「世界に見捨てられた」シリア北西部市民。アサド政権とロシアの非道で「悲劇が深まっている」 | FRIDAYデジタル

「世界に見捨てられた」シリア北西部市民。アサド政権とロシアの非道で「悲劇が深まっている」

「国連も機能していない」シリアの現実〜軍事ジャーナリスト・黒井文太郎

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地震で大きな被害のあったシリア「反体制派エリア」には、今も支援が届かない。14日、イドリブ県で、がれきの前になすすべもない少年。アサド政権によって悲劇が深まっている背景には…  写真:ロイター/アフロ
地震で大きな被害のあったシリア「反体制派エリア」には、今も支援が届かない。14日、イドリブ県で、がれきの前になすすべもない少年。アサド政権によって悲劇が深まっている背景には…  写真:ロイター/アフロ

2月6日にトルコ南部からシリア北部にかけて発生した大地震は甚大な被害を生んだ。15日までにトルコ側で3万5000人、シリア側でも少なくとも6000人以上、計4万1000人以上の死者が確認された。今後の捜索で、さらに犠牲者数は増えることになるだろう。

支援が入らないシリアの被災地域

シリアで被災地となったのは、北西部「反体制派支配エリア(イドリブ県など)」と、「アサド政権支配エリア(北部アレッポ県や西部のラタキア県など)」。2つの地域は政治的に完全に分断されている。現在わかっている範囲でいえば、犠牲者数の約4分の3が反体制派エリア、4分の1がアサド政権エリアだ。もっとも、とくに反体制派エリアでの捜索は進んでおらず、残念ながら犠牲者数はさらに膨大なものになると思われる。

そして、反体制派エリアでは、捜索が進んでいないと同時に国際社会の支援もほとんど入っていない。トルコには震災後まもなく国際社会からの支援が続々と入ったのに比べ、その差は歴然としている。シリア北西部の反体制派エリアは、まさに「世界から見捨てられた」状況になっているのだ。

そんな「見捨てられた」シリア北西部「反体制派エリア」の支援状況を説明する。

震災後、「国境なき医師団」やいくつかのNGOがいくばくかの支援活動を行ったものの、肝心の国連の支援がなかなか入らなかった。国連の車両がようやく入ったのは震災から3日後の2月9日。ほんのわずかな数の車両が、しかも、救助用の機材やスタッフではなく、震災前から決まっていた生活支援物資だけを乗せて行ったのだ。翌日以降も数十台の車両が入ったが、やはり救助・救急救命用の資材やスタッフの支援はなかった。

シリア北西部は、軍事的には反体制派武装勢力が支配しているが、統一した統治機能を持っておらず、行政機構は存在しない。かろうじて町内会的な役割を各市町村の自治グループ有志が担っている状態で、きわめて脆弱なものだ。住民は国内避難民を含めて、生活の多くを国連などの国際支援に頼っている。

「経験値は世界一」のホワイトヘルメッツが必死の救助を

震災で崩壊した建物から被害者を救助する活動は、もっぱら現地の民間組織「ホワイトヘルメッツ」(シリア民間防衛隊)が担った。彼らは、現在も続いているアサド政権軍とロシア軍による無差別空爆によって生き埋めになった住民たちを救助する活動を行っている自発的グループで、2014年から活動してきたため経験値は世界一だ。しかし、やはりこれだけの広範囲の巨大地震では数が足りない。必要な重機も燃料も不足しており、国連に緊急支援を呼びかけていたが、まったく届かなかった。

13日にはホワイトヘルメッツ代表者が厳しい国連批判のコメントを発しており、国連の人道支援活動責任者(事務次官)が非を認めて謝罪のコメントを出している。

国連の支援が入らないのは、まずはトルコ経由の支援ルートが地震によって大きな被害を受けたためもあるが、それだけではない。対応がとにかく遅かったということだ。

もともと支援のルートが確保されていない

その背景には、このエリアの国際政治的な特殊事情がある。シリア北西部の反体制エリアは、アサド政権と対立しているため、国際的な支援は従来から、アサド政権エリアではなく、トルコ経由で入っていた。しかし、アサド政権は反体制派支配エリアを認めておらず「不法占領」だとしている。

アサド政権の後ろ盾であるロシアも同様の立場なので、国連の活動は「安保理常任理事国・ロシア」の意向に縛られる。そのロシアによって、国連安保理ではトルコ経由の人道支援プログラムは制限され、検問所も1カ所だけに限られてきた。国連は、本来なら「緊急事態」ということで即座に根回しし、すばやく計画を立てて行動を起こさなければならなかったが、それができなかったのだ。

この検問所問題は13日、アサド政権が国連に対し、反体制派エリアに通じるトルコからの検問所をさらに2カ所開設し、3か月間だけ開放することに同意した。アサド政権としては「緊急時に人道支援を優先した」ことをアピールしたかたちだが、もともとロシアと組んでトルコ経由ルートを締め付けてきたのはアサド政権である。

アサド政権側には、ロシアの救助隊が駆けつけていた

ロシアは今回、アサド政権の求めに応じて政権側に素早く救助チームを派遣した。ロシアは、アサド政権エリアにおいては人命救助活動を行った。が、北西部には救助が来ない。ロシアが、トルコ経由ルートに縛りをかけているため、どこからも救助が届かないのだ。

