「家でしゃべるな」「トイレに隠れてろ」…19年連続増加「DV被害の女性たち」生々しい実態ルポ
東日本に暮らす軽度の知的障害のある女性は、20歳で結婚してからおおよそ10年にわたって一回り年上の夫によってアパートに監禁されていた。DV(家庭内暴力)である。
彼女は夫の了解なくしては外出することを許されず、話をする時は常に敬語でなくてはならなかった。夫は気分のままに彼女に暴力をふるったり、性的に弄んだりした。気に入らないことがあれば、2日も3日も食事を取り上げることもあったという。
そんな彼女が保護されたのは30歳を超えてからだ。その間、なぜ逃げなかったのかという問いに、彼女は次のように話した。
「お金がなかったから(外で)暮らしていけないと思っていました。外へ出たら死ぬしかないって。夫からもそう言われていました」
精神的に支配されていた彼女には、そういう思いで夫の傍にいつづけることしかできなかったのだろう。
住居を失った若者世代を追うシリーズ〈ヤング・ホームレス〉では、配偶者からのDVによって住居を失った人を度々取り上げてきた。だが、社会には被害者を救うための十分な支援があるとは言えない。
被害者の73%以上が女性

日本のDV支援における欠陥。そこに陥る人々の問題に光を当ててみたい。
昨年、警察に寄せられたDV相談件数は、19年連続の増加となる8万4496件に達した。DVとは配偶者やパートナーからの暴力を意味する用語であり、被害者の73.1%が女性だ。
DV自体は、時代劇でも描かれるように古くから起きていたことだ。それが時代の流れの中でだんだんと社会問題として認識されるようになり、’01年には通称「DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)」が施行された。
法律ができたことによって、DVの被害者を保護しようという機運が日本全体に広がった。そして公的機関や民間機関による相談窓口が設置され、被害者をシェルター等で一時的に保護し、社会的自立へとつなげる仕組みができ上がったのである。
にもかかわらず、DV防止法ができてからも、依然として多くの事件が起きている。なぜなのか。理由の1つに、近年のDVの変化が挙げられる。

被害者支援を行っているNPO法人「くにたち夢ファームJikka」の代表である遠藤良子は言う。
「昔のDVは殴るとか蹴るとか、肉体的な暴力がほとんどでした。しかし、DV防止法ができて、配偶者への暴力行為はしてはいけないことだという認識が社会に広まったことによって、今度は主に言葉によって精神的に配偶者を追いつめる形のDVが増えていったのです。
具体的には、配偶者に対して怒鳴り散らす、貶めるようなことを言う、生活費を与えない、嫌がる性行為を無理強いするといったことです。これによって、暴力ではなく、言葉によって精神を支配する傾向が高まりました」
DVは主に「身体的DV」「精神的DV」「経済的DV」「性的DV」の4つに分類される。近年の特徴としては「身体的DV」以外の割合が高まっているということだ。
ちなみに、これは親から子への児童虐待や、子供同士のいじめでも当てはまる。家庭では親の暴力や体罰が厳しく禁じられたことによって言葉による心理的虐待が増加したし、学校では校内暴力が厳しく取り締まられたことでいじめが増加した。
「バカが子供にうつるだろ」

国が行っているのは原因療法ではなく、上辺だけの対症療法だ。ゆえに、1つを押さえつけても、それが別の問題になって現れるだけなのだ。
読者の中には、それでも身体的DVが減ったのだからいいのではないかと考える人もいるかもしれない。これは大きな間違いだ。
身体的な暴力が減ることによって、たしかに被害者の直接的な命の危機は減ったかもしれない。だが、その後の人生を考えると、精神的なダメージを負うことの方が難しい状況に陥ることがあるのだ。
私が取材した女性の中に、A美という女性がいた。彼女は19 歳の時に38歳の男性と結婚した。翌年には子供が生まれ、彼女なりにがんばって子育てや家事に取り組んだが、夫にとっては不十分だったようだ。夫は言葉で彼女を追いつめていく。
「おまえみたいなバカは家の中でしゃべるな。バカが子供にうつるだろ」
「ブサイクな顔を見ると不愉快だ。俺が家にいる時はトイレに隠れてろ」
「金も稼げねえ奴に俺と同じメシを食う資格はない。朝昼晩の食事は食パンで十分だ」
こんな言葉を日に何十回と浴びせかけたのである。彼女は罵倒されているうちに自己否定感を膨らまし、私なんて生きていても仕方のない人間なんだと考えるようになった。そして心を病み、何度も自殺未遂をしたのである。

最終的に、彼女は医療機関と自治体の介入があって保護された。だが、一度刻まれた心の傷はいえることがなく、15年以上経った今も、心を病んだまま働くことさえできずにいる。
このように、精神的DVは被害者の心をズタズタに引き裂き、死へと追いつめることさえある。
ところでDVはなぜ起こるのか。男性が加害者であり、女性が被害者の場合について、先の遠藤は次のように言う。
「日本にはまだ家父長制の空気が残っています。男性が権力を握って妻子を養うことによって家庭が維持されるという考え方です。しかし、現在の日本社会は不況の影響もあって、男性だけでは家庭を維持しにくくなっていますし、大きなプレッシャーもかかります。
もし日本の社会に、男性が堂々と『俺だけじゃ無理だ。ごめん。一緒にがんばろう』と言える空気があればいいでしょう。でも、それがないから、男性の方も限界になって、ストレスを妻にぶつけるようになるのです。女性にしても、社会で活躍して男性に依存せずに済んだり、完璧に家事をこなせたりするような人ばかりではありません。
生まれつきの特性や性格、それに育った環境によって、家庭をうまく築けない人とか、他人と一緒に過ごすことができない人というのが一定数いるのです。でも、そういう女性もまた家父長制の中で良き妻を演じることを強いられる。それでうまくいくわけがありませんよね。この時に夫のいら立ちがDVとなって女性に向かうこともあるのです」
整わない救済システム

実際にDV被害を受けた女性の中には、冒頭の女性のように知的障害や発達障害、それに精神疾患などのある女性も一定数いる。本連載の記事【母子生活支援の女性たち「ネグレクトや路頭に迷った」子供時代】でも、母子生活支援施設によっては、DV被害の女性の半数以上がそれに該当することを見てきた。
もちろん、大半の女性はそうした特性があっても立派に家庭を維持しているはずだ。しかし、DV被害者に焦点を当ててみると、そうした女性がより大きな不利益を被っていることが浮き彫りになるのである。
にもかかわらず、日本の社会には、そうした女性たちをうまく救うためのシステムが整っていない。なぜ、そうした事態に陥っているのか。
DV被害者救済の現場で起きている現実については、【後編:支援者が明かす「DV被害者」の画期的自立メソッド】で詳しく述べたい。
取材・文・PHOTO:石井光太
'77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。