという意味では『?』とも感じました。試合を見たらわかります。トライされそうな時に全員が(自陣ゴール前に)戻るか、タックルした後にすぐ立ち上がるか。そういったところは、見てわかる」
こう語ったのは、今季就任した田中澄憲監督。今回のプロジェクトリーダーだ。着任前のオフには渡英し、旧知のエディー・ジョーンズが率いる強豪イングランド代表に帯同していた。貪欲である。
「オフフィールドでも明大の看板を背負っていけるように、身だしなみ、あいさつ、整理整頓という当たり前のことを当たり前にできる集団になっていきたいです」
スポーツ推薦枠の豊富な明大には毎年、多くの有望選手が入部する。現日本代表の田村優ら多くの名選手を輩出してきた。ところが肝心のタイトルとは、やや縁が薄かった。一昨季までの18シーズンは大学選手権(選手権)の決勝進出すら叶わず、近年は帝京大の連覇を許してきた。
低迷の要因を探れば、自然と形成されてきた組織の風土に行きつくだろう。ある現役部員は、成績の振るわなかったシーズンを振り返りこう証言する。
「チームが同じレールに乗っていなかった。真剣にやる人、やらない人の差が両極端。また、やる人がやらない人に関心を持つわけでもなかった。これは昔もそうだったようで、全員が100パーセントの意気込みで取り組めていなかったと聞きます」
このアキレス腱にメスを入れるのが、新監督の田中なのだ。1997年度に母校のキャプテンを務め、卒業後に加わったサントリーでは当時から名将と謳われていたジョーンズのもとで選手、採用担当として活動。2012年度からの5シーズンは同部でチームディレクターを務め、2016年のトップリーグ全勝優勝を側面から支援した。
何より業務の一環で、のちのライバルとなる帝京大のグラウンドへ足繁く通った。岩出雅之監督から「以前はラグビーだけを教えていたけど、それだけでは勝てないと感じた」と教えられるなど、王者が人間教育を肝に据える理由にも接した。
田中が母校に戻ったのは、昨年度のことだった。丹羽政彦監督のもとでヘッドコーチとなり、教え子たちに状況判断力と試合中の修正能力を植え付けた。その結果、19シーズンぶりに進んだ選手権決勝では、帝京大を20―21と追い詰めた。
さらに監督になった今季は、関東大学春季大会Aグループで初の全勝優勝を決めた。
特に4月30日の初戦では、選手権V9の帝京大を17―14で制した。しかも、試合終盤での逆転勝利。会心の内容だった。両軍の準備状況などに違いがあったにせよ、勝った選手たちは「これまで積み重ねてきたことが試合で発揮できた」「相手に走り勝てた」と強調した。走り込みの直後に試合形式のメニューに取り組むなど、実戦仕様のプログラムを実施してきたからだ。
闇雲に頑張らせるだけでなく、頑張る指標を示すのも田中流だ。昨季からの合言葉は「バック・イン・ザ・ゲーム」。略して「B・I・G」だ。倒れた選手が戦線に戻るまでの時間を2秒以内と定める、独自のキーワード。それが帝京大戦時に見られた転倒後の素早い起立、ぶつかり合う際の粘り腰に繋がった。
組織図の変化もあった。従来ならキャプテン、副キャプテンら計3~4名程度だった役職者が、田中の発案で今季から倍以上に増えたのだ。
福田健太キャプテン、7人のグラウンド内リーダー、寮長、主務の計10名が1~2週間に1度のペースでリーダー会議をおこなう。ポジションごとの課題から寮内の規律について、ざっくばらんに話し合う。
「話を共有することで『こういうところがよかった』『ここがダメだったんだ』という気付きが生まれました。それらを意識すると、いい練習ができる」
こう話すのは、リーダーの1人である井上遼である。複数リーダー制は、90人超というクラブの引き締めにも役立っているという。別の最上級生が笑う。
「何人かが全体を見るのではなく、10名いるリーダー(役職者)がそれぞれ約10名ずつの面倒を見る。おかげで去年までポロポロ出ていた寝坊が今年はほぼなくなりました」
キャプテンの福田は、新指揮官に畏敬の念を抱く。昨季はヘッドコーチだった田中の事前分析通りに進んだ試合がいくつもあり、プレーをしながら驚いていたという。改革がスムーズに進んでいるのは、田中自身の言動に説得力があるからとも言える。ちなみに福田は1学年上の代がレギュラー、控えを問わず献身的だったことを見習い、上級生同士での「ネガティブな発言」を禁じている。
前任者からの絶妙な引き継ぎ作業も、いまの好調を導いている。2013年に監督となった丹羽前監督は、勤務先の北海道から単身赴任。学生寮に住み込み、理不尽な因習の撤廃や生活指導に尽力した。
ヘッドコーチの田中のことは次期監督として迎え入れ、練習内容やゲームプランの策定、メンバー選考など自らの権限の多くを与えた。「ある程度は任せないと、自分の反省できるところが生まれないですから」とし、選手権決勝で帝京大に負けた時は「私と岩出監督の差で負けたかもしれません」と、潔かった。
10年連続の大学日本一を狙う帝京大の秋山大地キャプテンは、「掃除、点呼という当たり前のことを当たり前に積み重ねる」。春季大会での明大戦を、原点回帰のきっかけにしたようだ。いまの明大が目指す最上級生のロールモデル化は、帝京大が数年前から「当たり前」のように実現してきたことでもある。やはり、連覇阻止はたやすくない。
もっとも、明大が伝統的な短所を改善しそうなのは確かだ。両雄はまず、長野の菅平高原での合宿中に対戦し、関東大学対抗戦Aの終盤(11月18日)に再戦の予定だ。そして、選手権でも頂点を争いそうだ。
「いい選手が揉まれることで、強い選手になる。これまで、いい選手なだけで終わってしまう人をいっぱい見てきましたので、(明大の選手が)そうならないよう色んな押し引きをしていきたいです」
必死なタレント集団を束ねる田中は、簡潔な意志を示す。
「今年は、優勝しかない」。
プロジェクト成功なるか。
取材・文:向風見也(スポーツライター) 写真:YUTAKA/アフロ