<figure id="attachment_303240" aria-describedby="caption-attachment-303240" style="width: 3965px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="f5d1373a"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/836ba7d7545389be6f5f885a32579dfa.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303240" class="wp-caption-text">侍ジャパンがキャンプを行っていた２月18日、自らの投球練習が終わると野茂英雄氏（左）に駆け寄ったダルビッシュ有（右）（写真：東京スポーツ/アフロ）</figcaption></figure>
<p>日本代表の優勝で幕を下ろしたワールドベースボールクラシック（WBC）。大谷翔平が活躍し、母親が日本人であるために代表入りの資格を得たヌートバーが明るいキャラクターでチームの起爆剤となり、最年長のダルビッシュ有が日本でプレーする若い選手の精神的支柱となった。</p>
<p>この３人が在籍するメジャーリーグ挑戦への道を、実質的に開いたのが野茂英雄氏（現・パドレスアドバイザー、以下、野茂）だった。侍ジャパンの宮崎キャンプ中の２月18日、ダルビッシュは自らの投球練習を終えると、ネット裏で見ていた野茂のもとに駆け寄り、挨拶。恐縮した様子で言葉を交わした。</p>
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<h3>野茂のデビュー登板日は別の投手が投げる予定だった</h3>
<p>野茂は近鉄バファローズで５年プレーした後、&#8217;95年にNPB（日本プロ野球機構）を飛び出し、ドジャースをはじめ、７球団をわたり歩き、123勝。体を大きくひねって投げる「トルネード投法」は、アメリカでも「The Tornade」と報道された。ただ、野茂が日本のドラフト会議で８球団から指名され、近鉄に入団したルーキーイヤーの&#8217;90年、プロ野球選手としてのデビュー登板は、当初登板予定の別の投手が感染症にかかったため、予期せぬ繰り上がりで実現していたことは、あまり知られていない。そのデビュー前後の出来事を、関係者らの声も交えて振り返る。</p>
<p>２年前からのコロナ禍は落ち着きを見せ始めているが、コロナによって運命が変わった人は決して少なくないだろう。今から34年前も、別の感染症で野茂の初登板日が繰り上がっていた。野茂の初登板日は&#8217;90年４月10日の西武戦となっている。しかし、実はこの日、他の投手が投げることになっていたのだ。</p>
<p><span class="strongInContent">「あれは僕が先発を言われていた日でした。２日前かな？　体調が悪くて病院へ行ったら『風疹です』と。投手陣では僕が最初だったと思います。すぐに監督（仰木彬監督）に連絡しました。で、僕は自宅療養になりました」（近鉄OB・山崎慎太郎氏）</span></p>
<p>当時の近鉄を振り返ってみよう。野茂が入団する２年前の&#8217;88年に仰木彬監督（故人）が就任。この年、前年までリーグ３連覇中だった西武と熾烈な優勝争いをした。10月19日、ロッテとのダブルヘッダーでは第１試合を９回に逆転勝利するが、第２試合延長10回時間切れで４-４の引き分け。この試合に勝っていれば優勝できたが、130試合目にして優勝を逃した「10.19」は悲劇として語り継がれている。</p>
<p>翌&#8217;89年のシーズン。近鉄は10.19の悲劇を糧に９年ぶりのリーグ優勝を遂げた。優勝の原動力となったのは、伝統の「いてまえ打線」に加え、投手陣も阿波野秀幸（現巨人コーチ）の左腕エースに、小野和義、右腕にも前出の山崎慎太郎や吉井理人（現ロッテ監督）、加藤哲郎ら、強力投手陣を形成。そしてその年のオフに行われたドラフト会議、残りくじで仰木監督が野茂を引き当てた。</p>
<p>優勝したチームに、その年のナンバーワン即戦力右腕の野茂が加入し、打者でもプリンスホテルから石井浩郎（現・参議院議員）が加わった。オフの下馬評は高く、&#8217;90年も近鉄は優勝候補の筆頭で開幕を迎える、はずだった。</p>
<p>しかし、額面通りに進まないのは人が行うスポーツならでは、だ。</p>
<p>キャンプ後のオープン戦で、目玉ルーキーのはずの野茂は、登板すれば長打で失点する、を繰り返した。初登板となった日生球場での３月７日の日本ハム戦では小松崎善久など３選手に本塁打を浴びた。３月18日には同じ日生球場での広島戦で初先発したが小早川毅彦（現・野球評論家）に２ラン本塁打を打たれるなどぴりっとせず、オープン戦は登板５試合で防御率5.00。仰木監督は結果が出ない野茂に関して<span class="strongInContent">「ローテーションで使うのは難しいかもなあ」</span>と、報道陣に嘆いたこともあった。</p>
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<p>そして開幕直後には感染症に悩まされることになる。風疹がチーム内に蔓延したのだ。強い感染力を持ち、高熱が出るケースもあり、屈強なプロ野球選手といえども、簡単には撃退できない。コロナと同じ伝染病で自宅療養が数日間必要となる、ウイルス感染症なのだ。</p>
<p>４月８日、福岡県の平和台球場で開幕を迎えた近鉄は、左腕エースの阿波野が投げ、ダイエーを相手に５回途中８失点の大誤算。試合はその後、打線の奮起などで勝ったが、次の試合から近鉄は９連敗を喫し、開幕で大きく出遅れた。</p>
<p>山崎が先発する予定だったのは４月10日の藤井寺球場での西武戦。平和台での１試合が雨で中止となったため、シーズン２戦目だった。３連戦の初戦で、本拠地開幕戦でもあった。仰木監督はこの時期、毎年のように優勝争いに絡んだ常勝・西武を一番のライバルと捉えていた。その宿敵とのシーズン初戦に、先発投手では阿波野に次ぐ、２番目の実力の持ち主である山崎を指名したが、登板２日前にシナリオが崩れてしまった。</p>
