<figure id="attachment_303185" aria-describedby="caption-attachment-303185" style="width: 5760px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="3fedb35c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/aflo_23388420.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303185" class="wp-caption-text">教頭からの性的暴行は女性教師のトラウマとなった（写真はイメージです。PHOTO：アフロ）</figcaption></figure>
九州の小学校で、教頭の二村正弘から性暴力を受けた教員の坂岡彩香（いずれも仮名）。その苦渋に満ちた体験を【<a href="https://friday.kodansha.co.jp/article/303174">前編：31歳女性教師のトラウマに「教頭の性的暴行」悪夢の１時間</a>】に続いて見ていきたい。
勤め先の学校の教頭から性的暴行を受けた３日後、彩香は校長から非常勤務の講師としての契約の１年更新を打診される。彼女はこう自分に言い聞かせて引き受けた。
――自分さえ我慢すればいい。
子供たちのために、１年間耐え抜こうと決めたのだ。
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彩香は毎日感情を押し殺して学校に通った。だが、同じ学校にいれば、嫌でも二村と顔を合わせる機会がある。事件後、彼女には二村の顔が恐ろしい怪物のように見え、恐怖心は膨らむばかりだった。
学校にいる間、彩香は絶対に二村と２人にならないように細心の注意を払った。廊下ですれ違っても気づかないふりをし、どうしても伝えなければならない仕事の用事があれば他の教員を介してする。少しでも隙を見せれば、性行為を迫られるのではないかと気が気でなかった。
１学期の間、彩香は戦々恐々としながらもなんとか授業を行った。夏休みを挟み、２学期になって勤務が再開すると、彼女の心身に異常があらわれるようになった。
<h2>心を安定させようと飲めない酒を……</h2>
<figure id="attachment_303180" aria-describedby="caption-attachment-303180" style="width: 5184px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="24ed28f4"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/IMG_3661.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303180" class="wp-caption-text">性的暴行などで処分を受ける公立校の教諭は年間200人以上になる（写真はイメージで加工いしています。PHOTO：石井光太氏）</figcaption></figure>
二村の声を聞くだけで全身に鳥肌が立ち、吐き気に襲われる。食事がとれなくなり、体重がみるみる落ちて頬の肉がこけていく。そこでなんとか心を安定させようと、家に帰るとろくに飲めない酒を口にするので、どんどん飲酒量が増えていく。
彩香は言う。
「後にＰＴＳＤと診断されるのですが、この時にすでに症状が出ていたんだと思います。１学期の間はなんとかやりすごすことができても、２学期からは限界だったということなのだと思います。
症状の中で特にひどかったのが情緒不安です。感情のコントロールができず、常に不安定な感じで周りの人たちに何でもないことで大声を出してしまいました。家族からも不審がられるし、他の人たちともうまくやっていけません。どんどん孤立していきました」
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秋の半ばには、彩香は心身の限界を感じていた。だが、15万円ちょっとの月収で、アパート代、生活費、奨学金や車のローンの返済、車の維持費などを支払っているため、貯金はないに等しい。今、仕事を投げ出せば、子供たちの授業どころか、自分の生活すら立ち行かなくなる。
なんとか３学期まで働いたものの、彩香はもはや先のことが見通せない状態になっていた。少なくとも、この学校で働くことは不可能だ。ただ、他の仕事にすぐにつけるだろうか……。
そんなある日、彩香は旧知の友人と話す機会があり、現在置かれている苦しみについて相談した。それがきっかけになり、男女共同参画センターの相談員とつながることになる。彩香は来年度以降のこともあったため、勇気を出して事件のことを打ち明けた。
<div data-friday-nextpage-lead="相談員が出した「意外な結論」"></div>
<figure id="attachment_303179" aria-describedby="caption-attachment-303179" style="width: 4624px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="d52220b0"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/20230323_134400.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303179" class="wp-caption-text">子供たちが被害にあうケースも多い（写真はイメージで加工しています。PHOTO：石井光太氏）</figcaption></figure>