シリア北西部に素早い支援が入れなかったのは、もともとアサド政権とロシアがそのトルコ経由ルートに大きな制限をかけていたことに加え、常任理事国・ロシアの意向に左右される硬直的な官僚組織「国連」の仕組みにも原因がある。

他方、アサド政権側はそれでも国家としての行政機能があり、自前である程度の救助活動は可能だった。もちろんその能力は不足しているが、後ろ盾のロシアとイランに加え、UAE、エジプト、イラクなどアサド政権と接近しつつあるいくつかの国から救援チームが派遣された。

ただし、欧米諸国からの直接の救援は入らない。常態的に住民弾圧・人権侵害を行っているアサド政権は、欧米諸国の救援チームが入国して自由に活動することは認めないが、自分たちが自由にできるかたちで支援物資や資金を受け取ることはもちろん望ましい。

ところが、それが来ないことで、アサド政権は「欧米が、トルコを支援するのに、シリアを支援しないのは命の価値の不公平だ」と欧米諸国批判を始め、自分たちの正当化に政治利用した。しかし、その原因を作ったのはもちろん、独裁政権存続のために多くの自国民を虐殺してきたアサド自身である。

アサド政権に横領される支援と、情報統制の思惑

しかも、アサド政権が自由にできるかたちでの資金・資材援助は、アサド政権に横領・流用される可能性がきわめて高い。

戦争犯罪を多数行ってきたアサド政権は、欧米から経済制裁を受けている。そのため、市民に対し、国連の各機関が人道支援活動を行ってきた。しかし、アサド政権を通さない活動を許されず、業務はアサド政権機関もしくはアサド政権幹部の関連企業に丸投げされ、さらに外国人スタッフは厳しく監視され、自由な行動・視察を制限された。その結果、人道支援の資金・物資の多くを横領・流用されてきたという経緯がある。

今回の地震で、「アサド政権エリア」でとくに被害が大きかったのが、かつてアサド政権軍が住民の大虐殺を行ったアレッポ県周辺だった。この地域の住民たちの「生の声」が伝わることを恐れたアサド政権は情報統制を優先し、救助活動が大幅に遅れた。海外に「政権の情報統制外の現地情報」が出かねない国連機関の現地入りを認めず、ようやく受け入れたのは、地震発生から数日後のことだ。10日から11日にかけて、いくつかの国連機関の現地到着が確認されている。

そのアサド政権の思惑は、国際社会への自分たちの正当化アピールと制裁解除だが、どんな理由であれ、緊急の国連支援が現場に届いたのは朗報だろう。いくらかの横領・流用は、緊急時の人命優先、人道的観点から、多少は目をつぶらなければなるまい。ただし、それでアサド政権の思惑どおり、そもそもこの悲劇の構造を生んだ彼らの戦争犯罪を免罪できるものではない。

それでもアサド政権は経済制裁解除に向けた自己正当化アピールを強化しており、前述した13日のアサド政権のトルコ経由ルートの検問所増に先立つ10日には、国連によるアサド政権エリアから反体制派エリアへの支援物資搬送も認める声明を出している。これが実現すれば、シリア北西部への新たな支援ルートの確保になる。

ところが、今度は北西部を支配する反体制派「シャーム解放機構」(HTS)が「アサド政権の政治利用となるアサド政権エリアからの物資搬入は認めない」との行動に出た。緊急の人道支援が最優先なこの状況で、HTSの判断は、人命より政治的思惑を優先させたということになる。

なお、アサド政権は今回、経済制裁のために支援物資が入らないとして、経済制裁撤廃を訴えているが、経済制裁には人道支援はもともと含まれない。避難者向けの医薬品や食料、避難生活支援物資も制裁の対象外なのだ。震災当初、経済制裁の仕組みから手続き上の問題で遅れたケースはあったようだが、米国は被災地支援に関するものでは、制裁手続きを180日解除することを決めた。

経済制裁を継続しつつ、被災者支援を

今後、被災地支援物資は滞りなく国連機関の現地事務所に届くだろう。経済制裁はアサド政権によるすさまじい規模の民間人への拷問・処刑などの犯罪に対するものであり、人道支援物資の搬入に問題がなくなった以上、解除すべきではない。その点、「制裁によって人道支援ができない」とのアサド政権の虚構のプロパガンダには注意が必要だ。

問題はやはり、今後もシリアに運び込まれる人道支援物資・資金が、これまでのようにアサド政権によって横領・流用されたり、意図的に妨害されたりすることをいかに回避し、現地の被災者支援にどれだけ有効に届けられるかということである。アサド政権は過去に、反体制派エリア住民への支援物資を検問所で押収したり、支援物資搬送車列を攻撃したりしてきた前科がある。

国際社会は、前出の反体制派「HTS」に緊急支援への協力を働きかけると同時に、とにかくアサド政権に人道支援協力への約束を守らせるように目を光らせるべきだろう。

  • 取材・文黒井文太郎写真ロイター/アフロ

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