<p>秘境——現代に本当にそんなもの存在するのならば、消えてしまわないうちに是非とも訪れてみたい。そんな思いで、ぼくは「洞窟村」行きを決めたのだった。</p>
<p>中国南西部の貴州省に存在する「洞窟村」。その内壁は無数のクレーター形状が蜂の巣のように広がる淡い灰色の石灰岩で、さながら月の地表のようだ。幅115ｍ、高さ50ｍ、奥行き215ｍの巨大な洞窟内に、18戸、80余名のミャオ族の人々が暮らしていた。</p>
<figure id="attachment_297872" aria-describedby="caption-attachment-297872" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="cfbe3a82"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_01.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297872" class="wp-caption-text">洞窟の中から見た村の様子。110年ほど前、ミャオ族は戦乱や盗賊から逃れるためこの地域に移り住んできたが、’50年代に起きた火災を機に洞窟に住むようになったという</figcaption></figure>
<p>雨が降る外とは対照的に、静まり返った洞窟の中。ここでの生活に天気は関係ない。雨が降っているというのに、家の外には洗濯物が干されていた。天候の影響を受けないから、そもそも家屋に屋根がない。ぼくはびしょ濡れになった身体で洞窟の入り口に立ち、その住環境の良さをひしひしと感じていた。</p>
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<p>面白いのは、屋根がなくても小屋束や棟木といった屋根の骨組みだけが備わっている家があることだ。洞窟村が視覚的にとても奇異に感じるのは、これが大きな要因だろう。</p>
<p>ぼくは洞窟の中へと進んでいった。二、三歩足を踏み入れるだけで、蒸し暑い外とは打って変わって、ひんやりと涼しい。</p>
<figure id="attachment_297873" aria-describedby="caption-attachment-297873" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="2c21bc09"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_02.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297873" class="wp-caption-text">洞窟村ではヤギや牛の飼育も。彼らを放牧へ連れていくのが村の少年の日課だ</figcaption></figure>
<p>村を歩いていると、60代と思しき女性が話しかけてきた。雑談の中で、どうしてここに住み続けるのかというありきたりな質問を投げかけてみた。すると、彼女は笑顔でこう答えた。</p>
<p><span class="strongInContent">「洞窟の中は夏は涼しいし、冬もたいして寒くならない。なんせ住みやすいのよ。雨も降らないしね。ここは桃源郷みたいなもんなんだよ」</span></p>
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<p>一度、村を離れたものの「やっぱり自分が生まれ育った土地が一番」と、再び戻ってくる若者もいるという。この「桃源郷」<wbr></wbr>は今後も存続するだろうとぼくは思った。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="石積みの建物、体重100㎏超の犬がいる“オアシス”"></div>
<p>中国の航空会社の機内誌を見ていたら、一枚の写真が目に留まり、僕はその写真の撮影地であるセルシュ一帯（四川省西部）へと行くことを決めた。</p>
<p>道中、膨大な数の石板がレゴブロックのように積み重ねられていた。巨大なそれは、まるで「城」のように見える。運転手は、その城の前で車を停めた。車を降り、二人でそこへ歩いていく。</p>
<figure id="attachment_297874" aria-describedby="caption-attachment-297874" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="197969cf"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_03.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297874" class="wp-caption-text">城内に入ると、背丈の３倍ほどの壁に囲まれた迷宮のようだった。中には、中庭のような空間があり「チョルテン」と呼ばれる仏塔が立っていた</figcaption></figure>
<p>近くで見て、ようやくその正体がわかった。石板は全て「オムマニペメフム」という真言や経文が彫られたマニ石だったのだ。ここはソンガ・マニ石経城と呼ばれる場所で、その名の通り、まさにマニ石の城だった。</p>
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<p>城に向かって熱心に祈りを捧げるチベット仏教徒の人々。若者から老人まで数十人が周囲を時計回りにコルラ（巡拝）していた。その中に、チベタン・マスチフの血を引く野良犬が何匹も紛れている。<wbr></wbr>ぼくはコルラしている人たち以上に、<wbr></wbr>その巨大な野良犬たちが気になり、<wbr></wbr>襲ってきやしないかとビクビクしていた。</p>
<figure id="attachment_297880" aria-describedby="caption-attachment-297880" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d5365f70"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_09.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297880" class="wp-caption-text">著者の方を見るチベタン・マスチフたち。放し飼いにされており、のびのびと暮らしている</figcaption></figure>
