テレ東のカリスマ 伊藤隆行エグゼクティブプロデューサーが語る「テレビマンはもっと自由であれ!」
『池の水ぜんぶ抜く』『モヤモヤさまぁ〜ず2』の生みの親にして 佐久間宣行氏、高橋弘樹氏ら名物Pの元上司

「『マネジメント本を書いてくれ』って言われたけど、『今はやめておく』って返事をしたんですよ」
そう言いながら颯爽と取材場所に現れたのは、『モヤモヤさまぁ〜ず2』に出演し、「伊藤P」の愛称で親しまれるテレビ東京の伊藤隆行氏(50)。数々のヒット作を生み出すだけでなく、『ゴッドタン』を手掛けた佐久間宣行氏(47)をはじめ、錚々(そうそう)たる後輩たちを育ててきたカリスマプロデューサーだ。ネットテレビや配信番組の隆盛を受け、各局の名物テレビマンの独立や移籍が相次ぐなど、激動のテレビ界は伊藤氏の目にどう映っているのか。カリスマを直撃した。
’11年に上梓した『伊藤Pのモヤモヤ仕事術』(集英社新書)で伊藤氏は、テレ東は発想や感覚が他局と異なることに触れ、「テレ東の文法をとても大事にしています」と記した。時を経て「テレ東の文法」は変化しているかと問えば、「より強まっているかもしれないですね。企画を立て、番組を作る手法で言うと、『ないもの探し』の基本は変わりません」と言う。
「コンテンツは見られなければ意味がありません。思わず二度見するとか、ハッとさせられるとか、企画やタイトル、雑誌なら表紙に、魅力がすぐわかる形で”ポン!”と出てないといけないんです」
ヒントは「日常にある」という。
「普通なら流してしまうことに引っ掛かりを覚え、心の揺らぎを留めておくと、それが企画に繋がります。『それ、自分も気になっていた!』と共感を呼ぶ。100人に一人、1000人に一人でも強い共感を得られるなら、ヒットの兆しがある」
伊藤氏の代表作のひとつ『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』(以下、『池の水』)も、些細な疑問から生まれた。
「ニュースで『警察は、池の水位を下げて捜索しています』とナレーションがあって、『水位を下げるって、なんだ?』と」
こうして生み出される渾身の番組は、他局に真似られることが多いが、伊藤氏は「昔から同業者に『テレ東はパクってよし』なんてイジられます」と笑う。
「TBSさんはパクり方が露骨で、『もっと上手くやってくれないと!』と文句を言ったことがありますよ(笑)。テレ東はパクられ、イジられるのは本望。企画を奪われても、本当のオリジナリティは、最後に残ると思っていますから」
テレ東独自のオリジナリティがある作品のひとつとして伊藤氏が挙げたのは、2月末に退社した高橋弘樹プロデューサー(41)が手掛けた『家、ついて行ってイイですか?』。人気バラエティだが、高橋氏にはドキュメンタリストとしての才を感じているという。
「高橋弘樹は元々、何でも面白がって作るタイプなんでしょうけど、『家、ついて行ってイイですか?』で変わりました。ドキュメンタリストとしての熱量が出たというか。素人バラエティの追いかけ方、ヒューマンドキュメンタリーの難しい部分、それを読後感で『「Let It Be」をかけちゃったら、全て収まるよね』というフォーマットを見つけたのはすごいと思いますよ」
熱量こそ、伊藤氏が大事にするキーワード。大ヒットした『池の水』も、当初は社内で大反対に遭い、会議で編成局長と大声の応酬になるほど揉めた。
「決着しないまま、編成局長と食事に行きました。そこで『テレビが誰かのためにやるっていうのはどう?』と言ってくれて。タイトル案が『水抜いちゃいました』だったのを頭に『緊急SOS』をつけ、最後は『大作戦』にする――『池の水』の番組名は、そこで決まりました。揉めたけど、ちゃんと考えてくれた。そこからハレーションが起き、企画が磨かれる。ロケの神様が降りてくるみたいな、上手くいく番組って何かしら人の反応があるんです」
それから伊藤氏は「初対面をなくしておこう」と社内の人々と積極的に交流し、部下にもそうするよう勧めているという。
「テレビ局はコンテンツメーカーになるべきだと思っています。配信だけでなく、物販などの商品開発もコンテンツです。そう考えたらイベントや営業など、社内だけでも組む相手がめちゃくちゃ増えました。今は10人中7人がテレビをつけていた時代じゃない。どこでタッチポイントを作るかも重要です。大食いとか、蔵の中身を鑑定するとか、局地戦をやっていい会社なのだから、こういう時代に”番組にする”ことだけを考える必要はないですよね。後輩たちには『テレビを一回忘れていい』と言っています」
高速道路関係のスポンサーを担当していたBSの外勤営業が「低予算に悩んでいる」と聞いた伊藤氏。制作部に声をかけて90分の企画を募集したところ、1週間で30本も集まったという。「結局、『高速出口、ぜんぶ降りる。』って、僕の企画が通っちゃったんだけど(笑)」。
入社当初はドラマ班にいた佐久間氏をバラエティに引き込んだのも、伊藤氏だ。
「僕はお笑いがイマイチで、『お笑いやってみない?』と聞いたら、凄く嬉しそうだったんですよ。それにカッコイイのが好きそうだから、局になかった『総合演出』の肩書をつけたんです。まだ2人とも20代で周りからは『何を偉そうに』と叱られたけど、本人はノリノリでした」
キャラクターを見抜き、相手によって言い方や伝えるべきポイントを変える。「同じ球しか投げなかったら、キャッチボールは成立しない。別々の人間なんだから、当たり前じゃないですか?」と伊藤氏は笑った。
「僕たちは猛獣使いになればいい」
しかし、一昨年3月に佐久間氏、昨年6月に上出(かみで)遼平氏(34)、この2月に高橋氏と、名物プロデューサーが退社。管理職として人材流出をどう考えているのか。
「そりゃ寂しい思いはありますよ……でも、引き止める理由はないですね。むしろ背中を押します。テレビ局も人材がどんどん代謝する文化になるべきです。辞めても組んで仕事ができるし、外ででっかくなってくれたほうがいい。テレビマンもクリエイターで、もっと自由でいいはずです。局でできないことがあり、外にそれができる景色が見えたなら進めばいい。僕だって考えるし、今の環境が面白がれなくなったら辞めます。エグゼクティブプロデューサーは開局以来初の肩書で、偉い人に『辞められたら困る的なやつですか?』と聞いたら、『そういうところもある』って正直に言われました(笑)」
カリスマが笑顔である限り、「テレ東の文法」は継承されていく。






『FRIDAY』2023年3月24日号より
取材・文:鍬田美穂PHOTO:鬼怒川毅