<figure id="attachment_292973" aria-describedby="caption-attachment-292973" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="4760d36f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/mc33333.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292973" class="wp-caption-text">ロスアンジェルスで顔を合わせた時も、YakushijiTシャツを着ていることが多かった</figcaption></figure>
米国西部時間1月21日の朝方、マック・クリハラが永眠した。享年90。転倒した際に頭部を強打したことによる脳内出血が死因と伝えられている。確かにここ数年、歩行時に年齢的な衰えを感じさせた。
1994年12月、日本中が注目したWBC統一バンタム級タイトルマッチ、辰吉丈一郎vs.薬師寺保栄戦で、薬師寺の参謀を務めたのがマックだ。私が彼と付き合い始めたのはそれから5年後。マックは、当時ネバダ州リノで生活していた私にしょっちゅう電話を掛けてきた。ロスアンジェルス近郊で行われた興行を一緒に観戦したこともある。ハワイ料理を出すレストランで、何度もインタビューした。
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1932年12月4日、マックはホノルルで誕生した。祖父の代に広島から移民した日系アメリカンである。9歳で、日本軍の真珠湾攻撃を体験した。
「あの日のことは、鮮明に覚えている。日曜日の朝だった。両親と兄、2人の妹の6人で食事を摂っていたら、外がブーンブーンと騒がしくてね。我が家はアパートの2階だったんだが、空を見上げたら、物凄い数の戦闘機が次々にパールハーバーに落ちていく。ビックリしてラジオのスイッチを入れたら『日本軍の攻撃だ！ 戦争だ!!』って……」
この日を境に日系人たちは“敵国の人間”として、アメリカ社会で微妙な立場に置かれる。マックは米国籍であるにもかかわらず、白眼視され、人権を踏みにじられた。
「翌日、全ての日系人家庭にアメリカ兵がズカズカと入って来て、『ラジオもカメラも没収だ』『早く出せ』なんて命じるんだ。理由を訊くと『黙れ。FUCK YOU!』って怒鳴られた。1945年に戦争が終わるまで、私たちは表で日本語を使えなかった。もし、喋ったことが知られたら、スパイ容疑で通報されて監獄行きさ。親は英語が話せなかったから、家庭では日本語だったけれどね」
昨日まで友人だったクラスメイトも、“ジャップ”“イエロースキン”なる言葉を投げつけ、暴力を振るってきた。マックは自身を守るために、柔道、空手の道場に通った。
「望んではいないけれど、毎日ストリートファイトをしたよ。そういう状況に立たされたんだ。太平洋戦争が続いた4年の間に、柔道と空手を2年ずつやった。
1946年、15歳の時にボクシングジムに通い始めた。当時、ハワイでボクシングはとても盛んだったから、興味を持った。最初の1週間は、スパーリングで打ちのめされたね。防御も習っていないのに、まずスパーリングをやらせて度胸を見るのがハワイのボクシングさ。次のステップが技術の習得だった」
高校卒業後の1951年、マックはアメリカ空軍に入隊する。朝鮮戦争が始まった頃だ。
「徴兵じゃなく、自ら志願した。空軍ではボクシングだけやっていれば良かった。フライ級選手として40戦して、負けたのは7回。でも、空軍のユニフォームを着てアメリカ各地を訪れたって、“ジャップ” “ジャップ”と蔑まれる毎日だった。アメリカ合衆国ってのは、偏見に満ちた国だよ。私は父親に『何でもいいから、選んだ道でトップになれ』と説かれた。それにはボクシングのトレーナーだなと感じ、21歳で指導者として歩き始めた」
1955年末に空軍を除隊したマックは、ニューヨークに渡る。後に世界ヘビー級王者となるフロイド・パターソン、ライトヘビー級タイトルを獲得するホセ・トーレスをコーチするカス・ダマトの手法を学ぶためだった。ダマトは、マイク・タイソンを史上最年少の世界ヘビー級チャンプに育てたことでも有名だ。
<div data-friday-nextpage-lead="カス・ダマトの『ロックンロール』を薬師寺に"></div>
「選手は誰もがカスを信頼し、その教えを忠実に守っていた。彼らは『カスは第2の父だ』って語ったもんだ。私もそれを見習って、常にファイターの家族の一員になろうと決めたよ。きちんとした人間関係を築けば、トレーナーの指示を真剣に聞くからね」
カス・ダマトの薫陶を受けたことが、マックの礎となる。
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「カスからは『トレーナーは常に頭を使わねばならない』『怒ったり、怒鳴ったりする行為は、指導者として失格だ』と学んだ。彼はコンビネーションを体得させるのが抜群に上手かった。ボクシングをよく知っており、同じスタイルのインファイターを作ったよね。私は、あのインファイトを、『ロックンロール』と呼び、ヤス（薬師寺）にもやらせた。辰吉戦でも何度かそういう指示を出したな」
薬師寺とマックの邂逅は1989年末のことだ。
<figure id="attachment_292975" aria-describedby="caption-attachment-292975" style="width: 768px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c8e7ed11"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/mac2222222.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292975" class="wp-caption-text">2008年9月、ロスアンジェルス郊外のカーソンで催されたファイトを観戦</figcaption></figure>