<p>さて、かわりに誰を投げさせるか？　前年度、優勝に貢献し、巨人との日本シリーズでも活躍した左腕・小野や、右腕・加藤はひじや肩の故障でチームから離脱していた。</p>
<p><span class="strongInContent">「よし、野茂や。野茂でいく」</span></p>
<p>こう決めた仰木監督は、報道陣に「４月10日の西武戦。野茂の先発や！」とあえて公表した。当時、日曜日の先発投手以外は行われていなかった“予告先発”をしたのだ。オープン戦は不調でも、ファンからは注目されていたゴールデンルーキーをどう使うか、どこで使うか、頭を悩ませていた仰木監督にとって、投手陣では山崎を端にチーム内で流行した風疹によって、野茂のデビュー登板日を決めることができたと言っても過言ではないだろう。</p>
<div data-friday-nextpage-lead="ひとりだけ次元が違った"></div>
<figure id="attachment_303241" aria-describedby="caption-attachment-303241" style="width: 1966px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="499e9f63"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2023/03/448f5be4343ddea20016f26821c580d4.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-303241" class="wp-caption-text">打者から背番号がはっきり見えるほど、体を大きくひねる独特の投法で打者に向かって行った野茂英雄（写真：産経新聞社）</figcaption></figure>
<h3>オープン戦から公式戦まで結果は出ていなかった</h3>
<p>では、野茂氏が当初予定されていたデビュー登板日はいつだったのか。山崎によると<span class="strongInContent">「僕の登板予定日に投げたことは、そりゃあ覚えてますけど、（野茂のデビュー登板予定日は）知らんかったなあ」</span>。開幕のダイエー戦で好救援し勝利投手となりながら、この風疹にかかり、山崎氏と同じくシーズン初先発が遅れることになるローテーション投手のひとり、佐々木修氏も<span class="strongInContent">「いつ野茂が初登板予定だったのか、は知りません」</span>と答えている。</p>
<p>ちなみに、野茂は４月10日のデビュー登板の西武戦では６回５失点KOされ９連敗の起点となってしまう。２度目の登板となった同18日のオリックス戦も「野茂から初本塁打を打つ」と公言していた門田博光氏（故人）に公言通りプロ初本塁打を被弾するなど７失点で途中降板。連敗は同24日の日本ハム戦で止まるが、野茂は９連敗中２敗。公式戦に入っても、結果は出ていなかったのだ。</p>
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<p>先発の一角を争うライバルから見て、野茂の実力をどう感じていたのか。その年、総体的に不調だった近鉄先発陣の中で気を吐き、８勝をあげた佐々木は当時をこう振り返る。</p>
<p><span class="strongInContent">「最初にキャッチボールをした瞬間、“モノが違う”と思いました。ボールを受けるとき、『このあたりにボールが来るだろう』と経験で無意識ながらも予測しながらキャッチしますが、その位置が予測と違うのです。球威も球速も落ちることなく投げたまま来てしまう。ひとりだけ次元が違いました」</span></p>
<p>つまり、オープン戦で打たれ、結果は出ていなかったが、プロから見た実力は、やはり別格だったのだ。</p>
<p>ついにベールを脱いだのが、３度目の先発となった&#8217;90年４月29日のオリックス戦だった。当時の日本タイ記録にあたる１試合17奪三振を記録。そしてその年、18勝で最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率と「投手四冠」に輝く最初の一歩を踏み出した。ただ野茂のデビュー登板が４月10日の西武戦でなかったら、風疹が流行してローテーションが崩れていなかったら、仰木監督の55歳の誕生日でもあった４月29日のオリックス戦の快投もなかったのかもしれないのだ。先の佐々木氏は語気を強めて、こう続けた。</p>
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<p><span class="strongInContent">「仰木監督が（報道陣や周囲に）どんな話をされていたかは知りませんが、野茂を使わない、はない。もし、そうしてたら『勝つ気あるんか』と僕は思ったでしょうね。今や、150キロを投げる投手がどのチームにも何人かいる時代になりましたが、あの当時、野茂のレベルの投手は日本球界では野茂しかいなかった。唯一無二の存在でしたね」</span></p>
<p>この佐々木の声は、４月29日に野茂が初勝利をあげるまでは決して多数派ではなかった。初登板が繰り上がったことも、初勝利のときに鮮烈な印象を残した相手がオリックスであったことも偶然が重なってのことだ。そのめぐりあわせを、いい方向に持っていけるかどうかは、やはり本人次第。メジャーリーグ挑戦の日米の懸け橋となった実質的なパイオニア・野茂はデビュー当時からやはり“持っている男”だったのだ。（文中敬称略）</p>


元デイリースポーツ社記者、時事通信社編集委員

谷川俊規

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