日本で唯一の「北極冒険家」が特別寄稿!アザラシを狩り、 クマと戦い、 マイナス2℃の海を泳いだ | FRIDAYデジタル

日本で唯一の「北極冒険家」が特別寄稿!アザラシを狩り、 クマと戦い、 マイナス2℃の海を泳いだ

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’19年、素人の若者たち12名とカナダ北極圏を600㎞、約1ヵ月の徒歩冒険へ。冒険スキルを次世代に繋ぐことも荻田氏の使命だという
’19年、素人の若者たち12名とカナダ北極圏を600㎞、約1ヵ月の徒歩冒険へ。冒険スキルを次世代に繋ぐことも荻田氏の使命だという

「初めての海外旅行は、22歳の時。約1ヵ月かけて北極の地を700㎞歩きました」

そう語るのは、荻田泰永(おぎたやすなが)氏(45)。22歳から17回の北極行を経験した彼を、人は「北極冒険家」と呼ぶ――。

’14年。私は成功すれば世界で3人目となる、極地冒険の最難関、北極点無補給単独徒歩到達を目指した。2ヵ月分の物資を搭載したソリを引きながら、カナダ最北端の岬から800㎞先の北極点を目指す。足元の水深は2000mほど。一方で、海の表面で凍結している氷の厚みは平均2m。まさに「薄氷を踏む」単独行は過酷を極め、私の肉体と精神を日々侵食していった。

北極海で私を苦しめるのが乱氷帯だ。北極海の強い海流と風の影響で海氷は常に動き、流れることで、氷が押し合う力が集まり隆起した乱氷帯は、まさに壁だ。時に高さ10mほどにも積み上がり、ソリを運搬する私にとって最大の障害物となる。1台のソリが100㎏を超えると巨大な乱氷帯を越えるのが難しくなるため、ソリを2台用意し、1台ずつ運んでゆく。

また、乱氷帯と並んで私の行く手を阻むのが、海氷が割れて河のようになった「リード」である。幅3mほどの小さなリードもあれば、海氷の動きも手伝って数十mから数百mの幅にまで広がったものもよくある。巨大なリードとなると何㎞も迂回して渡れる場所を探すか、もしくは、水を通さない特殊な「ドライスーツ」を着用し、氷点下2℃ほどの水中を泳いでリードを越えることもある。温暖化の影響もあり、近年では海氷が薄くなり、巨大なリードが増える傾向にあるのだ。

無人地帯で火の海に

北極で私の命を守る家となるのは小さなテント。これまでに体験した最低気温は氷点下56℃。テントと寝袋だけで夜を過ごし、翌朝また歩き始める。寒さが極まると「痛い」という表現をすることがある。しかし、氷点下50℃以下の世界は「痛い」の次の段階を迎える。表現するなら「搾(しぼ)り取られる」といったところか。そこにいるだけで生命の危機を感じる。

’07年には、カナダ北極圏で1000㎞の単独行に挑んだ。村から村へ、完全な無人地帯を進む計画だ。25日目まで歩いたところである事件が起きた。テントの中ではキャンプ用のバーナーを使う。その燃料として我々はガソリンを使うのだが、誤ってテント内にこぼしてしまった。北極を歩き始めて8年目という慣れ、そして毎日の単独行で疲労が頂点に達したことからの集中力の欠如、それらが招いた事故だった。「あ、やばい!」と思った瞬間、引火してテントの中は一瞬で火の海に。大慌てで燃えているものをとりあえず外に放り投げ、自分も素足のまま飛び出た。急いでスコップで雪を掻(か)き込み、なんとか消火し終わった時には、テントは半分ほどが焼失していた。

自分がその時いた場所は、1000㎞の無人地帯のちょうど半分、進んでも、戻っても、半径500㎞は無人の世界だ。そんな中、ホッキョクグマに遭遇してショットガンで威嚇(いかく)……。結果的に救助を受け、出発した村に引き上げることになった。とにかく決死の生還劇だった。村で診(み)てもらったところ、私は両手と右足の先、顔に火傷(やけど)を負っており、とくに両手は重傷。簡単なミスから招いた事態であったために、私は激しく落ち込んだ。もう北極行なんてやめようかとも考えたが、日本に戻り1年ほど時間をおくと、再び私の心は北極を求めているのだと感じた。

よく、北極へ何回も行くのはなぜかと聞かれる。私の場合は「何もないから」だ。何もない北極では本能が研ぎ澄まされる。また、最近は、冒険してきた経験を自分のためだけで終わらせたくない思いから、若者にこの経験を伝えるべくともに北極行に挑んだ。北極に魅せられて23年。積んできた経験や歳によって行く理由はさらに増えているのかもしれない。

食事、睡眠、排泄に至るまでテント内で済ませる。火を起こし、雪を溶かしてお湯を作り、食事や飲み水を確保する
食事、睡眠、排泄に至るまでテント内で済ませる。火を起こし、雪を溶かしてお湯を作り、食事や飲み水を確保する
北極の雪原にポツリと荻田氏のテントが。キツネやクマよけのため、テントの周りにはロープを張っている
北極の雪原にポツリと荻田氏のテントが。キツネやクマよけのため、テントの周りにはロープを張っている
北極点無補給単独徒歩到達を目指す荻田氏。この2年前に天候不順と海氷状況の悪化により、中止していた
北極点無補給単独徒歩到達を目指す荻田氏。この2年前に天候不順と海氷状況の悪化により、中止していた
道中では北極に住むイヌイットとの交流も。アザラシの狩猟にも同行し、彼らから生きる知恵を学んできた
道中では北極に住むイヌイットとの交流も。アザラシの狩猟にも同行し、彼らから生きる知恵を学んできた

荻田泰永 ’77年生まれ。カナダ北極圏や北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。17回の北極行を経験し、北極圏各地を1万㎞以上移動。’17年「植村直己冒険賞」受賞

『FRIDAY』2023年3月24日号より

  • PHOTO荻田泰永

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