イチロー、松井から三冠王・村上まで……バット職人・名和民夫が明かす 天才打者たちの細かすぎる注文
ストーブリーグ特別インタビュー 偉大なバッターを支えてきた その道30年の名匠
岐阜県養老町の観光名所「養老の滝」。そこからほど近いのどかな田舎町に、ミズノテクニクスのバットクラフトマン・名和民夫(なわたみお)氏(ミズノテクニクス・55)の工房はある。阪神の両大砲・大山悠輔(28)と佐藤輝明(23)、広島のヒットメイカー・西川龍馬(28)、そして最年少三冠王のヤクルト・村上宗隆(22)。現役選手だけではなく、イチロー(49)や松井秀喜(48)らレジェンドたちからも全幅の信頼を寄せられ、バット製作を任されてきた名匠だ。
「″職人″と言われますが、自分ではそうは思っていません。技術を自分のこだわりで形にするのが職人で、私は選手の要望に合わせてバットを作る仕事ですから。歴(れっき)とした会社員ですよ(笑)」(名和氏。以下カッコ内は同)
’85年にミズノテクニクスに入社。8年後にバット製造課に異動になって以来、30年間バットを削り続けてきた。先代のバットクラフトマンで名人と知られた久保田五十一(いそかず)氏(79)から’08年、イチローと松井のバット製作を引き継いだ。
「イチローさんからは『相当の覚悟を持って臨んでください』と言われ、松井さんからは『久保田さんの弟子だから安心してお任せできます』と言われました。言葉は違いますが、お二人の言うことは同じ。引き続き良いバットを作ってほしいということです。真剣勝負をする人のバットを作っているのだと、大変なプレッシャーを感じました」
プロ選手のバット作りで心掛けているのは「我を出さないこと」。なによりも選手の要望が重要だという。
「細かい要望を聞いてバットを作りますが、『もうちょっとこうしてほしい』の『もうちょっと』は選手ごとに違います。話をする中で選手が言わんとすることをくみ取り、頭の中で設計図を作り形にするんです」
たとえば、イチローは通常よりも少し細いバットを好んだ。天才打者の繊細なバットコントロールに応えるため、先端の10㎝を0.5㎜の薄さで削り、軽量にしていたという。さらに、現在バット原料の主流となっているメイプルではなく、北海道産のアオダモという木で作るバットにこだわりがあった。
破竹の勢いで活躍を続ける村上は、プロ1年目オフシーズンにはじめて名和氏のいる養老工場を訪れた。その時から名和氏は、村上に特別なものを感じていたという。
「高卒ルーキーの多くは『どんなバットが良いのでしょう』と質問するのですが、村上選手からは『こういうバットを作って下さい』と最初から具体的な要望がありました。さらに、’22年の5月に村上選手から『先端をくりぬいてほしい』というオーダーがありました。以前工場にいらっしゃったときに、先端をくりぬくとこういう効果がある、と何気なく私が話したことを覚えていたのだと思います」
バットの作り手から見て、活躍する選手の特徴を聞いてみた。
「後から考えてみると、目指すものがはっきりしていて、村上選手のように何事にも好奇心を持って物事を吸収される方が多いですね」
円筒状に切り出された原木は、一年で数万本工場に運び込まれる。木目、比重、状態などを見て、トッププロ用や軟式野球用などに選別する。村上が使うようなバットになるのは100本中1〜2本だ。太さ、長さ、重心などを選手の要望に合わせて削り、一つ一つ調整する。完成するまで全て手仕事だ。
「イチローさんに『これはだめですね』と言われたことも何回かあります。村上選手からは、三冠王を獲ったあとに『いつもいいバットをありがとうございます』と言っていただき……一応最低限の仕事ができていたんだな、と思いました」
最後に、村上に伝えたいことを聞くと謙遜しながらこう語った。
「私は自分の作ったものに一度も満足していません。もっとできる、もっと良いものが作れると思って毎日学んでいます。失礼かもしれませんが『一緒に進化してもっと高みを目指しましょう』ですね」
3月にはWBCが開催される。名和氏のバットが世界を沸かせるかもしれない。
『FRIDAY』2023年2月3日号より
- 写真:佐藤茂樹(名和氏) ゲッティイメージズ(イチロー・松井) 時事通信社(村上)