職場やネット上で散々な言われようだが…「働かないおじさん」発言はハラスメントにならないのか?
「おじさん」はそもそもビジネス現場には必要のない単語
「働かないおじさん」がネット上で槍玉に上がっている。2014年頃から何かと標的にされてきたが、それが今、激しく再燃。会社のお荷物、余剰人員、周りの士気を下げる――と、「働かないおじさん」に向けられる声は容赦ない。
- 「メール1行で済む業務の依頼を、電話で1時間かけて説明している」
- 「Excelを使う仕事は全て部下に丸投げ」
- 「隙あらばネットサーフィンに精を出し、上司の前では働いているフリ」
- 「楽な部署なのに、仕事が遅くて定時を過ぎても退社しない」
- 「能力がない上に謙虚さもない」
とまあ、散々な言われようである。
会社から年功序列で高い給料をもらっていながら、仕事ができない、使えない。毎日そんな中高年社員を間近で目にしていると、いやでも自分のモチベーションまでが下がっていく。中堅や若手のビジネスマンが腹に据えかねるのも、わからなくはない。
が、この辛辣な「働かないおじさん」発言、ハラスメントにならないのか?
「『おじさん』『おばさん』という言い方がハラスメントになるケースは、職場に限られると思います。そもそも『おじさん』という言葉はビジネスの現場に必要のないものですから、社内で誰かに対して使えばハラスメントに当たるかもしれません」
そう話すのは、メンタルヘルスやハラスメント対策など企業の労務管理を得意とする社会保険労務士の木村政美さんだ。何でも「働かないおじさん」という言葉自体はよく耳にしていたそうだが、このたび改めてネットで意味を調べてみたという。
「お給料と働きが見合わない中高年社員を指す言葉なんですね。パソコンを使えない、要領が悪い、若手社員の半分くらいしか仕事ができない。そのくせ高い給料をもらっていると。
日本の賃金形態は、完全に成果主義のみを取り入れている企業がまだ少なくて、大方の会社は年功序列で決める部分を残しています。実力や成果に応じてというより、年齢を重ねるにつれ給料が上がっていくわけです。若手社員にしてみれば、毎日忙しく働いている自分より何もしていなさそうな50代の社員のほうがなぜ給料が高いのかと、不満が募るでしょう。でも、そこで本人に『働かないおじさん』と言えば、それはハラスメントになってしまいます」
給料に見合う働きをしない……早い話が「給料ドロボー」
いくら鬱憤が溜まっているとはいえ、勇気のある若手社員でもさすがに、目上の社員に面と向かって「働かないおじさんは、給料を減らしてもらったほうがいいと思います」とは言えないだろう。
では、いくぶん遠回しに「給料に見合うだけの仕事をしてほしいです」ならどうか。
「裏を返せば、『給料ドロボー』と言っているのと一緒ですよね。ただ、ストレートにその言葉を使えばハラスメントになりますが、『給料に見合うだけの』という言い方だとどうでしょうか。働かないおじさんバッシングはパワハラの一種だと思いますが、パワハラって玉虫色の部分があって線引きが難しいんです」
社内の働かないおじさんに対して「給料ドロボー」だと思っている中堅や若手の社員は少なくないはずだ。でも、心の中で叫んだり同僚と愚痴り合ったりしたところで、本人の耳には届かない。よって、働かないおじさん自身は無自覚、という可能性は大いにあり得る。
「本人に『周りから給料ドロボーと思われている』という自覚がなければ、ハラスメントにはなりません。ハラスメントは本人から訴えがあって顕在化する場合が多いので、なる、ならない以前に、俎上に上がらないですよね。
ただ、周りが「あの人、パワハラを受けているのでは」と気づくことで、ハラスメントとして認識される場合があります。今はパワハラ防止法によって全ての企業にハラスメント相談窓口の設置が義務付けられていて、たとえば『AさんがBさんにハラスメントしているところを見ました』と、第三者が相談窓口に訴えることができるんです。