相談員は、これは二村の一方的な性暴力だと断言した。
「今回のことは、職場での上下関係を利用していて、立場が対等じゃない。それに管理職としての自覚がないことも問題です。きちんと学校と教育委員会に伝えたほうがいいと思います」
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それまで彩香はずっと自分に責任があったのではないかと悩み苦しんでいた。だから、こう言ってもらえたことで、初めて自分は被害者なのだと考えられ、胸が少しだけ軽くなった気がした。
３月の終わり、彩香は相談員にアドバイスを受けて事件の詳細をまとめ、まず校長に対して二村から性的被害に遭ったことを話した。校長は聞いた途端に頭を抱えた。彩香はこのことは二村にはつたえず、まず教育委員会に報告してほしいと頼んだ。そうしなければもみ消される恐れがあるからだ。
校長は承諾し、彩香は理科室に戻った。だが、予想外のことが起こる。突然、彩香のところに二村が１人で現れたのだ。恐怖で凍り付いていると、二村は言った。
「謝りたくて来ました。すみませんでした」
校長が約束を破って二村に話をしたにちがいない。二村は大ごとになる前に謝って済ませようとしたのだ。
<h2>「強制わいせつ行為にあたります」</h2>
<figure id="attachment_303178" aria-describedby="caption-attachment-303178" style="width: 5184px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="380f6a2f"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/IMG_3667.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303178" class="wp-caption-text">上司から受けた性的暴行で綾香は精神的な大きなダメージを受けた（写真はイメージで加工しています。PHOTO：石井光太氏）</figcaption></figure>
彩香はパニックになり相談員に連絡をした。相談員は、こうなった以上は警察に相談するべきだと言った。二村は立場を利用して彩香の住所など個人情報を手に入れ、家に押しかけることもできる。それを危惧して、警察に守ってもらったほうがいいと伝えたのだ。
相談員の手配で、彩香は地元の警察署へ行った。警察官からは次のように言われた。
「１年前の出来事は、強制わいせつ行為に当たります」
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そして今後は弁護士を交えて話すようにと言われ、警察もパトロールの際に自宅周辺を回ってくれることになった。
後日、教育委員会による二村への聞き取り調査が行われた。彩香も弁護士に力になってもらいながら調査に協力した。その結果、教育委員会からは二村が事実関係を「おおむね」認めているという説明を受けた。
５月になって、彩香は地元の民間企業で事務の仕事をはじめた。教員への未練はあったが、精神は悪化の一途をたどっており、この事件を決着させるのが先決だった。教育委員会の公正な判断が下れば、精神的にも、生活的にも回復し、また教壇に立つ日も来るかもしれないという希望を抱いていた。
教育委員会の結論が出たのは５月半ばだった。電話がかかってきて、こう言われたのである。
「二村教頭への処分ですが、端的に申しますと、訓告処分、文書訓告処分ということになりました」
どういうことなのか。担当者はつづけた。
「この件については、文書訓告が適当ということです。よって、県教育委員会ではなく、市教育委員会のほうから文書によって『遺憾な行為である』と指導することになりました」
彩香は二の句が継げなかった。
<div data-friday-nextpage-lead="生徒なら退学なのに教頭は文書で注意"></div>
<figure id="attachment_303188" aria-describedby="caption-attachment-303188" style="width: 4624px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="50d5cd4d"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/20230323_153609.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303188" class="wp-caption-text">彩香は学校だけでなく次の就職先である民間企業も辞めざるをえなかった（写真はイメージで加工しています。PHOTO：石井光太氏）</figcaption></figure>
警察からは二村の行為は「強制わいせつ」に該当すると言われていた。それによって、自分は事件のせいで心身に異常をきたし、夢だった教員の仕事まで辞めなければならなくなったのだ。
にもかかわらず、教育員会の決定は、懲戒免職でもなければ、停職や減給ですらない。市の教育長によって文書で注意をされるだけで、二村はこれまでと同じように勤務することができるなんて……。
