「明石家さんまも傷心」笑福亭笑瓶さんの死 参加女性が明かす『六本木パラダイスナイト』での“素顔” | FRIDAYデジタル

「明石家さんまも傷心」笑福亭笑瓶さんの死 参加女性が明かす『六本木パラダイスナイト』での“素顔”

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
飲み会のあと、明石家さんま(左)といたずらっ子のような笑顔を浮かべる笑福亭笑瓶さん(右)(’08年)
飲み会のあと、明石家さんま(左)といたずらっ子のような笑顔を浮かべる笑福亭笑瓶さん(右)(’08年)

「笑瓶の抜けた穴は俺にとって大きすぎる…」

明石家さんまにそこまで言わしめたのが、2月22日に急性大動脈解離で急死した笑福亭笑瓶さんだ。

笑瓶さんは’80年に大阪芸大芸術学部文芸学科卒業後、笑福亭鶴瓶に師事し付き人として活動。『突然ガバチョ!』『ヤングタウン土曜日』(ともにMBS)でのレギュラー出演をきっかけに関西で人気を博した。

’87年に上京後は日本テレビ系『鶴ちゃんのぷっつん5』のウィッキーさん役、フジテレビ系『ものまね王座決定戦』でのアニメ“サリーちゃん”のよしこちゃんのモノマネでお茶の間の人気者となった。

直近ではBS-TBSの『噂の!東京マガジン』、読売テレビの「大阪ほんわかテレビ」にレギュラー出演。俳優としても’21年のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に出演した。

2月26日、27日に行われた通夜・告別式には大勢のタレント仲間が弔問。皆、口々に言うのは飾らぬ性格で、誰に対してもやさしい、懐の深い笑瓶さんの姿だった。そんな中、誰よりも悲しんでいたのが、さんまだ。

2月25日、MBSラジオの番組『MBSヤングタウン』で、笑瓶さんの死に言及。鶴瓶からの電話で笑瓶さんが倒れたことを知ったさんまは、その日のうちに病院に急行。そこで自発呼吸ができない状態だと知ったそうで、さんまは

「他の人より1日心構えがあったから何とか…。それ知らずに当日を迎えてたらショックだったと思う」

と語った。亡くなった当日には、鶴瓶から電話が来て

「ホンマ世話になりよって、アイツ…。ホンマありがとう、ありがとう、ありがとう」

とメッセージが入っていたという。

それほどさんまは笑瓶さんをかわいがっていた。ラジオでは仲間内で開催してきた大人の夜会『六本木パラダイスナイト』に触れた。

これは簡単に言ってしまえば、夜な夜な開催される“合コン”のようなもの。さんまは

「最近も電話で笑瓶ちゃんから『兄さん、パラダイスナイト、いつやろ?』って時々かかってきててな。そろそろやろかって矢先にこれなんですよ。こうなるんやったらパラダイスナイトやっとけばよかった…」

と悔やんだ。

パラダイスナイトでの笑瓶さんは“六本木村”の村長という設定で、ほかの参加者が女性との時間を楽しむなか、さんまとの絶妙な掛け合いで場を和ませてきたという。さんまいわく、コラボ芸の数は30以上。メンバーの村上ショージは

「5年10年の芸でできるような技じゃない」

と述べ、さんまは

「たぶん、俺と笑瓶ちゃんしかこれは無理だと思う。それくらいずっと何年もやって固めてきたネタ」

と天を仰いだ。

実際に“六本木パラダイスナイト”に参加したことがある30代女性は

「私がいた時はさんまさんと笑瓶さんのほかに、松尾伴内さんとプロダクションの社長らしき人がいました。みなさん、話が面白くて、ずっと笑っていたのを覚えています。

中でもさんまさんはテレビで見るのと同じで、私がちょっとボケたら『それええな。今度使わせてもらうわ』と手帳にメモする仕草をしてくれました。それを見た笑瓶さんが突っ込むみたいな感じで。本当に楽しい会でした」

と回想する。

芸人の中にはキャバクラに行ったり、合コンに参加すると、“お持ち帰り”しようとひたすら口説いたり、ボディータッチをする者もいる。しかし、パラダイスナイトの面々は

「その場を盛り上げて終わり。みんな笑って帰るみたいな。参加女性にはさんまさんから“お車代”として1~2万円が出た記憶があります」(同・女性)

という。

さんまは笑瓶さんの“弔い”についてラジオでこう述べた。

「勝手に送る会をするんで。笑瓶の写真とかメガネ持って、今まで行ってた店を回ろうと思ってます。それを笑瓶が喜ぶかどうか。見守ってくれ」

笑瓶さんは無類のキャバクラ好きだった。さんま流の“弔い行脚”に天国の笑瓶さんも喜んでいるに違いない――。

 

  • PHOTO西原 秀

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事