「本当に苦しかった」…東大出身初の力士・須山「教授から詰められた卒論」とブチ当たった壁
「長かったですね。大学生活は十分楽しんだので、これからは新たな気持ちで相撲に集中できるようがんばりたいです」
3月13日に白星発進した東序二段20枚目の須山(25)は、ホッとしたように報道陣へ語った。須山は東大出身者として初めての力士。4万字におよぶ卒業論文は「可」の判定で、今春の卒業が決まったという。報道陣へは、こうも語っていた。
「(担当教授からは)少々詰められました。議論が甘かったり、参考文献が少なかったりと……。なんとか通してもらいました」
須山が力士になるまでの道のりは、決して平たんではない。憧れの東大には2年連続で不合格。慶応大学に通いながら勉強を続け、3回目の受験で東大に合格したのだ。
「東大に入るまで、スポーツ経験はほとんどなかったそうです。高校は帰宅部。慶応で所属していたのはバンドサークルでした。中学時代、野球部に所属していたのが唯一の運動キャリアでしょう。以前から格闘技に興味があり、東大に入学してから相撲を始めたとか。しかし大学3年、4年の時は、新型コロナウイルスの影響で満足に稽古ができなかったと聞いています。
当初、卒業後は『商社か外務省に行くのかな』と漠然と考えていたそうです。しかしコロナにより相撲で完全燃焼できず、中途半端に終わりたくないという気持ちが強くなったのでしょうか。昨年9月で年齢制限となる25歳になる前に、新弟子検査を受けようと決めたようです」(スポーツ紙担当記者)
入門の決め手は親方の誕生日

満を持して歩み始めた相撲の道。しかし東大の学生が、いきなり結果を残せるほど甘い世界ではなかった。
「昨年5月場所で序ノ口デビューしてから2場所連続で勝ち越しますが、11月場所では負け越し。今年1月場所では3連勝の後に3連敗します。本人も『本当に苦しかった。しっかり稽古をするだけ』と、悲壮感を漂わせていました。学生時代とは違うプロの力士たちの強い当たりに、押し負けているようです。関取になるためには、まだまだ実力不足なのは否めません」(同前)
壁にブチ当たっている須山にとって幸いなのは、所属する木瀬部屋との相性が良いことだろう。
「木瀬部屋へは、東大相撲部時代に何度か稽古に訪れたことがあったそうです。入門の最大の決め手は、親方(元前頭・肥後ノ海)と誕生日(9月23日)が一緒だったからだとか。師匠との関係は良好なようです。
木瀬部屋では、親方や兄弟子が稽古やトレーニング方法をムリに押しつけることはありません。部活の合宿のような和気あいあいとした雰囲気。師匠も理論派で、理にかなった指導をします。須山はのびのび相撲がとれるでしょう。まずはケガをせず上位を狙える身体を作ることが大切だと思います」(同前)
今は「東大出身」という肩書が先行している印象が強いが、まだ入門して1年未満。自身が目標とする番付「東大なので東大関」への道のりは長い。




PHOTO:共同通信社 時事通信社 小松寛之