そうすると会社側は、ハラスメントをした人と受けた人、その周りの社員にヒアリングするなどして調査をしなくてはなりません。その結果、ハラスメントが表面化することもあります」
本人にはまったくその自覚がないのに、第三者が会社に相談したがゆえに、「働かないおじさん」などという不名誉なレッテルを貼られていることに気づかされるハメに……それはそれで気の毒な話ではある。
日本は働かないおじさんにとって天国だった…
「自分が働かない、使えない人間だなんて考えたこともない、そういう中高年社員は多いと思いますよ。周りから指摘されても気づかないなんて人も、中にはいるんじゃないでしょうか」
そんな上司や先輩社員にいら立ち、会社に「あの人をどうにかしてほしい」と訴える若手社員が出てこないものだろうか。
「今の若い人たちは、どの会社に行っても通用するスキルがほしいと考えています。でも、職場には使えない上司やのんべんだらりと働く先輩がいて、自分が望むようなスキルは身につかないし、自分が使える人間になっている実感も持てない。若手はそこで上司を変えようとするのではなく、自分が環境のいい会社に移る選択をすると思います。
会社にとっては、働かないおじさんが社内に多くいると、人材流出に繋がります。結果的に、会社の損失になるでしょうね」
会社としては、有望な若手社員に辞められては困る。それを食い止めるために、働かないおじさんをリストラの対象にする会社もありそうだが…。
「それが、会社は簡単に社員を辞めさせることができないんです。能力不足は普通解雇の理由の一つになりますが、どの程度の能力が不足し、辞めさせる理由に十分なり得るということを立証しなくてはいけない。それが非常に難しいんです。
中小企業の場合は、いくら働かないおじさんであっても解雇できない事情があります。辞められると、人材がいないから補充ができなくて困る。今いる社員さんに頑張ってもらうしかないわけです。
欧米と違って日本はまだまだ労働力の流動性が低いので、転職しようにも次の職場がなかなか見つかりません。だから国も、会社が簡単に首にできないよう解雇規制を設けて労働者を守っているんです」
誰もが認めるような働かないおじさんならなおのこと、高い給料をもらって定年までいられる恵まれた状況を手放すはずもない。若手社員たちの非難の声が少々耳に入ってきたところで、我関せずを決め込んで会社に居座り続けそうだ。
「働かないおじさんであろうと、会社は余ほどのことがない限り辞めさせることもなければ、役職定年に該当しない限りお給料を下げることもありません。若い人たちが思っている以上に、おじさんは会社に守られています。法律的にも立場的にも守られているんです」
そうか、日本は働かないおじさんにとって天国だったのか。
「若手社員がどれだけ怒りの矛先を向けようとも、職場の働かないおじさんは変わりません。怒るだけ労力の無駄というものです。
スキルアップを望む若手社員は転職を選択するとお話しましたが、働かないおじさんの存在によってモチベーションが低下し、自分が成長できない危機感を持っているなら、新天地に移ることを考えるのもいいのではという気がします」
職場の働かないおじさんに我慢できなくなったら、転職のしどきがもしれない。
木村政美(きむら・まさみ)社会保険労務士。1963年、長崎県生まれ。専門学校卒業後、旅行会社、生命保険会社、人材派遣会社などを経て2004年に事務所開業。企業のメンタルヘルスやハラスメント対策に関する相談業務、セミナー講師、執筆活動など幅広く行っている。2011年より千葉産業保健総合支援センターメンタルヘルス対策促進員、2020年より厚生労働省働き方改革推進支援センター派遣専門家受嘱。
- 取材・文:斉藤さゆり
ライター
フリーライターとして雑誌記事の執筆、書籍の構成・編集などを手がける。現在は北海道在住で、ニュースサイトを中心に活動。社会情勢に関する執筆の機会が多い。地方紙の通信員としても取材・執筆。