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彩香のこの思いはもっともだろう。もし私立校で男子生徒が後輩の女子生徒に「強制わいせつ」をすれば、間違いなく退学になる。百歩譲っても停学だろう。にもかかわらず、教頭が非常勤の女性教諭に「強制わいせつ」をしても、文書での注意で済むなんて理不尽と言わざるをえない。
さらに驚いたのは、弁護士を介して一部開示させた教育委員会の事故報告書だ。そこには二村への「指導」の内容が次のように書かれていた。
校長の指導
〈綱紀の保持と高い倫理意識の保持に努めるとともに、こうした事故を二度と起こさないよう一層の努力をしていくよう指導した〉
教育長所見
〈今後さらに指導、研修の徹底を図り、信頼の回復に努めたい〉
50代半ばの既婚の教頭が、未婚の31歳の非常勤務講師を自宅に誘い込み、性暴力を起こしたことへの処分がこれだったのだ。
彩香はこの時のショックもあって体調をさらに悪化させることになる。二村に襲われた時のことを悪夢でくり返し見る、仕事中に突然涙が止まらなくなる、男性の声を聞くだけで飛び上がるほどの恐怖を感じる、通勤中に事件のフラッシュバックが起こる……。
<h2>バイト先でもセクハラに</h2>
家族の勧めで精神科へ行ったところ、ＰＴＳＤと診断された。そしてせっかく入った民間企業も１年ももたずに退職に追い込まれるのである。
その後、彩香は警察に被害届を出し、教育委員会を相手に裁判を起こして損害賠償請求をする。
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もちろん、目的はお金ではない。自分が事件のせいで社会生活を営めなくなったのに、加害者である二村が同じ地位のまま平然と仕事をしていることを看過できなかったのだ。それを認めてしまったら、学校は、いやこの国はどうなってしまうのか。
彩香は日に数時間のバイトをしながら裁判の準備を進めた。だが、ＰＴＳＤの症状が顕著になっていたこともあり、想像以上に苦しい作業だった。畳みかけるようにバイト先で再び既婚者によるセクハラに遭い、わずか２ヵ月で辞めることになる。過呼吸が起きたり、声がでなくなったりして仕事どころではなくなったのだ。
それから１年間、彩香はまったく働くことができなかった。心がズタズタに切り裂かれてしまったのである。親の援助によってなんとか食べていくことはできたが、体調はどんどん悪化していた。うつ病のような状態になっていたのだろう。だが、病院で処方された薬は副作用が強く、ハーブ系の薬品で改善を試みることしかできなかった。
その後、二村の弁護士からは度々、示談の申し出が届いた。金で解決しようとしたのだ。示談の額は50万円、100万円と上がっていったが、彩香はいくら積まれても応じるつもりはなかった。
しかし、彩香の体調は悪化の一途をたどる上、警察からは証拠がうまく集められないと言われた。二村からのショートメールは恐怖に駆られてすべて消してしまっていたし、当時の衣服なども洗ってしまっている。これ以上争ったところで、お金と労力がかかるばかりで、望む結果を得られる見込みは皆無に等しかった。それで警察や弁護士のアドバイスを受け、200万円で示談をすることにしたのだ。
彩香は言う。
「示談金の200万円が欲しくて争ったと言う人もいるかもしれません。でも、１年間働けなかった分の生活費、裁判費用、その他であっという間になくなりました。まったくの赤字です。それでも戦ったのは、やっぱり学校や教育委員会のほうが間違っていると主張するためでした」
実際、彩香は争って得たものより、失ったもののほうが大きかったかもしれない。それは精神的な面だけ見ても断言できる。
事件から７年経っている今ですら、彼女はＰＴＳＤによって男性から誘われるだけで恐怖で体がフリーズしてしまう、事件と同じ雨の日に動悸が激しくなる、感情がコントロールできずに突然泣きはじめるなどといったことがつづいているのだ。
逆に言えば、二村が教頭という立場を利用し、軽い気持ちでやった性的暴力は、それほどまでに彩香の心を壊してしまったのだ。そこにこそ、目には見えない、性暴力の本当の恐ろしさがあるのだ。
彩香は言う。
「たぶん、声を上げていないだけで、私みたいな人は他の職業でもたくさんいると思うんです。だからこそ、私は争った意義があったと思っていますし、今回もお話をしたのです。それによって、多くの犠牲者が自分を責めず、誰かに相談できるようになればと思っています」
今回のインタビューの間、彩香は当時の恐怖と悔しさを思い出して何度もしゃくりあげていた。
もしかしたら、男性の中には「そんなに大したことか？」と思う人もいるかもしれない。しかし、彼女にしてみれば、そうまでして語らなければならないことなのだ。
これまで、大勢の被害者の女性が、この種の問題について声を上げてきたにもかかわらず、現状はほとんど変わっていない。それは社会の側が彼女たちの勇気を軽んじ、黙殺してきたからだ。
私たちはそろそろそのことを深刻に考え、向き合い、動き出さなくてはならない。取り組むべきは、保身ではなく、社会の改善なのだ。

'77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。

石井光太

アフロ　石井光太

性的暴力などで処分される公立学校の教諭は年間200人以上。具体的にどんな問題を起こしているのか。ノンフィクション作家の石井光太氏の詳細ルポ。31歳の女性教師が受けた生々しい強制わいせつ事件から考える。

吐き気に襲われ頬がこけ…31歳女性教師がＰＴＳＤとなった教頭の強制わいせつ事件「学校の超甘処分」

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