「日本から電話が掛かってきたんだ。『名古屋の松田ジムの選手が、アメリカ人トレーナーの教えを受けたがっている』と。それがヤスだった。91年1月から、私の下でトレーニングしたよ。皆が『ハートが弱い』と評していたが、私がそう感じたことはない。右が強かったし、左フックも良かった。最初にやったスパーリングでは『下がるなよ』とだけ伝えてリングに上げた。すると鋭いジャブを打つし、下がらないし、パンチもあった。これはイケる。必ず世界チャンピオンになれると感じた」
マックは預かった選手の対戦相手の映像を見ないトレーナーだった。
「一試合だけ、生で試合を見て対戦相手の穴を見付けるのさ。そういう目が私にはある。神様からプレゼントされた能力さ。ヤスには大きくタフなスパーリングパートナーを用意して、リングでサバイバルを経験させた。そうやってメンタルを鍛えたんだよ。パートナーに『ヤスをKOしろ!』ってプレッシャーを掛けたこともある。キャンプでは毎日スパーリングをやらせたよ。例えば、月曜と火曜は4ラウンド、水、木が6ラウンド、金は8ラウンド、土が10ラウンドというような具合さ。もちろん、ロードワークも徹底的にやらせた。日本人選手の多くは『マックのキャンプは怖い』って言うが、世界チャンピオンになるためのメニューだ。こなせないなら、私とは組めない、と応じたもんだよ」
<div data-friday-nextpage-lead="歴史的勝利の「代償」"></div>
薬師寺は、マックと組んでから2戦目に日本バンタム級王者となり、10戦目にWBCバンタム級タイトルを奪取。4度目の防衛戦が、辰吉とのファイトだった。
<figure id="attachment_293150" aria-describedby="caption-attachment-293150" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="8eb65578"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/2015062900773.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-293150" class="wp-caption-text">94年12月に行われたWBCバンタム級統一王座決定戦。薬師寺（右）のフックが辰吉の顔面をとらえる（名古屋市総合体育館）</figcaption></figure>
「99パーセントの人が、『辰吉が勝つ』と口にしていたね。確かに辰吉はグレイトファイターだった。だからこそ、私は辰吉が不安になるように揺さぶりをかけたんだ。繊細な男だと分かったからね。そこで『彼には6つの弱点がある』と発言した。実はそんなものはなかったんだが（笑）、案の定、辰吉は動揺した。追い詰められていくのが、手に取るように分かったよ。一方、ヤスはアメリカでキャンプを張り、雑音をシャットアウトした状態でトレーニングに集中できた。その折、『とにかくジャブを使え』『網膜剥離となった辰吉の左目を狙え』とアドバイスした。そして、『辰吉は試合後に失明する』とメディアに向かって話し、さらに圧力を掛けたんだ。彼を混乱させ、パニックに陥れる策だった。ヤスはプラン通りにジャブでペースを掴み、辰吉に打ち勝った。ジャッジの一人はドローと採点したが、ヤスの勝利は明白だっただろう」
薬師寺が辰吉を下した日は、マックにとって62回目のバースデイだった。雨露霜雪を乗り越え、歴史に残る金星を挙げた地は、自身のルーツである日本だった。
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「私はアメリカ人じゃない。日本人だよ」
生前、ことあるごとに彼はそう語った。
<figure id="attachment_292976" aria-describedby="caption-attachment-292976" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="ee217590"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/01/mac11111111.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-292976" class="wp-caption-text">日系人に向けられた差別と闘い続けた</figcaption></figure>
当時の日本では類を見ないビッグマッチで勝利を挙げた翌朝、『ジャパンタイムズ』を読んでいたマックの右目が突然見えなくなる。
「急に真っ暗になったんだ。最初にかかったドクターに3度手術してもらった。2人目のドクターにもレーザー治療を3度施してもらった。それ以外にも7ヵ所の病院で診察してもらったけれど、結局失明してしまった。歴史的勝利の代償だったのかもしれないね」
育てた世界チャンピオンは通算6名、東洋太平洋チャンプ5名、日本王者が2名。9歳から“ジャップ”という言葉を投げ付けられた男は、ボクシング界に確かな功績を残し、永遠の眠りについた―――――合掌。

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』（全て光文社電子書籍）『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』（全て講談社）などがある。

林壮一

ボクシング史に残るビッグマッチ辰吉対薬師寺。大方の予想をひっくり返した金星の仕掛け人で名トレーナー、マック・クリハラがこの世を去った。勝利の秘話からパールハーバーを経験した幼少期までを振り返る。

真珠湾攻撃の日から迫害され…追悼！マック・クリハラ”辰吉を攻略した名トレーナー”の「数奇な人生」

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