<p>チベットの山岳地帯で牧羊犬や番犬として飼われているチベタン・マスチフ。純血種は首にライオンのようなたてがみがあり、体長100～140㎝、体重は100㎏を超える。そんな獰猛なチベタン・マスチフが、宿の外にうじゃうじゃいるのだ。しかも、昼間はおとなしかったくせに、「ヤツ」らは夜になり凶暴化しているときている。</p>
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<p>しかし、そんなときに限ってトイレへ行きたくなる。トイレは宿の外にしかない。ビニール袋かペットボトルでもあれば外に行かずに用を足せるのだが、こんなときに限って持ち合わせていない。心を落ち着かせ、無の境地で寝るしかないようだ。とはいうものの、尿意に耐えながら熟睡できるはずもなく、夜中に何度も目が覚めた。そのたびに身体をくねらせ悶えながら堪えに堪えて、ようやく日が昇る時間となった。</p>
<p>待ってましたと表の草原へ一目散に駆けていくと、そこにはすでに３人の先客がいた。どうやら昨晩必死に自分自身と格闘していたのはぼくだけではなかったようだ。彼らと目が合い、思わず笑顔になった。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="虎になりきった７人の若者が村を練り歩く…"></div>
<div>長い歴史において、多くの民族がひしめき合うように生きてきた河西<wbr></wbr>回廊。その外縁部である青海省北東部にトゥ族（土族）は暮らしている。そんなトゥ族に「跳於菟(ちょうおと)」という伝統的な祭りがあることを知った。</div>
<div></div>
<div>年の瀬の12月、跳於菟を見るため、ぼくは青海省へと向かった。</div>
<div></div>
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<div></div>
<div>１人の男性が寺院の入り口にある堂へ登っていき、短い鐘木(しゅもく)で四方から鐘を撞(つ)いて鳴らした。続いて、法螺貝を「ブウォー、ブウォー」と13回吹く。跳於菟(ちょうおと)の始まりだ。</div>
<figure id="attachment_297875" aria-describedby="caption-attachment-297875" style="width: 1200px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="7123a5cf"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_04.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297875" class="wp-caption-text">前身を白塗りした青年に、虎の模様を描いていくシャーマン。祭りの終わりには川にはいり模様を洗い流し、“虎”は青年へと戻る</figcaption></figure>
<p>男性７人が灰を全身に塗っていく。全身真っ白に塗り終えると次は化粧が待っている。酒を混ぜた墨汁を筆につけ、ハワ（＝シャーマン）と呼ばれる男性と助手が７人の身体に模様を描いていく。こうして男たちは「虎」となった。この獰猛な虎が魔物を祓い、病魔を撃退するところに、この祭りの本質がある。</p>
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<p>７人の虎たちは広場で踊った後、村を駆け巡り、家々を訪れていく。村人たちは肉や果物を用意し、虎に食べてもらう。そうすることで、厄除けになるのだという。しかし、虎たちは村の全ての家々を回って厄払いできるわけではない。そこで、女性たちは「看子(かんず)」と呼ばれる直径30㎝ほどのドーナッツ状の硬いパンを用意し、彼らが持つ長い竹竿にそれを挿し込んでいく。</p>
<figure id="attachment_297876" aria-describedby="caption-attachment-297876" style="width: 800px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="bb8cf14a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/02/TKurita_20230213_05.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-297876" class="wp-caption-text">虎役の青年たちは長い棒を持って村中を練り歩く。村人たちから受け取った「看子」は祭の最後に川に流す</figcaption></figure>
<p>看子を虎に受け取ってもらえれば、同じように厄を取り除けるのだという。</p>
<p>中国には56の民族の人々が暮らしており、各々が独自の風俗習慣を持っている。その上、地域によっても差異がある。広大な中国が内包する多様な文化を、旅をしているような気分で読んでいただき、興味を持っていただけたらと思う。</p>
<p>ぼくと一緒に旅に出ませんか？この本の中で。旅途愉快！</p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-start"></div>
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<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E8%B8%8A%E3%82%8B%E8%99%8E-%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%BE%BA%E5%A2%83%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E5%B7%A1%E3%82%8B-%E6%A0%97%E7%94%B0%E5%93%B2%E7%94%B7/dp/4947702842">『踊る虎　中国辺境の文化を巡る』</a>の購入はこちら。</p>
<div class="expapp-no-provided-scope expapp-no-provided-scope-end"></div>


栗田哲男

秘境——現代に本当にそんなもの存在するのならば、消えてしまわないうちに是非とも訪れてみたい。そんな思いで、ぼくは「洞窟村」行きを決めたのだった。 中国南西部の貴州省に存在する「洞窟村」。その内壁は無数

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