’22年12月８日、中国で約３年にわたって徹底されてきたゼロコロナ政策が大幅に緩和された。一時期は感染者数が急増し、医療体制崩壊寸前とも言われていたが、街に活気が戻り、市民は日常生活を取り戻しつつある。
この政策転換を最も喜んでいるのが、昨年８月から約４ヵ月間、“厳しすぎる”規制を強いられてきた新疆ウイグル自治区の人々だ。自治区で暮らす約２５００万人は、ゼロコロナ政策の緩和によって、やっと「監禁生活」から解放されたのだーー。
<h2>家があるのに広場で暮らさないといけない……</h2>
感染拡大防止のため、中国ではこれまでに複数回、感染者数が急増する地域でロックダウンが実施されてきた。しかし、新疆で実施されたものは別格だった。
「新疆は、中国の中でも極めて特殊な地域です。この地域では少数民族であるウイグル人による分離独立運動など、政治的に不安定な状況が続いている。これまでも、包丁販売時の実名登録が求められたり、ウイグル人へのパスポート発行が制限されたり、ほかの地域では考えられない規制が『テロ対策』という名目のもと行われてきました。これらがゼロコロナ政策によってさらにエスカレートしたのです」
そう語るのは、新疆ウイグル自治区に関する調査報道を続けてきた中国人ジャーナリスト・王志安氏（54）。かつては中国中央電視台（CCTV）の報道番組で記者を務めた、中国国内では名の知れた人物である。CCTVを退社後、フリージャーナリストとして企業や社会の闇をいくつも暴いてきた彼だが、’19年６月に突然、SNSアカウントが閉鎖された。中国国内では、王氏の忖度なしの報道姿勢に当局が警戒感を示したためとも言われている。
活動の場を失った王氏は、報道を続けるべく、海を渡り東京に拠点を移した。ここで、中国国内のメディアが報じない「闇」を調査し、YouTubeで報道活動を続けている。YouTubeには中国から直接アクセスできないにもかかわらず、王氏のチャンネルは国内外から絶大な支持を得ており、登録者数は60万人を超える。
<figure id="attachment_298021" aria-describedby="caption-attachment-298021" style="width: 2878px" class="wp-caption alignnone"><a href="https://www.youtube.com/@wangzhian"><a href="#" data-ident_hash="7c075b84"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/51d897240d4125a93ba865058e835f3c.png" alt=""></a></a><figcaption id="caption-attachment-298021" class="wp-caption-text">中国人ジャーナリスト・王志安氏。画像は王氏のYouTubeより</figcaption></figure>
王氏は、新疆で行われた知られざるロックダウンの実情を取材し、動画にしている。
「新疆では、厳しいロックダウンが実施されていました。10月４日に交通網が遮断されてからは、自治区の外に出ることがほぼ不可能になった。列車の運休が発表されたとき、86人が駅で乗車を待っていました。彼らは旅行で来た人や親戚に会いに来た人など、新疆の外に住んでいる人ばかりでした。
突然知らされた運休によって、この人たちがいきなり“ホームレス”になってしまいました。ホテルを取ればいいというものではない。１日何回もPCR検査を行い、新型コロナウイルスの感染者を完全管理している新疆では、ホテルの利用者を厳密に管理しています。いきなり受け入れるなんてできない。政府は、この“ホームレス”たちに駅近の広場で暮らすように命じました」（王氏）
家がある人を広場で暮らさせるだけでも信じがたいが、これだけでは終わらなかった。
「季節が冬に向かい気温が下がりつつある状況で、いつまでも広場で生活させるわけにはいかないと思ったのか、政府はこんなアイディアを思いついた。『料理や土木作業ができる人には、優先的にアルバイト先を用意することが可能』と通達したのです。案の定、ネットでは『何の罪もない人たちを、家に帰さないうえ、仕事をさせるなんてあり得ない』『まるで刑務所に入れられて家賃まで出させられるようなこと』と大炎上した」（王氏）
この帰宅難民がホームレスになった件について、中国のネット事情に詳しい国際ジャーナリストが語る。
「新疆の出来事がネットで炎上すること自体、珍しい。なぜなら、ゼロコロナ政策によって起きた悲惨な出来事は全て、SNSで発信したり議論することが許されないからです。今回の件が明るみになったのは、そもそも情報の発信元が政府だったためです。中国政府は『仕事を提供する』ことが国民から好意的に捉えられると勘違いし、『仕事がなくて生活に困っている人に仕事を提供するんだぞ。喜んでくれよ』とでも思ったのでしょう。『ゼロコロナを実現するためなら、国民の身体の自由を制限しても構わない』という発想は、極めて恐ろしいです」
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<h2>死因はコロナではなかったけど……</h2>
ゼロコロナ政策のもと、新疆の人々は自宅マンションから出ることも許されなかった。仕事や学校、買い物にも行けず、食料品はネットで購入するという生活……。急病人が出てもすぐには診察してもらうことができず、こんな悲劇も起きたという。
