〈毎年数十万組の夫婦が離婚している日本。円満に離婚したつもりでも、相続が発生したタイミングで思わぬトラブルになるケースがあることをご存知だろうか。
今回は、相続税専門の税理士である岡野雄志税理士が、離婚した夫婦の夫の死後、子どもであるCさん姉妹に訪れた相続争いについて解説する〉
<figure id="attachment_295679" aria-describedby="caption-attachment-295679" style="width: 3744px" class="wp-caption aligncenter"><a href="#" data-ident_hash="067215ac"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/aflo_9664154.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-295679" class="wp-caption-text">写真はイメージです/アフロ</figcaption></figure>
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Cさんがまだ幼い頃、父の不倫が発覚して両親は離婚し、母は姉とCさんを連れて家を出た。子どもだった姉妹にとって、住み慣れた家や町、友だちと離れるのは辛い経験だった。しかし、滅多に家へ帰らない父親だったので、父のいない寂しさはあまり感じなかったという。
母は苦労しながらも2人の子どもを無事育て上げ、姉は嫁ぎ、Cさんも社会人として働くようになった。
そんなある日、Cさんと姉のもとに弁護士からの手紙が届いた。そこには、父が死亡して相続が発生したと書いてあった。
父は、離婚後すぐ不倫相手のAさんと結婚。離婚した母には相続権がないので、法定相続人は現在の配偶者であるAさんとCさん姉妹の3人であった。
父親が遺した財産は、かつて姉とCさんが生まれ育ち、その後、父とAさんが暮らしてきた一軒家と遺族年金、預貯金300万円程度。そして、そのすべてを現在の妻に相続させるという遺言書が残されていた。つまり、姉とCさんに遺産は渡したくないという意向だった。
父には借金などの債務はないようなので、Cさんは「遺産を受け取れなくてもいいかな」と考えた。両親の離婚当時、幼かったCさんに父の記憶はほとんどなく、20年以上会っていない父はすでに他人に等しかった。また顔も知らないAさんから家や生活費を奪うのは、少し気の毒な気がしたのだ。
しかし、Cさんの姉は、Aさんが遺言書を読んで「よかった～」と笑っていたことを知り、激怒した。
幼かったCさんと違って、姉は母の苦労する姿を見て育った。働く母に代わって、家事の多くを分担してきたのも姉だった。女同士というのもあり、Cさん以上に母親には同情的で、その分、父とそのAさんに対して憎しみや恨みの感情を抱いていたのかもしれない。
姉は「法的には私たちにも遺産を受け取れる権利があるのだから、父の遺言書の無効を主張しよう」と息巻いた。しかし、民法では遺言者の意思を最優先とし、遺言書の内容は遺産分割協議や法定相続分に優先する旨が定められている。遺言書が無効になるのは、遺言書が法的な手順に沿って書かれていないケースなどに限られる。
父親の遺言書は法的知識と法律実務経験のある専門家によって作成された公正証書遺言だった。公正証書遺言作成の際、2名の証人立会いが必要で、父は1名に昔勤めていた会社の税理士、もう1名にはかかりつけ医を選んでいた。さらに、ご丁寧にもかかりつけ医は高齢の父の認知機能について問題なしとの診断書まで用意していた。
すなわち、父の遺言書が無効になるケースに当てはまらないことになる。この遺言書を無視して相続するためにはAさんとCさん姉妹全員が賛成する必要があるが、Aさんが賛成するとは考えにくい。
これで姉もあきらめるかと思いきや、今度は「私たちは遺留分が主張できる」と言い出したのだ。
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「遺留分」とは、相続人に法律で保証された最低限の相続分のこと。今回のケースのように、遺言によって1人の相続人に全財産が譲られることで、他の相続人の遺留分が侵される場合、配偶者、子（直系卑属）、父母（直系尊属）は「遺留分侵害請求」をすることができる。
遺留分侵害額請求とは、今回のケースでいえば、Aさんの相続財産独占により本来姉弟が受け取れる遺留分の損失金額を相手方＝Aさんに請求することだ。
遺留分侵害額請求には時効があり、相続・遺留分侵害を知った日から1年。姉弟は、Aさんに遺留分侵害額請求状を送った。
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さて、いよいよAさんと話し合いが始まろうかというちょうどその頃、驚いたことに父より年上だったそのAさんも亡くなってしまった。このように遺産配分が決定しないうちに相続人が死亡してしまい、次の相続が開始されてしまった状況のことを「数次相続」という。
父の相続は「一次相続」に当たり、その相続人である配偶者が亡くなった場合は「二次相続」発生となり、その相続人として子どもが父母の遺産を立て続けに相続することになる。しかし、日本の法律では、姉とCさんはAさんの子ではないので、二次相続の相続権がない。
では、誰がAさんの遺産を相続するのだろうか？
Aさんに子はなく、両親はすでに他界しているが、Aさんには弟が2人いた。この弟たちが父の遺産も含めAさんの遺産を相続することになる。これには、さすがのCさんも「縁もゆかりもない人に父の財産を取られるなんて！」と憤慨した。
遺留分を侵害している相手方が死亡した場合、その承継人、つまり相続人であるAさんの弟たちに遺留分侵害額請求を行うことになる。遺留分侵害額請求をされた人は、原則としてこれを拒絶することはできないが、遺留分侵害額を払うだけの金銭がなければ、調停や訴訟にもつれ込むことになる。姉とCさんは、結局、弁護士を立てて、タフな交渉事を伴う「争族」を経験することとなった。
今回の事例は、相続人の関係性が複雑なレアケースではある。しかし、相続人の1人だけに相続させるという遺言は、相続人が複数いる場合、揉め事に発展しやすい。また、姉とCさんがAさんの実子もしくは養子だとしても、二次相続でかえって相続税の負担が増す場合もある。
父親が生前、十分な養育費を別れた妻に渡していたら、姉とCさんも遺留分侵害請求などしなかったかもしれない。養育費とは、生活費や教育費として必要な都度直接これらに充てるためのもので、贈与税は課せられない。
今回のケースのように相続人の1人に遺産を独占させたい場合は、遺言書を作成する前に、相続に詳しい弁護士や税理士に相談することをおすすめする。
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1971年、千葉県生まれ。早稲田大学商学部卒業。相続税専門の税理士。岡野相続税理士法人（https://www.souzoku-zei.jp/）代表社員。2005年、新横浜駅近に事務所開設。’22年に法人化し、東京駅近くにも支店事務所を開設。2023年2月、名古屋事務所を開設。特に土地の評価を得意とし、手がけてきた相続案件は全国各地で累計3,000件以上。著書に『自分で相続税の申告ができる本』（幻冬舎メディアコンサルティング）、『土地評価を見直せば相続税はビックリするほど安くなる』（あさ出版）など。

岡野雄志

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