「１歳の子供が急病になりましたが、コロナ対策でどの病院にも受け入れてもらえなかった。最後は強行突破する形で病院で診てもらいましたが、子供は亡くなってしまった。医者からは、『あと10分早ければ助かっていた』と告げられたそうです。しかも遺体は病院の霊安室に置いてもらえず、そのまま火葬場に運ばれました。子供を亡くした父親が、対応を批判する声をネットに上げて注目されましたが、その投稿もすぐに当局によって削除されました」（王氏）
前出の国際ジャーナリストが解説する。
「病院に受け入れてもらえず亡くなった人は他にも大勢いると言われているが、言論統制されているためニュースになることはない。不平を訴えただけで『デマを流した』として逮捕されることもあるという」
<figure id="attachment_298024" aria-describedby="caption-attachment-298024" style="width: 908px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="c793d3f0"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/78eeaa77be8113b47ddf0bd6f2e105c0.png" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-298024" class="wp-caption-text">長い間使用されていないタクシーがずらりと道端で並んでいる。画像は王氏のYouTubeより</figcaption></figure>
<h2>出るための通行証は闇取引。体の関係を求められることも</h2>
新疆を出るためには「離疆証明」という通行証が必要だった。新疆を出る理由や行き先、移動方法（交通機関の場合は便名、自動車はナンバー）などを細かく書類に記入しなければならない。しかしこの通行証も、審査基準が不透明で、コネがないと基本的に申請許可が下りないと言われていた。王氏が新疆を出る手続きについて説明する。
「通行証の書類だけではなく、PCR陰性証明も求められます。最も厳しいときは、７日連続のPCR陰性結果、もしくは集中観察施設で７日過ごす必要がありました。一方、関係部門の職員は通行証の申請許可を闇取引していた。その事実は、一人の女性が公開した通話の録音データによって発覚しました。
女性は、通行証申請が下りるようにできるという男性と値段の交渉をしていました。男性は、通常８０００元（約15万６０００円）から割引して３０００元（約５万８０００円）で提供する代わりに、４回体の関係を持つように取引を持ちかけた。その録音が公開された後、警察は『関係者を装う男を逮捕した』とすぐに発表しましたが、私はその男が偽物だと思えません。男は、新疆に自宅があるその女性がいずれ戻ってくることを見込んで、電話で『戻ってきたときでいい』と言っていました。体目的の詐欺師ならば、そんな悠長なことは言わないはずです」
なぜ新疆ではこれほど常識はずれのことが起きていたのか。王氏は、すべては社会の管理体制に問題があると考えている。
「中国の社会管理体制は、法に基づいたものではないのです。例えばどんな基準でコミュニティを封鎖するか、何人以上の陽性者が出たらロックダウンを実施するか、どんな条件を満たせば通行証が下りるのか、政府の方針は、全てのプロセスが不透明です。その結果、コネや賄賂、闇取引が生まれます。お金も権力もない人は必然的に弱い立場になり、訴えようとしても都合よく揉み消される。これは今に始まったことではなく、コロナ対策が問題を可視化したのです」
ゼロコロナ政策は緩和されたが、本質的な問題はまだ何も解決されていないようだ。
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王志安氏の<a href="https://www.youtube.com/@wangzhian">youtubeチャンネル</a>はこちら。
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<figure id="attachment_298032" aria-describedby="caption-attachment-298032" style="width: 924px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3e315312"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/6052cf43e42c9f82b407d61e36a2deb2.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-298032" class="wp-caption-text">抗議する市民を止めるために防護服軍団が現れることも…… 画像は王氏のYouTubeより</figcaption></figure>

’22年12月８日、中国で約３年にわたって徹底されてきたゼロコロナ政策が大幅に緩和された。一時期は感染者数が急増し、医療体制崩壊寸前とも言われていたが、街に活気が戻り、市民は日常生活を取り戻しつつある

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